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ファミリア・クロニクル  作者: 腐滅
the 1st step 「蘇る英霊」
4/146

1-3

「汐町さんって、去年は涜神科にいたの?」

 教室には、もうほとんど生徒が残っていない。皆、用事が終わったのならと早々に帰宅したのだ。

 そうして人口密度の低くなった教室で、由紀は早速転入生に話しかけていた。

「彩香でいいよ。まぁ、転入生っていったら、大抵はそうでしょ。確か、私の他にも何人かいたんじゃなかったかな」

 こうやって新しい仲間と積極的にコミュニケーションを取ろうという姿勢が、このクラスに限らず多くの生徒に欠けている。

 相馬もそのうちの1人であり、既に教室にその姿はない。由紀の誘いを振り切って、HRが終わると早々に帰宅してしまった。彼はこれからアルバイトだそうだが、勤務時間までは時間の余裕がある。それでも直ぐに帰ったのは、相馬にとって、未だその人となりが知れない転入生に大した興味を持っていないからに他ならない。

 その事を理解していない紳範ではないが、あまり重要視していないのか、そこに関しては全て生徒達に委ねてしまった。

 その結果、彩香に話しかけたのは由紀1人だけだった。しかしそれも、このクラスの生徒達が普段見せている協調性の無さを考えれば、別段驚くような事ではない。彩香の去年いたクラスも似たようなものだったので、特別寂しいとは思わなかった。

「他って、知っている人?」

「いや、知らない人。風の便りに聞いただけ」

 教室に残っているのは、こうして話をしている由紀と彩香、他には2,3人ずつのグループが3つだ。クラスという枠組みでの仲間意識もあまり高くなく、既に7割近くの生徒の姿が消えている。

「そうなんだ。涜神科って、どんなところだったの?」

 わざわざ神学科に転入してくるくらいなので、少なくとも本人にとっては居心地の良い場所ではなかったはずだ。それを分からない由紀ではなかったが、心情を悪くしなねない話題を避けるという配慮よりも、未知のものに対する好奇心の方が勝っていた。

「うーんとね。ひたすら魔術一直線って感じで、そういう意味では、頭が固い人が多かったな。特に、先生達は」

「先生も、神学科と比べて急進的な考えの人が多いんでしょ? やっぱり名前の通り、魔術の発展の為なら手段を選ばない、っていう感じ?」

 気さくに話す由紀につられて、彩香もまた、緊張が解けて自然体で会話が出来るようになって行った。

 緊張の解けた彩香からは、猛禽や豹のような緊迫した雰囲気は剥がれ、渡り鳥や野良猫のような奔放な雰囲気が表れていた。

「大体合ってる。でもその分、講義の内容はすっごくレベル高かったよ。ついて行くのがやっと、って感じだったなぁ」

 陽気な笑顔を湛え、彩香は新しい友人に言葉を返す。

 神学科と涜神科の違いについては、由紀も入学の段階である程度承知していた。

 神学科は歴史や神話から学ぼうという温故知新の精神を基にし、魔術の鍛錬や行使においても、それが倫理に適ったものである事を前提としている。

 それに対し涜神科は、文字通り、魔術の発展の為であれば神を冒涜するような所業も辞さないという急進的な精神に基づいた、エリート志向の学科だ。宗教家からはもちろん、宗教を『過去の遺物であり下等な文化』と低く評価する人物からも、倫理面などで批判される事が少なくない学科である。

 有名な急進派の魔術師のほとんどが涜神科の卒業生である事を考えれば、その極端な精神性を窺う事が出来よう。また、思想に関係なく超一流と称される魔術師の大半が涜神科の卒業生であるというのもまた、この学科のレベルの高さを物語っている。

