§3『冒険者』
やっとこさ崖を降り、城壁に覆われたオリュンスフィアの街に近づく。巨大な石造りの城壁。ぐるりと街を囲うそれには、一ヶ所だけ開かれた場所があった。
関所だ。門番らしき兵士達によって守られた、オリュンスフィアの街に入るための登竜門。俺とは別のルートからやって来たのだろう、商人達や、戦士っぽい格好の奴らが色々いて、列を作っている。すげえな。
取り合えず、その列の最後尾らしき所に並ぶ。
わりと手際がいいのか、二十分ほど並んでいただけで、サクサクと城門に近づいてきた。おそらくあと五分かそこらで、俺の番になる、という時になって、遅蒔きながら、恐らく身分証明とかしなくちゃいけないんだろうな、ということに気がつく。どうしよう、俺身分証明書とか持ってないぞ。
「……ん?」
焦りつつも、ふと、前方を見る。すると、丁度戦士っぽい格好の人が、何か半透明のプレートを用意するのが見えた。守衛憲兵のお兄さんは、それを一別するとすぐに戦士を城内に入れた。
なんだあれ、メニューウィンドウか? いや、でもメニューウィンドウは俺のチートだし……ああ、似たようなのはあるのか。
とは言え、あれが身分証明書の代わりになる可能性が高い。良いものを見させてもらった。
俺はメニューウインドウを、他人の目から隠すように表示すると、近くの戦士系の人のカードを見習ってサイズを調整した。くっくっく、こう見えても視覚に頼った間取りには少々自信があるのさ……上手くないけどな。
そんなこんなで、いよいよ俺の番がやってくる。途中から憲兵が変わっていて、三十代半ばのおっさんになっていた。詰め所の中の様子は見えないのだが、きっと厳つい顔で入街者達を見るのだ。ひぇぇ恐い。
「次のもの」
「はっ、はい!」
詰め所の中に入り、緊張しつつカードを提出する。予想通り顔が怖い。憲兵のおっさんはそれをじっと見ると、目付きを鋭くした。
「ん、お前、このカード……」
「あっ、えっと、その……!」
ヤバい、パチモンだってバレたか──!?
咄嗟に言い訳を考えようと、俺があたふたしていると……
「そうか! お前、冒険者か!」
「……はい?」
憲兵のおっさんはその厳つい顔に満面の笑みを浮かべて、俺の背中をバンバン叩いた。
「そうかそうか、この街には『大本部』に『神話級迷宮』まであるからな! いや、良いものを見せてもらったよ」
どうやらこのおっさん、冒険者…多分カードを提示するのは冒険者の十八番なのだろう…に何やら強い思い入れがあるようである。というか、この感じからすると、もしかして──
「懐かしいなぁ。俺も、昔はお前のような冒険者だったのだが……」
「膝に矢を受けてしまったんですねわかります」
反射的に返していた。おっさんは「どうしてわかったんだ」とばかりに目を丸くしている。お約束のネタだよ。というか合ってたのかよ。
しかしやっぱりそうか。おっさんは元冒険者なんだ。それで、かつての自分と同じ様な境遇の人に親近感を感じているのだろう。
実際のところは俺は冒険者『予定』でしかないのだが…メニューウインドウのカモフラージュの為にも、冒険者にはなっておきたい…それでも喜んでくれたならなによりだ。
「俺はザック。憲兵だ」
「ありがとうございます! 俺はヨツバといいます」
「おう。何かあったら頼ってくれよな」
「はい!」
良い人だなぁ。
「よし、それじゃぁ街に入って良いぞ──ようこそ、『オリュンスフィア』へ! 頑張れよ!」
そう言って、ニカッと笑うおっさん改めザックさん。
俺はザックさんの声援と、彼を騙しているという罪悪感を胸に、詰所の出口へ向かう。いずれ彼には事情を説明しなければな。特に幼女神から制約とかはくらってないし。一応ヘルプで確認しとくか。
ともかく、俺は無事に検問を通過した。
そして──
ついに俺の前に、オリュンスフィアの街の風景が飛び込んでくる。
外から見たら灰色一色だった城壁は、中から見ると、所々に極彩色の輝きが見てとれる。何か別の素材を使っているのだろうか。
家々も色とりどりの屋根を備えている。
しっかりと整備された歩道が、街中をはしる。道行く人々の表情は活気に満ち溢れていて、この街が十分に発達していることも示しているだろう。
