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異世界転生、最後の修行  作者: 地淵育生(ベリー)
女性として生きる
12/29

誘惑者の狙い

 風が頬をなで、髪の毛を揺らす。濃い緑色の毛髪が首筋をかすめて鎖骨に触れる。日常的な自然のささやきに、心は別の答えを探し出すのであった。(ビリーに髪をなでられてみたい)と、自動思考した先には、マーロが店先に佇んでいた。ドミニクは口ごもってしまった。

「どうしたの、いつもと違うけど」

 不思議そうな表情でドミニクの顔を覗き込むマーロ。目と目があって、顔の表面が上気した。


「べ、べつにおかしなことは考えておらぬ」

と思わず口を突いて出た言葉に自らが気づいて赤面する。マーロは気にも留めていないようだ。


「じゃあ、頼まれた氷をここに置いておくから」

 かなりの量の塊を厨房に置くと、何気ない普段の表情のままで帰って行った。


「どうするべきか、二人の若者に心奪われるとは」

 ドミニクは、なぜこのような心理になったかを考え直してみた。素直で飾り気のない青年マーロと、お洒落だが紳士的で、魅力たっぷりのビリー。二人の個性が対照的であるがゆえに、選ぶ心が目移りするのであった。


「ごめんください。開いてますか」

 聞き覚えのある声がした。先日対面したビリーだった。男性的で低い声が耳元から心を奪いに来る。ドミニクは身構えて、扉を開けた。


「まだこれから仕込みの準備だから、開店はできぬ」

 ドミニクは、心を悟られまいとして目を伏せたが、いつもの果実の香りがしないことに気づいて、鼻をひくつかせた。

「今日は手伝おうと思って、料理には自信があります。だから香水はつけませんでした」

 ビリーは、服の袖をまくると、頭に頭巾をかぶり、汲み置いた水で手を洗い始める。ドミニクが返事を躊躇している間に、彼は野菜を洗い、綺麗に皮をむき、下準備を始めた。その手際の良さにドミニクは目を丸くして見ていた。


「こう見えても実家は料理屋で、良く手伝わされました」

 手際よく豆や青菜を煮込みスゥプを作る。米をとぎ、水に浸してから釜で焚きはじめた。まな板を洗い海産物を二枚におろしたりする。おかげで調理の仕込みが素早く済んだ。


「ありがとう。礼を言うぞ。何なら一食ただにしてやってもいいが」

 ドミニクは深く頭を下げる。白い頭巾が深緑の髪の毛に良く似合っている。


「そんなことより時間がありますよね。話でもしませんか。人生の事とか」

 仕込みを終わらせたビリーの口から意外な言葉が出た。人生についての話など、ドノバンやランセット、そしてマーロといったリヒータナの男たちの口からは、ついぞ出たこともなかった。


「僕はね、人生においては執着を減らすことこそ大事だと思うのですよ」

「それは、私も考えていた。だが、なかなか上手くはいかぬ」

「欲に対してほどほどの経験を積めば昇華されて、大欲は消えると思います」

「だが人は、満たされるとさらに過剰な欲求を持つものだと思う」

「そこそこで満足して撤退する勇気も必要です」

「なるほど、小欲で満たしてしまえばいいのだな」

「そうです。それに愛は欲望ではありません。もっと大事なものだと思います」

 ドミニクは、会話をもっと続けたいと思った。自分の求めていることが、花の蜜のようにほとばしって自分の問いを満たす。この言葉の応酬にもっと身を委ねたいと感じていた。


「すみませんが、このあと用事がありますので、この辺で失礼したいと思います」

 ビリーは頭巾を外し、エプロンをドミニクに返すと深々と頭を下げて去ろうとした。


「待ってくれぬか、今度どこぞかで会おう」

「では、公園横の広場に、二時過ぎにいらしてください」

「わかった。恩に着る」


 ビリーは礼儀正しくふるまい、ドミニクの店から姿を消した。彼の残像を瞼に焼き付けながらも、彼女は必死に(これは恋ではなく、ただあの者の知識を得たいためだ)と言い聞かせていた。


 店が始まると、ドノバンがやってきて、不審者がいないか詰問してきた。ドミニクは目を伏せると黙って首を横に振った。ドノバンは、彼女の反応を素直に受け止めて、食事を済ますと勘定を支払って去って行った。

 

 店から出ると、夜風がひんやりとして、ひとときの静寂が訪れる。だがドミニクの心はうらはらに二人の異性を天秤にかけ、ひとしきり悩み始めるのだった。彼女は魂に、心のありようを質問してみたが、自分が悟るのを待っているように、彼女の魂は無言でそこにあり続けるのだった。


 天空には、月の他に星々が輝いていた。それらの惑星を自由に操り、敵に対しては容赦のない攻撃ができる能力を持ちながらも、ドミニクは自分の心すら思うままにできない辛さに、哀しみを感じていた。


「攻撃力より、己の心を抑制し欲を捨てる力が欲しいものだ」

 彼女の思いを込めた呟きは、天空を一周すると彼女の元へと舞い戻ってしまうのであった。


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