「へー。じゃあ、神学科の講義は楽勝だろうね。彩香ちゃんは、魔術では何が得意?」

 魔術師としては核心を突く質問を投げかけられ、彩香は苦笑する。

 とはいえ、魔術の得手不得手こそが魔術戦における最も重要な情報アドバンテージだからといって、それをクラスメイトに隠す必要もないのだが。

「私は、基本的な直接攻撃が得意だな。ていうか、凝った魔術全般が苦手。だからっていう訳でもないけど、接近戦も駄目。攻撃は飛び道具ばっかり」

 諜報員などではないのだから、そこまで自分を隠す必要は無い。そして何より、隠し事ばかりをしていても友情は育たない。それは由紀と彩香に共通した無意識的な判断だった。

「そうなんだぁ。じゃあ、ちょっぴり私と似てるね。私も馬鹿正直に直接攻撃するばっかりで、幻術とかの手の込んだ技はてんで駄目なんだ」

 自分の手の内を堂々と晒す彩香に、尋ねた由紀もまた己の手の内を明かした。それを聞いた彩香も、やや自嘲気味に返す。

「幻術ねぇ。使うのも苦手だけど、相手にするのも苦手だな。あと、ちょこまかとすばしっこい奴とか。模擬戦で当たった時は、ホント嫌になったよ。素直に撃たれろ、ってんだ。弾が当たっても耐える奴なら、まだやる気が出るけど……掠りもしない敵はヤダよ」

「え? 速い相手には、範囲攻撃すれば、割と何とかならない?」

 得手不得手の面において同意を示していた由紀が、そこだけは一致しないと言いたげな顔で反論した。

「そんな技ないよ。つか、あんたさっき、馬鹿正直に直接攻撃するだけって言ったじゃん?」

「言ったよ? 範囲攻撃だって単調じゃん? ただ魔力をぶつけるだけの簡単なお仕事だし」

「いやいや、十分工夫が利いているよ。私はホント、馬鹿のひとつ覚えだから」

 そこまで言ってから、彩香は小さく溜息を吐いた。まるで、問題なのはむしろこっちだと言わんばかりだ。

「いやー、魔術はいいけどさ。神学科って涜神科よりも座学の講義多いでしょ? 特に歴史とか。魔術よりむしろ、そっちの方が不安」

 彩香の心配を、気にするような事ではないと由紀は笑い飛ばした。

「大丈夫だよ。座学は2年次から少なくなっていくし。むしろ、これからが大変だって落ち込んでる人もいるくらいだから」

 それを聞いて安心したのか、彩香は少しだけ顔を明るくした。

「それは大変だねぇ。留年したら大変じゃん?」

「まさに留年しそうな人もいるし……」

 由紀の脳裏に浮かんでいるのは、無論相馬の事である。彼程明白に留年の危機に瀕している生徒は、このクラスには他にいない。

「あ、そうだ。えっと……」

 少しだけ気になっていた事を聞こうとして初めて、彩香はこのクラスメイトの名前を知らない事に気が付いた。

 由紀の方も、彩香が言葉に詰まった様子を見て初めて、自分がまだ名乗っていない事に気が付いた。

「そういえば、まだ名乗っていなかったね。媛河由紀っていいます」

「う、うん。で、由紀……さん?」

「由紀でいいよ」

「由紀、ひとつ聞きたいんだけど……」

「何、彩香ちゃん?」

「私達以外には、このクラスに何人、日本人がいるの?」

 あまりにも少ないので、由紀はその問いに対する答えを用意する為に、考えるという作業を用いる必要がなかった。

「彩香さんが来て、4人になったよ」

 彩香が去年所属していたクラスよりも僅かに少ないようだが、特別驚くような人数でもなかった。全校生徒における日本人の割合を考えれば、少ない方であるとはいえ、平均的な人数からそこまで離れてはいない。

「少ないね。あとの2人は?」

 2人の情報を脳内で整理し、由紀は彩香の問いに答えた。

「えっとね、1人は、園蒙間相馬くん。さっき話した、留年しそうな人」

 予想外に身近なところに、彩香とは真逆の不安を抱えている人物がいたようだ。その上、その人物もまた、自分と同じ日本人だったとは――彩香は驚きを禁じ得なかった。

「ソノノモウマ、ソウマ……」

 名前の方はともかく、実に発音し辛い姓だと彩香は思った。これでは、初対面の人物に対していちいち名乗らなければならない本人が一番大変だろう。

「もう一人は、咬丹(かむに)瑠依(るえ)ちゃん。ちっちゃくて、可愛いコだよ。こっちは留年の心配無いから大丈夫……っていうか、学年でトップクラスの成績なんだ。ちなみにモンスター使い」

