酔いどれ兎は名言を弄ぶ
「はっぷ。うぃっぷ」
「トビ、それはゲップなのですか?」
「ふぉっう。ああー飲み過ぎだ。飲み過ぎだちくしょう!」
「どこに対してのちくしょうなんですか。どう見積もってもトビ自身の他ないでしょうけど」
「やかましいなーラビよ。酒の飲む量を決めるのは誰だ?おめえか?世界か?いやいや、俺様だ。こいつとどう付き合うかはいつでも俺が決めてきたんだ。文句は言わせねえよ」
「文句はないですけど。これはまた、今日は一段とにんじん酒に水没しているようで」
「かぁーホントにいつ飲んでもうめえんだよーこいつは。裏切らねえんだなー。しかしよ」
「なんです?」
「なんだかすっかり、お日さんも遠慮がちになってきたな」
「そうですね。ちょっと前までは灼熱の如き暑さでしたもんね。それが気付けば」
「なあ。気候の移り変わりってのは、いつもあっという間だよ。だからよ、急に体が冷えちまってよ。内側から暖めねえとなって」
「それでそんなに飲んでるわけですか?」
「おうよ」
「まったく。他に色々あるでしょうに。折角いろいろと文明も発達しているんですから、それを利用すればいいじゃないですか」
「おめえなあ。そういう事じゃねえんだよ」
「何が違うんです?」
「そうやってよ、文明だのなんだの。そういうのに頼りきってちゃいけねえと思うぜ。おっぷ。……そこに寄りかかってちゃ、自分達が創ったはずの文明に、俺達自身が飲み込まれちまう。そんなの滑稽じゃねえかよ……うっぷす」
「各所に散らばるゲップが気にはなりますが。それに、なんだか一理ありそうなぽい事を言ってますが、つまりは何が言いたいんです?」
「つまり」
「つまり」
「それっぽく言ってみただけって事だ」
「本当にそうだとは思ってなかったので割と驚愕してますよ、トビ」
「ははは、ざまあみろ」
「ざまあは見ませんよ。別にいいじゃないですか、寄りかかっても。そういうのは昔の偉人賢人達の賜物じゃないですか。まあそれ自身を一番に壊しにかかってるのが人間というのは確かに滑稽かもしれませんけどね」
「そりゃ言えてる。ところでだ、今の流れで偉人賢人という表現も出て来た事でちょっと言いてえ事があるんだけどよ」
「おや? 何か文句ですか?」
「そういう輩ってのはよ、よく名言やら格言やらを残してるじゃねえか」
「んーそうですね」
「あれよ、正直どうなんだ?」
「どうって?」
「本当にいい事言ってんのかって話だよ」
「またえらい所に手を出そうとしてますね。怒られても知りませんからね」
「へっ、どうせ人間の戯言だ。兎の俺が何言おうと怒る奴なんざいやしねえよ」
「それはごもっとも」
「例えばだ。こういうのがある。”我思う、故に我あり”」
「ああ、聞いた事ありますね。いいじゃないですか。自分自身の存在を表す表現としてある意味ぐうの音も出ない言葉じゃないですか」
「いやそうだがな。思うんだよ。どうしてそれは名言になり得たかってな」
「ん?」
「あのよ、これが誰の言葉とかは知らねえんだけどよ。現実に急にこれを言われてみろよ。どう思う?」
「何が言いたいんですか?」
「つまり、俺達はこの言葉を”名言”、”格言”として既に洗脳された状態で受け取ってるわけだ。だからこの言葉が重みのある、何とも意味深い言葉だなって意識で受け取るわけだ」
「ふむふむ。言ってみれば先入観と同じような作用が起きていると」
「そういうこった。その先入観を排除して、これを急に言われてみたらどうだって話だよ」
「そうですねー……」
「何だそれって感じだろ?」
「まあ……正直」
「そうなんだよ。だからな、いやそりゃ、基本いい事言ってると思うぜ? でもよ、それ何だよってのもあるじゃねえかよ。それこそ、ぽく言っただけなんじゃねえのかって」
「なるほど。名言がいかにして生まれるかという所ですか」
