1-8
模擬戦の結果は、惨憺たるものだった。
相馬が相手と互角に戦えたのは、瑠依の予想した通り1分のみ。それ以降は、まともな攻撃も防御も出来ず、初歩的な魔術で辛うじて攻撃を捌きながら、ひたすら逃げ回っていただけであった。
「やっぱり1分しか持たなかったねぇ。瑠依ちゃん大正解」
憔悴し切った様子の相馬を労う様子もなく、由紀は愉快そうに言った。
「せめて3分くらいは戦えなきゃ、話にならないんじゃない?」
瑠依は感情の読めない表情で、冷静に分析している。
「なるほど。1分っていうのはそういう意味だったのか。ふむふむ、珍しい能力者もいたもんだね」
感心した様子で頷く彩香だったが、その表情も、すぐに哀れみを帯びたものに変わった。
「しっかし、聞くだけなら凄いというか、器用貧乏というか……はっきり言って、単騎だと話にならないね」
「でも相馬くん、協調性ないから。チームプレーとかはてんでダメなんだよ? 2対2のチーム戦なのに、実質1対1対2とか――勝てる訳ないよね」
「うわ、それは酷い……。ここまで扱いが面倒な能力、聞いた事がないよ。ああ、私は馬鹿のひとつ覚えで撃つだけの能力で良かった」
「うんうん。わたしもよく器用貧乏って言われるけど、相馬くんを見ているとなんだか安心するよぉ」
歯に衣着せぬ物言いに、流石の相馬も、いつものように口汚く反論する余裕がなかった。
「お前ら……2対1は卑怯だろう? 寄って集って、人の欠点で遊ぶなんて酷いじゃないか? 神学科の癖に、倫理はどうした? 聖書にもあるだろ、汝の隣人を愛せよ、みたいな事が」
本人達がどういった心境なのかは分からないが、これをいじめと呼ばずして何と呼ぶのだろう。相馬は断固抗議する構えだ。
「こうやっていじめられない為にも、あなたの方こそ、ちゃんと隣人愛の心を養いなさい。個人戦はともかく、あなたにはチームワークの“チ”の字も無いじゃない?」
「隣人愛の“り”の字も無い人には言われたくないな」
些か苛立たしげに反論した相馬だったが、その口調とは裏腹に、その表情には大した怒気が籠もっていない。とりわけ落ち込んだ様子もなく、何処となくリラックスしているようにも見える。
「彩香ちゃん、チームワークで大事なものって何だと思う?」
「やっぱり、隣人愛じゃないの?」
2人の会話を耳聡く聞き取った相馬が、すぐに口を挟もうとした。
「逆算すれば、チームで動けない人は、隣人愛が足りないって事になるわね」
が、瑠依に先を越されてしまった。いつも相馬は、何かを言おうとする直前に、瑠依に先回りされて釘をさされてしまう。
「……くっ、3対1か」
諦観の念と共に、相馬は静かに嘆息した。
「でもさ。貴重だよね、こういう能力者。他にもいるの?」
「いや、知らないな。いたら残念能力同盟でも組みたいくらいだ」
相馬の知る限り、このような珍妙な能力を持つ者は、近くにはいない。尤も、有名な魔術師であれば、個性溢れる能力者も知ってはいるが。
「残念って……あんたの場合は、あんたの協調性の無さ? が、その才能を残念なものにしてるんじゃないの?」
立て続けに彩香から出される疑問に、由紀が神妙な面持ちで頷く。
「確かに。相馬くん、性格悪いもんね。宝の持ち腐れって奴かな?」
「そもそも、この固有能力は宝と言えるのかしら?」
瑠依が無情に指摘する通り、相馬の能力は珍しいものではあるが、使い勝手が良い訳でもなく、切り札になるような強さもなかった。
彼固有の能力を端的に表せば、それは魔力の性質や魔術のであった。
触れた相手が持つ魔力の性質を、一瞬でコピー出来るという程ではない。また、一度コピーした性質や技を扱い続けられる訳でもなく、コピーはおよそ1分しか持続しない。そして、コピーされる側も、コピーされる際に抵抗する事が出来る。しかし、その上で強引に魔力を奪い取る程の技も力も、相馬は持ち合わせていない。
よって、相馬が他人の魔術を扱える状態になるには、たった数秒とはいえコピーするだけの時間を確保出来る事と、相手がそれを拒まない事が前提条件となっている。
故に相馬は、個人戦においては一切の取り得が無い魔術師だった。彼の真価が発揮されるのは、共に戦う仲間が隣にいる場合に限られる。それにも関わらず、相馬は他人に合わせる事やチームで戦う事が苦手な人間でもあった。
要するに、彼の人間としての性格と魔術師としての能力の性質が、致命的なまでに噛み合っていないのだ。この個性が宝であれば、まさに宝の持ち腐れである。
「大変だねぇ、相馬くん。まずは、その自己中な性格から治さないと」
そう言う由紀に憐れむ様子はないが、何処か愉しんでいるように見えなくもない。
「……俺って、そんなに自己中だっけ?」
由紀の言葉が気になり、相馬は疑問を口にした。その是非を巡り、由紀と瑠依は思考を手繰らせる。思考する2人と歪な笑顔を硬直させる相馬を、彩香が静かに見守っている。
「少なくとも、周りの空気を読もうとはしないわね。一切」
相馬の問いに対して、瑠依は何処までも正直に、そして残酷に審判を下した。
「……留年、かぁ……」
「おい待て」
由紀と共に神妙な顔で頷く彩香に対して、相馬はそれ以上に言い返す言葉が見付からなかった。
先程まで傾いていた太陽は、既に半ば程を山の陰に沈めている。まるで最期の足掻きであるかのような光を受け、空は血のような紅蓮の色に燃え始めていた。
昼と夜の境。日没の過程。ちょうど、悪魔が目覚め始めるとされる頃合いだ。