「モンスター使いか。珍しいね」

 通例としてモンスター使いは、自身の魔力で生成したモンスターの操作に集中しなければならない分、自身の防衛が疎かになる傾向がある。モンスター使いである瑠依も、彩香と同様に接近戦は不得意だと考えられる。探せばどこにでも共通点は見付かるものだと、彩香は思った。

 それにしても、面と向かって知り合う前から相手の特性を知ってしまうというのも、何だかおかしな話だ。これが、お互いに名の通った超一流の魔術師であるなら、話は別だが。

「で、その、ソノノモウマくんとカムニさんは、今日はもう帰っちゃったの?」

 彩香の問いに、由紀はさも呆れたとでもいうように、かぶりを振って答えた。

「そ。せっかくクラスに新しい日本人が来たっていうのにさ。京目先生が解散って言うなり、そそくさと帰っちゃったよ。ホンット、協調性とかが足りないよねー」

 由紀の言う事も尤<<もっと>>もではあったが、彩香はそこに少々引っかかるものを感じた。

「もし、私が……ていうか、転入生が、同じ日本人じゃなかったらさ。由紀は、こんな風に声掛けて来た?」

「うん?」

 質問の意図が分からないというように、由紀は擬態語のみを用いて聞き返した。

「いや、だから……転入生が韓国人や台湾人や中国人だったら……こんな風に、早速声掛けて来た?」

「モンゴル人だったら、掛けた」

「なんで?」

「モンゴルがどんなトコか、気になるから。わたし行った事ないし」

 由紀の回答が質問の意図から大分ずれているのを、彩香は感じた。

 そんな様子の彩香に、由紀もまた、何処か解せないような表情だ。

「他は?」

「行った事ないなぁ。あ、今中国に来てるか」

 彩香が感じたずれは、これでより決定的なものになった。どうやら由紀は、彩香とは大分感性が異なるらしい。この短い会話の間に、彩香は急に疲れたように感じた。

「いやいや、海外に行った事があるかっていう話じゃなくて……」

「声掛けてたよ?」

「じゃあ何で、せっかく新しい日本人が、って言ったの?」

 予想外の質問に、由紀は心底訳が分からないと言いたげな表情になった。彩香も、自分が抱いた素朴な疑問が理解されていないという事に当惑していた。

「そりゃあ、まあ……辞書とか魔術とかで取り繕わなくても話せるし……っていうか、頑張って外国語を使わなくてもいいし……それに、まあ、仲間意識みたいな?」

「初対面なのに、国籍が同じっていうだけで?」

「難しく考え過ぎだよ彩香ちゃん。そういうのはなんとなくでいいじゃん?」

 なんとなく理解するという事が上手く出来ないから、こうして疑問に思っている訳なのだが――どうやら由紀には、そういった感覚は通用しないようだ。彩香は考えるのを止めるべきか、このまま問答を続けるべきか迷った。

「『考えるな、感じろ』っていう事だよ。多分」

「感じろって言われても、ねぇ?」

 彩香は、考えるのを止める事に失敗した。その原因には、由紀がこの話題を打ち切らなかった事も含まれる。

「……ほら、共通点だよ、共通点。探し易そうじゃん、文化圏とかが同じだと? 魔術とか、講義以外の話題も見つけ易そうだし」

「共通点かぁ。言われてみれば、そうかも。それにやっぱり、同じ言語で話せるっていうのは、気が楽だしね」

「でしょ?」

 由紀が相馬や瑠依と仲がいいのも、今彩香としているように、当たり前のように使える共通の言語で会話出来るからだ。彩香に聞かれるまで、由紀はそれに気が付かなかった。

「相馬くんと瑠依ちゃんの事も、明日紹介するから。2人共ノリは悪いけどいい人だし、仲良くなれると思うよ。多分」

「そっか。ありがとね、早速声掛けてくれて」

「いやいや、こういうのは最初が肝心だからね。これで彩香ちゃんの中で、わたしの株も上がったでしょ? あははっ」

「……ソウダネー。トッテモ」

 新しく出来た友人に、彩香はあえてぎこちなく作った笑顔を送った。


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