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相馬達のクラスの担当教師である京目紳範は、クラスの全生徒に成績表を配り終わると教室から出た。しかし直ぐにまた教室に戻り、生徒達に注目を促した。
その隣には、ラシタンコーク神学校の生徒と思しき、1人の見慣れない少女がいた。年齢は、相馬達と同じくらいだろうか。
女子の中では身長の高い方のようで、隣に立つ紳範と比べても、さほどの身長差はない。男子の中ではそれほど背の高い方ではない自分と、あまり変わらないくらいの背丈だろうと相馬は思った。
その身長や顔立ち、髪型や醸し出される雰囲気から、何処となく中性的な印象を与える少女だ。
蜜柑のような橙色をした髪が肩の辺りまで伸びているが、今は緊張した体と同様に強張っているように見える。
今あの毛先に触れたら、オレンジの針に皮膚を貫かれでもするのだろうか。緊張している所為で表情は固く、何処か猛禽のような、あるいは豹のような印象を与えている。平時はどのような顔になるのかは、これから接していく内に自ずと分かってくる事だろう。
しかし、社交的な由紀はともかく、相馬から積極的に話し掛ける事はまず無いと考えていい。
事実、相馬はこの転入生らしき少女に、さして注意を払っていなかった。
「はい、みなさん一旦静かに。……そこ! いつまでも私語を続けていると、ナイフ投げつけますよ!」
相馬と由紀は紳範の物騒な冗談に苦笑いを浮かべ、教卓の方に向き直った。
彼の場合、自分で付けた傷は自分で癒して責任と取るなどと言って、本当にナイフを投げつけかねない。だが、その場合でも皮膚の表面を軽く裂く程度の、問題にもならないような力加減でナイフを作るだろう。
この学校には、破天荒な人物は生徒にも教師にも多い。とはいえ、流石にその程度の常識も無いような教師はいない。
「えー。今日はみなさんに、転入生を紹介します」
そう言って、紳範は少女に自己紹介を促した。
少女は教卓のすぐ近くに起立し、これからクラスメイトとなる40人のアジア人種の面々を見渡した。
見るからに緊張している。人の注目を浴びるのが苦手なのかもしれない。全く興味が無いという訳でもない、といった態度で、相馬は転入生を観察した。
「今年度から神学科に転入しました、汐町<(しおまち)彩香です。これからみなさんと一緒に勉強していくので、えっと……よろしくおねがいします!」
短い挨拶を締め括り、彩香は頭を下げた。
他には、特に喋る事は無いようだ。あるいは、何を話すつもりだったのかを忘れたか。
「あのコ、去年は涜神科にいたのかな……?」
転入生の経歴について思案した由紀が、誰に言う訳でもなく素朴な感想を漏らした。
「他にどこがあるよ? まさか、普通の学校から転校した訳じゃああるまいし」
「別の地域の神学科から転校して来たのかもしれない。親の仕事の都合とかで」
「随分とグローバルなお仕事だな」
ラシタンコーク神学校は、全世界に12の校舎が存在する。よって、他の地域から転校して来たのであれば、地理的に近くは無い外国のどこかから来たという事になる。
しかし、汐町彩香と名乗った生徒は日本人らしい名前を持ち、東洋人らしい風貌をしている。去年は東アジア校以外のラシタンコーク神学校の校舎に通っていたというのは考え辛い。
だとすれば、涜神科から神学科への転入と考えるのが妥当だろう。逆はあまり例がないが、涜神科から神学科への転入は、そう珍しい話ではない。1学年に約240人が所属している1つの校舎において、年に2,3人は転入するというのが通説だ。その中の1人が、たまたまこのクラスに配属された汐町彩香なのだろう。
「まぁ、ここでスピーチしてもよく分からないだろうし? 後は追々、各自でコミュニケーションを取っていってくれ。ちなみに、言わなくとも分かるだろうが、汐町さんは日本人だ」
情報量が圧倒的に少ない彩香の自己紹介が終わり、紳範はクラスを見渡して投げやりに告げた。
「じゃあ、今日はこれで解散。明日からは真面目に講義を受けるように」
それだけを言い終えると、紳範は早々に教室を後にした。
「……京目先生、相変わらずいい加減だな」
「人事を握っている人あたりに、給料ドロボウですってチクっとく?」
そうは言っても、講義や個別質問の際は、生徒に対して真摯ではあるのもまた事実だ。魔術に関係しない部分でも真面目に仕事をしていれば、生徒からこのようなマイナス評価を付けられる事もないだろう。
直属の生徒である相馬も由紀も、常々そのように思っていた。