そして何より、道が非常に綺麗だ。見た感じ文明レベルは中世ヨーロッパ前後といった感じなのだが、当時最大の問題だったはずの衛生問題はあまり見受けられなさそうである。この街だけの話なのか、それとも魔導文明はそれらを解決したのか──どちらにせよ、ここではそれらに対する答えは得られまい。
最も目を引くのは、上からは街の中央に見えた、巨大な二つの建造物。ここからもよく見える。
一つは、巨大な館。もう一つは、そびえ立つ巨塔。どちらもその偉容が、唯のシンボルマークではないことを感じさせるようだった。
多分、あれが『大本部』と『神話級迷宮』なのだろう。塔はダンジョンの受け付け口みたいな役割なのかも知れないが。何となくダンジョンは地下とかそういうところにある気がする。根拠はないが。
まぁ、何にせよ。
来たぜ、オリュンスフィア。ここから俺の異世界生活が始まるのだと思うと、感慨深いものがある。
そんなわけで感極まっていた俺は、きょろきょろとおのぼりさん状態で、街の風景を見渡しながら歩いていく。
そんな歩き方をするもんだから──
「っと、すみません」
「……いえ」
誰かにぶつかってしまった。俺が咄嗟に謝ると、小さな、静かな声で返答が返ってくる。いけねぇいけねぇ、浮き足だって辺りへの注意を怠ってい、た……
──絶句。
目を見開く俺を半ば無視して、向こうへと去っていくのは。
壮絶なまでの容貌を持つ、美少女だった。
年の頃は16歳前後だろうか? 高級な糸のような、見るからにさらさらした金髪を靡かせ、白と青を基調とした洋服に身を包んでいる。スカートからのびる足は、雪のように白く、かつ細いが、よく見ると確り鍛えられている事が分かる。しなやかな足だ。
しかし無表情。完全なまでに無表情。むしろ氷彫刻か人形か何かだと言った方がしっくり来るほど、パーフェクトな無表情。綺麗な青い瞳が余計にその無表情に冷たさを添える。
そしてそれらのすべてが、彼女の美貌を引き上げていた。
なんだあの娘。えらい可愛いな。思わず事細かに描写してもうた。俺の見取り能力ってこう言うときの為に有るんじゃないかと錯覚してしまうほどに。
金髪美少女はすぐにどこかへ行ってしまったが、俺の脳裏にはその姿が焼き付いたままだった。
「……異世界、すげぇな」
思わず、呟いていた。
***
都市の中心に程近い場所に存在する、巨大な館。その一階フロアに、今俺はいた。
『大本部』。それは、この建物に存在する組織の、ひいては建造物そのものの通称だそうだ。
「冒険者とは、依頼をクリアすることを専門とした人々のことを言います。この世界の冒険者は、マザーギルドの管理のもと、『ギルド』をつくって活動しています。は三名以上のパーティーメンバーが居れば設立が可能です」
そう俺に説明するのは、受付嬢のお姉さん。ベスト型の制服が可愛い。素敵だ。
「冒険者は、低い順からF、E、D、C、B、A、S、Xのランクに分けられます。冒険者は自分の冒険者ランクより低いクエストと、それぞれ+が振ってあるランクのクエストのみを受けることができます」
そんな俺の内心を知ってか知らずか、彼女は眼鏡の下の顔を無表情で染め上げ、俺に『冒険者』について説明を続ける。
そう、今俺は、マザーギルドで冒険者になるための講習を受けていた。オリュンスフィアのマザーギルドは、世界中に存在するマザーギルドのなかでも、さらにそれを取り締まる本家大本なんだそうな。
故に、『大本部』。
「ダンジョンには、Cランクから挑むことができます。それまではダンジョンに潜ることは出来ませんので、ご注意ください」
「わかりました」
ダンジョンにはCランクにならないと入れないんだそうな。普通のダンジョンはDランクからなんだそうだけども……まぁ、『神話級』なんて言うくらいだからな。
「それでは、冒険者カードを作成します。こちらの水晶に手を置いてください」
お姉さんの出した水晶に、指示通りに手を置く。すると水晶が淡く発光し、直後、きぃん、という音と共に、一枚のカードに変貌した。大きさは掌ほど──俺がオリュンスフィアに入るときに偽装した、あのカードとほぼ同じ。質感も可視モードのメニューウィンドウと似ている。
表示されている内容は以下の通り。
ヨツバ・シノノメ
Lv1 ランクF
