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異世界転生、最後の修行  作者: 地淵育生(ベリー)
女性として生きる
18/29

新たな能力への戸惑い

 ドミニクの新しい能力に関して、すぐにドノバンに報告が届いた。その能力を耳にして彼は当たらな戦略を立てなければならなくなった。まず、彼女の能力について具体的に知りたいと思った。データーとしては、彼女が愛する者について発動するやや万能的な能力だということである。攻撃系でも防御系でもないが、治癒系に属することは予想できた。ただ、破格の能力を見せつけてきた彼女の事だから、攻撃にも防御にも転じられる可能性は残されていた。


 実態は、氷塊のまま冷凍保存してあったマーロの遺体に、ドミニクが抱き着き、彼女自身も軽い凍傷を負ったが、身を挺してまで相手に寄り添うことで、自己犠牲による愛の力が作動して、マーロを蘇生させたとの研究報告が届いた。両刃の剣のように自分にも少なからずダメージが来るという所が、今回の能力についての弱点を匂わせていた。

 

 蘇生したマーロは、すぐに医師の診断を受けたが、軽い凍傷以外には、問題点がなく、現代の奇跡だと新聞紙が色めき立った。ドノバンは、このことが公になるとまずいと思い。すぐに報道規制を敷いた。新聞社に対して、今度の戦争の秘密兵器として彼女の存在を匂わせ、伏せて一般的な美談にしてもらうことにした。当時の新聞社は反権力的な存在ではなかったので、政府筋の圧力にはなびいた。


 ドノバンは、彼女の意識を変えさせ、討伐軍に協力してもらうために、手紙を出し自宅へと呼びだした。ドミニクは、奇跡の人と騒がれるのを嫌い、変装してドノバンの邸宅に向かう。少なからず目撃者がいたせいもあり、用心を重ねた。万が一奇跡を求める市井の人々が、ドミニクの料理店に押しかけて来たら困るからだ。いつの世も、人の考えることは一緒である。彼女は髪を結い、つばの大きい帽子をかぶり、男装をして現れた。広い庭を横切り玄関へと歩みを進める。庭には色とりどりの葉を茂らせた木々がこじんまりと植えられている。周囲に気を払いながらも伏し目がちに歩む彼女のそばに近寄り、そっと肩を叩いて屋内へ案内した。


「ドノバンか、変装は気疲れしていかんな。私も自分の能力が把握できないでいる」

「ドミニクさん、お待ちしていました。ではどうぞ、奥の応接間に」


 ドノバンは邸内を案内して、屋敷の奥にある応接間へと案内した。革張りのソファーに深々と座るドミニク。皮が引っ張られる音がして、彼女は少し沈む。暑かったのだろうか、帽子を脱ぎチョッキを外した。雇われた給仕が二人分の飲み物を運ぶ。上品でフルーティな紅茶の香りが周囲に漂う。しばらくたわいのない歓談をした後、ドノバンが本筋を切り出した。


「新しい能力を手に入れたそうですが、気分はどうですか」

「私もよくわからぬが『愛』というもので、心の周囲に温かい何かがまとわりついておる」

 神を主体とする宗教を信仰しているハートバルクの人々にとっては、常識となっている愛という概念。異教徒であるドミニクには新鮮な現象として写るらしい。彼女は愛の変節については知らないとドノバンは踏んでいた。


「その愛というものは、私たちの宗教ではお馴染みで、神の愛こそが重要だとされています。もちろん人間の間にも愛は存在しますが、うつろいやすく壊れやすい。また、愛を巡って争いも起きます。手放しで喜べるいいものじゃない」

「かようなものか。私にも使い勝手がよくわからぬ」

 悟りのような達観に裏打ちされた自信を持っていた頃とは違い、自分の中に芽生えた新しい気持ちについて戸惑いを感じているように見え、そこがまた恋を覚えたての生娘のように見えて、ドノバンにとっては彼女の新しい一面を知ったように感じた。つぼみが花に変わる生命力をたくわえているような瑞々しさを、彼女の戸惑いの中に感じていた。


「まずは、愛の本質について学んでください。ここに、恋愛に関する書籍があります。愛は、全てを捨て去ったはずのあなたにとっては、扱いの難しい爆弾のような物です」

「まだ私は一つの形の愛しか知らないのでな。恋もした。昔の私からすれば考えられぬ」

 ドミニクは、ドノバンが持参した書物を借りると、頭を深く下げて礼を言い。手持ちの布製のカバンの中にしまい込んだ。


「献身的な行為により、愛はマーロを蘇生させました。ただ、この愛が曲者で嫉妬に変われば憎悪にもなります。その時は攻撃魔法としての役割を果たすことになるでしょう」

「今の所、恨みを抱くような相手もおらぬが。暗殺者に対しても腹は立たぬ」

 マーロが生き返った今、彼女の心には一筋の曇りもなく晴れ渡っていた。ただ、もしマーロが死んでいたらと思うと、どす黒い情念が心の奥で、紙が燃え広がるように、火の領域を広げようとしたので、彼女は慌てて思考を止めた。


「ドノバンは主戦派の様だが、ドブリジューカに対しては今後どのように対応するのだ」

 長いまつげに覆われた瞳をまたたかせながら、ドノバンに疑問の表情を向けるドミニク、欲のない彼女にとっては戦争は避けるべき政治的手段の一つでもある。


「一市民に対して謀略でもって傷をつけたことに対しては責任を取ってもらう必要があります。ドブリジューカの使者が、和議を申し出てきましたが、納得できる償いがなかったので、開戦することにしました」

 ドノバンは、現状において淡々と事実だけを述べた。今の時点でドミニクを説得して討伐軍に入れることは不可能だと感じていた。時期が来れば、マーロに対する加害とその結果を示唆してドミニクに何らかの加勢を要求したかったが、まだその時ではないと感じていた。


「なあ、ドノバンよ。宣戦布告は簡単だが、戦闘員ではない一般市民も巻き込まれることになるし、私は今回の件では痛痒を感じておらぬ。施策を変えることはできぬか」

 もとの慈悲深そうな表情に戻って、なんとか戦争への道を回避しようと懇願するドミニクだったが、ドノバンの決意は固く、人を率いるうえでの覚悟がうかがわれたので、強く言い出せずにいた。


「今回は奇跡的に被害がなく終わりましたが、相手の狼藉に対して罰を与えないと、第二第三の犠牲者が出る可能性があります」ドノバンは手を組むとその上にあごを乗せて会話を続けた。

「敵の魔法能力はわが軍をしのぎます。向こうの体勢が整わぬうちに仕掛けますが、劣勢になった時はお分かりですね」

「ドノバン、政治家の望む戦争など、一般市民は希望しておらぬぞ」

 それだけを伝えるのが、今の自分でない自分を持て余している彼女からの精いっぱいの叫びだった。その言葉を置き土産に、彼女は男装に着替えて屋敷を後にしたのであった。


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