「もっと言っちまえば、俺にだって簡単に名言は生み出せるんじゃねえかってな」
「はっ、トビがですか?」
「おい、そういう笑い方すんじゃねえよ! 後、目! 腹立つ目しやがって! 流れってか、いい波に乗っちまえば名言として流れる可能性はあると思うぜ」
「そんなものですかね」
「だからちょっとよ、”名言ゲーム”でもやってみようぜ」
「”名言ゲーム”?」
「名言っぽい事を言ってくんだよ」
「ほう、面白いかもしれませんね」
「だろ? よしんば歴史に残るような言葉が今ここで生まれ落ちるかもしれねえぜ。じゃあまずはジャブ程度に俺からいくかね」
「お手本ですね」
「やめろよ、ハードル上げんじゃねえよ。そうだな……”前に進む為には、前足だけでは足りない。その為に蹴り上げる後ろ足がついているのだ”」
「……」
「どうだ?」
「ハードルが地面に落ちましたね」
「ダメか! ぽかったろ!?」
「ぽさはあったかもしれないですけど、全体的に何それ感が」
「ぐっ……。じゃあラビ! おめえもやってみろよ!」
「あれでいいなら、もう何でも大丈夫な気がしますね。それでは。”酒の味を覚えるのは、合法麻薬の永久切符を手に入れたのと同じである”」
「おいおいおいおいおい! なんて危ねえ表現しやがんだ! ひやっとさすなよ!」
「え? 間違ってます?」
「一発目でいきなりスパイシー過ぎねえか!? なんだか突き刺さるもんがあるけどよ」
「名言とはそうあるべきではないのですか?」
「だとしても突き刺しすぎだ! よし、じゃあ俺がいこうか。”脳は考える事を止められない。止め方すらも考えてしまうから”」
「まあまあですね」
「何かお前このゲーム始まってから上から目線になってねえか?」
「では次は私ですね。”本当の意味で自由を手にしてはいけない。束縛がなければ、命は動かない”」
「ぽいなお前! ぽいぞ!」
「その命すらも、寿命という期限に縛られてますからね」
「なっ、ダメ押しの添え名言だと……!?」
「この程度で終わりですか、トビ」
「くっ……なんて野郎だ。だがまだまだ! 次は俺だ! “子供と大人の違いは、感情を素直に表現出来るか出来ないかだ”」
「……ふん」
「ちくしょー!」
「私の番だ」
「いつもの丁寧語がなくなってやがる……!」
「"悪も正当化すれば正義である”」
「またもスパイシー!」
「どうだ」
「……ぐ、こ、ここまでか……。せめて最後に……”金で心は買えないが、金で愛を育てる事は出来る”」
「それは既にある名言だ」
「バレたー!」
「あなたの負けだ」
「む……無念……」
「……」
「……」
「……」
「……なんだこのノリ」
「これはいけない。少し熱が入り過ぎてしまいました」
「少しどころかどっぷりだったじゃねえか」
「そういうトビこそ」
「いや、ついついお前の気迫に押されて」
「それは申し訳なかったです。でもトビ、最後のは駄目ですよ」
「ああ、あれは反省してる」
「最後の最後にただ単に人の名言を引用してくるなんて」
「でもいい言葉だろ、あれ」
「それは間違いないです」
「やっぱあれだな、名言ってのは、言おうと思って言っちゃ駄目なんだな」
「ええ。何かを貫きやり遂げる者が本心から零した言葉が自然と名言になるんでしょうね」
「そうだな。いかんな、ちょっと反省させてもらうぜ」
「そう思うなら、まずお酒をやめる事ですね。言い飽きましたが、体に悪いですよ」
「それとこれとは別だろうが」
「いや、反省ついでにと思って」
「ついでかよ。まあやめねえけどな。体に悪い? いやいや、俺から言わせりゃ逆だよ。俺はこいつに殺されるんじゃねえ。こいつに生かされてるんだよ」
「おや? 今の良いかもしれませんね。本音感もあって」
「ホントか? まあしかし色々今日出たわけだが……残るかな、俺達の名言」
「残したいですか?」
「……封印だな」
「ですね」