種族などのプライベートな情報を隠すために、表示されるのは名前とレベルとランクだけなんだそうな。まぁ、俺の場合は鑑定スキルがあるから、見ようと思えば個人情報は筒抜けなんだがな……。
因みにお姉さんに試そうと思って分かったことなのだが、親愛度とかいうのがあって、これが一定以上にならないと一部の情報は見えないらしい。お姉さんに関して言えば、名前とレベルと種族、あとステータスが見えた。因みに親愛度は0だった。個人情報はもっと親愛度を上げないと見えないらしいな……。
暫くすると、カードはしゅん、という軽やかな音を残して消滅した。
「あっ……」
「冒険者カードは、魔力を流すことで呼び出すことができます。そのため、基本的に無くすことはありませんが、身分証明書の代わりに使うこともできますので、悪用されないようにあまり手放さないようにしてください」
ちなみに冒険者カードは持ち主の手を離れてから10分後に自動的に消えるらしい。今のは初使用ということで特別な消滅だったとのこと。あとは自由意思で消すこともできるんだとか。
「依頼は、あの掲示板に貼ってある紙を、窓口まで持ってきて、受注届けとお金を払って行います」
冒険者カード作成にもお金がかかった。幼女神が懐にお金を入れてくれてなかったら積んでたな。
因みにこの世界の貨幣は銅貨、銀貨、金貨で、銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚だそうな。単純で助かる。
因みに俺のアイテムボックスに入っているお金は金貨10枚、銀貨100枚、銅貨1000枚である。割りと高額だ。恐い。
「以上で説明は終わりとなります」
「ありがとうございました!」
受付嬢のお姉さんが、無表情のまま言う。俺はできるだけ明るくお礼を言ってみた。お姉さんの表情は変わらない。チクショウ、笑ったら絶対可愛いと思うんだけどなぁ。
ともかく。
俺は冒険者になった。膝に矢を受けないように頑張ろうと思う。
さて、なにはともあれ先ずは依頼を受けてみなければいけないな。掲示板の方へと向かっていく。
翻訳機能をオンにして掲示板の依頼を覗いた。文字の上に日本語が表示されて読みやすくなった。便利だわぁ……。
「えーっと、これでいいかな……」
俺はそのうちの一枚を剥がして、窓口まで持っていく。もちろんさっきのお姉さんの所だ。
「これお願いします」
「『初級赤鉱石採集』、Eランクですね」
相変わらずの無表情。
『初級赤鉱石』は、街の外で採集できる、文字通り赤い鉱石だそうな。赤属性の性質を持っていて、赤属性の属性が宿った武器を作るときに使われるらしい。属性剣なんてあるんだね。
因みにあのラーヴァスライムのドロップアイテムでもある。何で知ってるかって言うと、道中に倒したラーヴァスライムが、何体か落としたからだ。
因みにこの採集クエストでのノルマは30個。ラーヴァスライムを最低30体近く倒す計算だが、全員が必ず落とす訳じゃないし、ぱっと見街の周りにそんなに居るわけでもなさそうなので、拾う方をメインにすべきだろう。
どっちにしろ、一応勝算はあるし。
「はじめてのクエストがランクが上のクエストですが、大丈夫ですか?」
「あ、はい。こう見えてもモンスターとの戦闘経験あるんで」
ラーヴァスライムがどのくらいのランクに位置付けられるのかは知らんがな。
「そうですか。では、手付金として銅貨1枚をいただきます」
「はい」
俺はポケットのなかにアイテムボックスを出現させ、銅貨を抜き取った。本当に便利だなぁメニューウィンドウ……。
お姉さんはそれを受けとると、「確かに受けとりました」と言った。
「期日はありませんが、ランクが上のクエストです。気を付けていってきてくださいね」
お姉さんの無表情な声援を受けて、俺はマザーギルドを出た。
さぁ、初仕事の始まりだ!
閲覧ありがとうございます。
テンプレ気味に冒険者ギルドに加入しましたヨツバ君、次回は初クエストです。
感想、ご指摘等ありましたお願いします。
作者はこの作品と同時平行で、なろう及び別サイトにおいて複数の作品を執筆しているため、気分屋であることと合わせて非常に執筆速度が遅いです。そのため、予定通りに更新されない可能性もあります。更新されたのが目にとまったその時は、よろしくお願いします。