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ファミリア・クロニクル  作者: 腐滅
the 2nd step 「自由と覚悟」
20/146

2-8

 相馬は静かに振り返ると、複雑な感情がない交ぜになったような目で由紀に向き合った。その表情は些かながら、処理し難い悩みを抱え込んでいるようにも見える。

「昨日も、あの後色々あったし……今日も、相馬くんの力の事で、なあなあになっちゃったから……」

 珍しく落ち着いた様子で、由紀は滔々と胸の内を語った。

「ちゃんと、お礼を言っておかなきゃ、って思って。それに、わたし無神経で、色々と言い過ぎちゃったな、って」

「いいよ。今更」

 何処か諦めたような表情で、相馬は淡々と言葉を紡いだ。

「あの蜘蛛を倒さなきゃ、お前に限らず、俺だって死んでただろうし……特別、礼を言われるものじゃないさ。普段から借りもあったしな。悪ふざけが過ぎたっていうのも、別に、そんなに気にする程の事でもねぇよ。俺の自業自得だ」

 そう語る相馬の表情には、事実を割り切った者特有の清々しさなどは一切なかった。あるのは、苦悩と諦観の入り混じった混濁だった。

「いやいや、それじゃ理屈としてなってないよ」

 それを見て取り、由紀はきっぱりと言った。相馬の反応を待たず、思うが侭を口にする。

「蜘蛛以前に、わたしを黒い影から助けてくれたでしょ? もう少しでわたし、リンチされる――どころか、ミンチにされるところだったんだから」

「…………」

「それで、その……ありがと」

「……え……ああ、うん。どうも」

 きまりの悪そうな表情で、相馬はそっけなく応じた。

 普段の由紀らしくない殊勝な態度に、相馬は対応に窮してしまう。尤も、普段取らない態度というだけでの、これもまた由紀の一面であるのだろう。それでも相馬にとって、慣れていない事には変わりない。


「蜘蛛の件はまた後で、として……悪ふざけの事も、その……ごめんなさい」

「あ、ああ、はいはい。気を付けろよ」

 どう言葉を返したらいいか分からず、相馬の応答はぎこちないものとなってしまった。

 なんとなく嫌な予感がして由紀の方をちらりと見てみれば、何処か可笑しそうに笑いを噛み殺しているようにも見える表情だった。謝礼の言葉は本心からのものだろうが、本当に真面目に礼を言う気があったのかと相馬は少しばかり疑いたくなった。だが、この切り替えの早さも彼女の彼女たる所以だ。今更とやかく言うようなものでもない。

「うん、ごめんね。それで、蜘蛛の話に戻るけど……」

「雲を掴む――事が出来なかった、という話か?」

「違うよぉ。話の腰を折らないで」

「それをお前が言うか」

 それほど重くもない心持ちで、相馬は呆れたように溜息を吐いた。いつの間にか、相馬の中で渦を巻いていた怒りは霧散していた。

「やっぱり、クラスメイトから他所他所しくされたり……してる、よね?」

「蜘蛛とか関係無いな。――まぁ、なんて言うか……あいつらが他所他所しいのは、今に始まった事じゃないだろ。俺だってそうだし」

「そうだね。相馬くんも、転入して来た彩香ちゃんをガン無視して帰っちゃったもんね」

 その事には、相馬は何一つ反論出来なかった。日頃の協調性や感心の無さを言えば、相馬も他のクラスメイトも大差ない。活発なのは由紀くらいだ。

「そういうのと違って、なんか、こう、変に特別視されてない? ゴシップに集るハイエナかカラスみたいに……」

「大体合ってるな。ウザイ事この上ないよ、あいつら」

「……そっか」

 相馬の返答に、由紀は力無く呟いた。

「相馬くんがレオの剣を隠していたのって、やっぱり、こういう事を見越していたからなんだね」

「レオの剣?」

「相馬くんが持ってる剣。レオ・ハイキョウサっていう。100年くらい前の魔術師の物じゃないかって、瑠依ちゃんが」

「ああ。さっき読んでたのはそういう本か」

 相馬自身、自分が拾った剣が元々誰の物であったかを知らなかった。


 レオ・ハイキョウサであれば、歴史の教科書にも乗っているような高名な魔術師なので、相馬も名前程度は知っていた。だが、自分の拾った剣の正体と、以前歴史の教科書で見た名前とを結び付けて考えた事はなかった。

 奇怪な剣の意外な素性に、他ならぬ相馬が舌を巻いた。なるほど、道理で超常的な魔力を秘めている訳である。彼の英雄であれば、比肩し得る魔術師など早々いはしない。

「相馬くん、自分の得物について何も知らなかったんだ。調べてみてなかったの?」

 由紀の素朴な疑問に対して、相馬は相応しい言い訳が思い付かなかった。その結果、ありのままの事実を話す事になる。

「いや、まぁ。見覚えのある剣でもなかったし、その……これといって、特に調べはしなかったな。調べて分かるモンだとも思わなかったし」

「やれやれ、相馬くんはいい加減だなぁ。そもそも、それ、一応歴史の教科書に載ってたよ?」

「え、嘘? 見た事ねぇぞ、そんなの。写真も絵も」

 相馬は、基本操作以上の魔術には劣っているが、内容が一般的か魔術師向けかに関わらず、座学の成績は悪くはない。魔術史の講義の成績も平均よりは良い方であり、テストの前には教科書をしっかりと読み直していた。

