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宜しくお願いします。
「テルビーニ王国王太子ガルネィクはここに宣言する!ヴォルティス公爵家長女フローティア嬢との婚約を破棄する!」
はい、皆さんポカーンですよ。
今日は学園の卒業パーティー。
会場には卒業者を含めた全学園生、卒業者の家族、学園長をはじめ学園関係者が揃っていた。
種族も様々だ。僕は猫の獣人だし、他の獣人も何人もいる。あとは人族、ドワーフ、魔族とか、とにかく様々だ。他種族嫌いの引きこもりエルフはいないけどね。
そんな大勢がいる中での婚約破棄宣言は、なーんの前触れもなく、突然のぶちかまし。
くるくると優雅に音楽にのって中央でダンスを楽しんでいた男女、酒や軽食を楽しむ者、情報収集に勤しむ者や純粋に会話を弾ませていた者達。壁の花等々の動きが一斉に止まり、ポカーンですよ。
一部の学園生の研修を兼ねた見習い警備や給仕を除いた本職の者達は、若干顔が引きつってたけどポカーン回避してた。素晴らしい職務魂。
まあ、僕はといえば、大好きな菓子もろもろ両手にしたままポカーンとしてしまった側で、鋼の精神の持ち主でポカーン余裕回避したらしい僕の幼馴染みで、護衛で相棒でもある狼獣人のギルから生温い視線を受けてしまって、些か恥ずかしい。
そっと口を閉じて何食わぬ顔で菓子を取り皿に戻し、姿勢をシャンと伸ばしてギルをチラリと伺うと、尚いっそう眼差しに生温さが増していたが、小さく頷き返してくれた。ギリギリ及第点は貰えたようだ。ほっとして声が聞こえてきた方へ改めて視線を向ける。
「阿呆がわいたな」
背後からギルの囁き声が耳元に届く。毎度のことながら肩がビクッてなるから気配消して近づかないで欲しい。さっきまで斜め前にいたのに、目線動かした一瞬に背後とるとか怖すぎるわ!
「ティカ、獲物か?」
「うーん、どうだろうね。もう少し様子を見て判断する。阿呆には違いないだろうけどね」
いつも通りの無表情ながら眼が期待に輝いているギルが僕に確認してくるのに、素っ気なく返す。ギルの緩く揺れてた尻尾がヘニョリと下がった。鋼の精神力でも尻尾の制御はまだ成し遂げてられないようだ。ふ、まだまだ青いな。
さて、ともかく騒ぎの発端の阿呆確定ガルネィク――阿呆に敬称はいらないよね――の様子をあらためて伺うと、フローティア嬢とおぼしきご令嬢を非難罵倒していた。
「公爵令嬢でありながら、何の後ろ楯もない平民であるマリーを見下し、悪し様に罵り虐げたことは明白だ!お前などが王太子である私の婚約者であったのは私の、ひいてはテルビーニ王国の恥に他ならない!!お前の唾棄すべき悪意に晒されても健気に耐え忍んだいたいけなマリーに素直に謝罪すれば、身分剥奪のうえ国外追放しかるべき悪行にも恩情を懸けてやらんでもないぞ?」
ガルネィクは赤みを帯びた波打つ金髪に深い海のような青い瞳。甘めの造作はまあ整っているほうだ。
僕の個人的評価としてはギリギリ中の上かな。今は顔真っ赤で怒鳴り散らしているから、顔歪んでて中の下だけどね。
あ、言い切ったあとの王太子にあるまじきゲスい笑顔に、下の上に降格〜。本人キメ顔のつもりだろうけど残念、品性って表情にでちゃうよね。
僕は常日頃から造作整いまくったギルを見てるから美醜評価は辛くならざるを得ないのだ。なんせ、皆が認める『麗しのギル様(笑)』だからね……もげろ!
「わたくし、テルビーニ王国にも我がヴォルティス公爵家にも何ら恥ずべき行いは致しておりませんわ。何を指して悪行とされたのか甚だ疑問でございますわ。そもそも、この学園において自国の理を口にして、場を乱しているというご自覚がおありですの?」
ガルネィクの恫喝に臆することなく毅然と対峙するフローティア嬢は、美しく結い上げた艶やかな黒髪と燃えるような赤い瞳の対比が際立つちょっとキツめの顔立ちの美人さんだ。
上の中だね。ん?評価が低過ぎ?辛すぎ?いやいや、今はまだ幼さが抜けきれてないからな〜あと三年から五年もすれば上の上、まあ僕的にはもっと色気あるお姉さま的女性が……って、ギルがこっち睨んでるし!やば、集中力こいっ!
「マリーへの嫌がらせは聞くに耐えぬ言葉だけに留まらず、卑劣にも教科書や制服などを切り裂き、水を浴びせたり、果ては先日には階段からマリーを突き落としたとは!なんと恐ろしいっ!!これが公爵令嬢のなさることか!恥を知れ!」
「そぅだよ〜。フローティア様がこ〜んな酷いことを平気でする方だったなんて、僕ガッカリした〜。マリーちゃん泣いてて可哀想だったんだからぁ。見てる僕まで悲しくなっちゃった〜」
「……非を認め……謝罪すべき……です……」
「皆の言うとおりだ!マリーに平身低頭して詫びよッ!そうすれば、婚約破棄だけに留めてやろう!」
あれ?ちょっと美醜評価してたら阿呆が増えてる!?ギルの視線が痛いはずだ。お前らのせいかよ!
名前も知らない三人、発言順に熱血漢、ちびっこ、寡黙眼鏡でいいか……三人とも似非〜とか〜風って付きそうな奴らだな。美醜評価は揃って中の上に今三歩届かず、ザァ〜ンネンって感じだ。
我が意を得たりのガルネィクは王子様風か。あ、王太子殿下でしたね。忘れてませんよ?いや、ほんと(笑)
そいつらが徒党を組んでフローティア嬢に詰め寄っていた訳だが、取り囲まれても彼女の態度は些かも崩れない。
「わたくしは皆様が仰っていることは一切致しておりませんから、恥じ入ることも謝罪することも露程もございませんわ。それよりも……このような場で茶番とはいえ事を構えたのですから、捏造した証拠でもございますのかしら?」
肝の据わった令嬢だなぁ。上の上に至るのも早いかも。さてさて、阿呆達は証拠があるのかね?まぁなさそうだけど彼らの言い分くらい聞いとくかね。
「この期に及んで己れの非を認めぬとは、なんと強情な!やはりお前は王となる私の、テルビーニ王国の王妃になるに相応しくなかったのだ!」
「潔く認めればよいものを言うに事欠き、捏造した証拠だなどと悪足掻きするとは!フローティア様がここまで性根が腐っていたとは全くもって情けない!」
「僕たち捏造なんてしてないもん!将来は皆でガルネィク殿下とフローティア様を支えてくんだって思ってたのに〜。みぃんなフローティア様が壊しちゃったんだよ〜?」
「……皆への……裏切りを……認めるべき……です」
阿呆四人へのうんざりした心境に口許が歪みかけたのを扇で隠したフローティア嬢。うん、これ見てる全員がきみと同じ気持ちだと思うよ。
「わたくしを貴方達がどう思っているか、そんなことは今はどうでもよろしいですわ。」
そうそう。誰もお前らの戯れ言なんぞ待ってない。証拠だ、証拠。あるの?ないの?さぁどっち。フローティア嬢聞いちゃって!
「わたくしは証拠についてお聞きしてますの……証拠は?」
「「「「マリーの証言だ!!」」」」
阿呆四人の返答に呆れたような溜め息が周囲のそこかしこから洩れた。
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