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ファミリア・クロニクル  作者: 腐滅
the 1st step 「蘇る英霊」
8/146

1-7

 東アジア校の校舎は、建物の周囲を木で囲まれている。森の外れに建てられているのだから、当然といえば当然である。

 その木々の一角に、その男は身を預けていた。彼は細い体を黒いマントで覆い、幹を背もたれにして太い枝に座っている。

 その両目は閉じられているが、彼にはしっかりと景色が見えていた。しかし、それは彼の眼前にそびえる校舎の映像ではない。彼が今目にしているのは、自らの魔力を編みこんで生成した蝶の眼から送られてきた映像だ。

(……流石に、見てすぐに分かる訳ないか。こりゃあ、プロとして失格……かな?)

 先ほど今回限りの同僚に言われたばかりの事を思い出し、細身の男――唐津(からつ)カデチダケは内心自嘲した。

 この仕事はあまりにも不確定要素が多過ぎる。成功報酬は確かに魅力的だったが、前金と成功率を鑑みれば、引き受けるべきではなかったのかもしれない。しかし一度引き受けた以上、この仕事は最後までやり通さなければならない。それもまたプロである為の条件だ。

(予定を先延ばしにして、先に校内を物色してみた方が良かったか? いやしかし、警備に見付かるリスクはそっちの方が高い。まずは外から観察するのが定石か。ならばやはり、この順番で間違ってはいない……な)

 生成したモンスターを使役しての偵察を始めてから、まだ30分も経っていない。最近になって、今まで以上に我慢する事が出来なくなっているのは、半ば習慣化してきた薬物の副作用だろうか。

 服用の頻度が増えてきているカデチダケは、今はおおよそ3時間に1回の間隔で服用している。そして彼が最後に薬で遊んだのは、今から約3時間前だ。

(しかし、やはり退屈だな。仮に生徒だか教師だかの誰かがブツを持っていたとして、こんな風に観察しても分かりっこないというのもまた事実。

 だからといって、派手に暴れて陽動して、それで(あぶ)り出してみようなどと考えるのは愚の骨頂。……うーむ、やはり地道な作業が一番か)

 一度事を大きくしてしまえば、相手の警戒も強くなる。あまり効果が期待出来ないとしても、相手に気付かれずに済ます方法があるのであれば、先にそれを試すべきだ。警戒心が強くなった相手に、今やっているような隠密活動は効果が薄い。

 そして何より、情報のアドバンテージは面と向かっての潰し合いにおいても重宝される。このような諜報活動は、なるべく初期のうちから行うのが定石だ。

(しっかし、じれったいな。いっその事、魔獣でも湧いてトラブルになってくれればいいのに。そうしたら、こっちも動き易くなるってもんだ)

 (まぶた)を閉じた視界には、モンスターの眼球をから送られて来た視覚映像が映っている。これといって有益な情報の含まれていないと思われる映像を見ながら、カデチダケは立ち上がって体の筋を伸ばした。

(ずっと座りっぱなしっていうのは、やっぱ体に良くないよな。俺は戦闘中もあまり動かないし、こうやって体を動かさないと、いざって時に動けなくなるし……)

 呑気に木の上で体操を始めた彼だったが、その双眸は閉じられたままだ。余事にかまけているように見えるが、観察は怠っていない。

 その時突然、彼のポケットが細かく振動した。マナーモードに設定している携帯電話によるものだと、彼はすぐに察した。そして、電話の主が誰であるのかも。

「……もしもし?」

 彼は通話ボタンを押して電話に出た。恐らく、あまりいい知らせではないだろう。

『私だ。……すまない、面倒な事になってな』

 案の定、いい知らせではなかったようだ。内心の落胆を隠しもせず、カデチダケは不快な気持ちを露にして答える。

「早速ヘマしたのか、テイルニナ? プロ失格じゃねえの?」

 テイルニナ・ワレスカは無駄な軽口には付き合わず、用件だけを簡潔に述べた。

『偵察中、偶然生徒に見付かってしまってな。口封じはしておいたのだが……』

 やはり、という思いがカデチダケの頭を過<<よぎ>>る。

 わざわざ連絡して来た以上、目的の品を発見した訳でなければ悪い知らせだとうと思ってはいたものの、テイルニナがこれほど大きな失敗をするとは、カデチダケも思っていなかった。

 存外、ラシタンコークには、カデチダケが考えているよりも優秀な生徒が多く在籍しているのかもしれない。

「ばっかじゃねぇの? 目撃者を殺したとしても、見付かっちまったらお終いだろうが」

『そういう訳だから、向こうの警戒も強くなるだろう。今日の所は、一旦引き上げよう』

 このような事態を招いたのは紛れも無くテイルニナではあるが、その失敗を踏まえた上での彼の判断は概ね正しい。ここで無駄な論駁をしているよりも、早々に引き上げた方が無難だ。

「……で、仏さんは?」

 それが分からないカデチダケではないが、目撃者の死体をどうしたのかだけは確認しておきたかった。よもやテイルニナに限って、杜撰な始末の仕方をしてはいないだろう。

『隠蔽した。勿論、足は付かないようにしてある』

「……そうか。なら、まだいいんだが」

 案の定、テイルニナは目撃者の死体を、誰にも見付からないように処分したようだ。何人いたのかまでは知らないが、仏になってしまった生徒には、不運だったと掌を合わせて冥福を祈るしかない。

『すまないな。では、昼に集合した酒屋で落ち合おう』

 簡潔に連絡を済ませ、テイルニナは電話を切った。

「……何やってるんだ、あの馬鹿は」

 携帯電話を仕舞い、カデチダケは溜息を吐いた。

 今回の仕事は、開始早々から災難続きだった。相方は諜報活動中に目撃され、諜報用に生成した蝶のモンスターは撃墜された。事実、閉じた両目には既に何も映っていない。

 そこでようやく、カデチダケは自分もまたミスをした事に気が付いた。こんな事にも気付かなかったとは――日々の薬物乱用が祟ったのだろうか。

「……馬鹿は俺もか――って、うおっ!?」

 自嘲するカデチダケの眼前を、一筋の光が横切る。それは、魔力で編み込まれた弾丸だった。

 寸でのところで魔弾を躱すと、カデチダケは弾丸の放たれた方角を見た。視線の先には、殺気を漲らせた2人の教師の姿がある。

「初日から派手にいく事になっちまったか。まぁ、その方が退屈しないかな?」

 漆黒のマントの内側から膨大な魔力が溢れ、巨大な蜘蛛の形へと編み込まれていった。


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