 しかし相馬には、自分が手にした剣に見覚えがない。教科書に絵や写真が載っていれば、何かしら思い当たるところがあって然るべきだ。

「うん、嘘。でも知っておくべき」

 自分も知らなかったという事を棚に上げて、由紀はからかうように言った。それを溜め息ひとつでやり過ごし、相馬は面倒そうな目で由紀を見る。

 余談であるが、相馬が手にした剣を特定すべく瑠依が読んでいた魔術史の本も、教科書よりもずっと詳しく記述されている物だった。

「なんだ。嘘かよ」

「うん。でも、相馬くんは知っておくべきだと思う。自分が手に入れた力なんだし」

 何気なく発せられた由紀の言葉の、その1単語が、相馬の心に重く圧し掛かる。

「……力、か」

 その意味を噛み締めるように、相馬は誰に伝えるでもなく呟いた。


 確かにあの日、相馬は力を手に入れた。ある偶然の出来事が、相馬のアイデンティティを大きく変える事となった。やはりこれは、喜ぶべき事なのだろうか。

「確かに俺は、あるとき急に強くなっちゃったけどさ。そんな風に、急に変わったら……やっぱり、みんな離れていくよな。ていうか、実際離れていっちまったよ。どうせ、もともとそんなに仲良くはなかったけどさ」

 相馬が押し殺してきた本心が、ようやく彼自身の口から語られる。それは相馬にとっても、由紀にとっても、相馬の今後を考える上では避けられないものだ。その事を受け止め、由紀はあくまでも平坦な口調で答えた。

「そりゃあ、急に人が変わったら、当然、人間関係とかも変わってくるよ。急にじゃなくても、結局変わるよ。当たり前じゃん」

 由紀の返答を、相馬は黙って聞いていた。

「弱くなって変わるのは、あんまり良い事ないかもしれないけど……相馬くんは、強くなったでしょ? 正確には、実は強いんだって事が分かった訳でしょ? なら、それで変わる人間関係とかを、怖がる事はないんじゃないかな」

「いや、それはどうかな」

 由紀の考えを暗に否定するように、相馬は静かに答えた。

「確か、中学生の頃だったな。俺には、他人より魔術の才能があるって事が分かった時の事だ。運悪く、俺の周りには、他に魔術に秀でた奴はいなかった。一人だけなんだから、当然浮いちまったよ。

 ……なんで、ああなったんだろうな。気が付いたときには、友達からは他所他所しく接されるようになって、学校で孤立してたよ」

 集団において異端とされる者は、その集団から疎外される。それは当たり前の事だ。その当たり前の事実を体験してから、相馬は他人と違うという事が怖くなった。

 他の誰よりも強く、昨日の自分よりも強く――そういった純粋な向上心は、いつの間にか何処かに置き忘れてしまっていた。


 相馬がラシタンコーク神学校に入学したのは、魔術師になるという明確な目標故ではない。魔術師の集団の中では、一般の社会とは逆に、魔術を使えるという事が普通になる。そこに行けば、魔力を有する自分が、少数派として排斥される事はなくなる。

 自分の力を隠す事なく、集団の中で孤立せずに済むように――要は、環境を変えたかっただけなのだ。

「大分はしょった説明だったけど、まぁ大体分かったよ。わたしは全然そんな事なかったから分からないけど、それでも言わせてもらうと――」

 彼女にしては珍しく、あくまでも真剣そうな面持ちで、由紀は告げる。

「――ぶっちゃけ、隠す必要はないと思うよ。って、もうバレてるか」

 そう語る由紀の表情は、確かに真剣なものだ。しかし相馬には、由紀の本心が表情と一致しているのか、異なっているのかが分からなかった。

「変わっちゃったものは戻らないし、これから自分に都合が良いように変えていけばいいと思うよ。『それだけの力が、キミにはあるじゃないか?』ってね」

 何かのアニメの台詞の引用だろうか、由紀は悪戯めいた顔で相馬に語り掛ける。

「……はぁ?」

(何を言ってるんだ、この馬鹿は?)

 相馬は、結果的にとはいえ、由紀に相談してしまった事を後悔した。

「その力のおかげで、友達が少なくなった訳だが?」

「……不思議だよね、力って。相馬くんが悩んでるのも、そこでしょ?」

 言葉の意味が分からず、相馬は怪訝な顔をし、無言で聞き返した。

 由紀はいつもこうだ。突然、突拍子の無い事を言い出すから、ついて行くのが大変なのだ。

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