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ファミリア・クロニクル  作者: 腐滅
the 13th step 「終わりと始まり」
145/146

13-2

 爆炎に呑まれ、消えゆく白い手。園蒙間(そののもうま)相馬(そうま)はその光景をまざまざと見せ付けられた。

 だが、それを紛れもない現実として受け入れる事が出来なかった。ただただ、両の目は見開いたまま、その心は固く目を閉ざしていた。

 こんな事があるはずは無い、と――

 彼女を殺したのは、決して自分ではない、と――

 今の相馬に出来る事は、自分の理性が壊れてしまわないように、懸命に自分を誤魔化して正当化する事だけだった。逃避以外に、彼が彼のままでいられる術はなかった。


 所詮、英雄の剣を手にしたところで、彼は矮小な少年でしかなかったのだ。目の前に立ち塞がる敵を容易く粉砕する事は出来ても、自らの内に巣食う悪魔にまでは勝てなかった。

 自分の弱さ。自分の脆さ。自分の愚かさ。それらに向き合える程、彼の心は強くなかった。自分の弱さを受け入れられる程には、彼は自分を信じられていなかった。

 それでいて、自分の強さを(いぶか)れず、自分の正しさを疑えず、湧き上がる不安を押し殺し、胸の内に広がる懐疑から目を逸らす事しかしていなかった。

 何処かへ探しに行くものでもない。新しく見つけ出すものでもない。ただ、内側にあるものを、自らと外のものとの関係を、自分の頭で理解するだけだ。それを、彼は十分に出来なかった。彼は、自分というものを分かってはいなかった。


 力を得た者がどうなるか、力を得た者はどのような義務を課せられるか――そんな事は、少し考えればわかるはずだった。問題は、その答えを受け入れるだけの強さを、自分が持ち合わせているか否かだ。

 力を得た事で、図らずも他者との関係は一変した。だが、彼の内側は変わなかった。負の側面が露呈する度に、彼はそこから目を逸らし続けて来たのだ。

 そして、無知と怠惰という罪への罰は、最も理不尽な形で下される。


由紀(ゆき)……ッ、由紀ィ!」

 必死の形相で、咬丹(かむに)瑠依(るえ)が倒れた媛河(ひめのかわ)由紀の傍に駆け寄る。その慟哭の声も、その悲痛な姿も、ガラス越しに伝わって来るように遠い。耳朶を打つ爆音も、現のものではないかのように感じる。

 まるで、夢を見ているような感覚だ。その直感が真であって欲しいと、相馬は心から願った。これが現実であるはずがない。目が覚めれば消えてなくなる、ただの悪夢であって欲しい。

 それは何処までも虚しく、愚かな願いだった。全ての責任がある訳ではないにせよ、こうなった責任の一端は自分にあるというのに。


 特大の魔弾に体をばらばらに引き裂かれた由紀の体を、瑠依は泣きじゃくりながら、縋り付くように抱き締める。彼女にとって、親しい友人を目の前で喪うのは2度目だ。そのどちらにも、相馬は少なからず責任を負っている。

 相馬は、数少ない友人を立て続けに喪った。それも、半ば自分の所為で。その事実が、逃れようの無い程に鋭く突き刺さる。剣を握る右手から力が抜け、震える膝が崩れ落ちた。

(なんで、こんな事に……おかしいじゃないか、こんなの……)

 自分は何も、間違った事はしていない。真っ直ぐに前だけを見て、この世に蔓延る邪悪なものと対峙する道を、ひたすら突き進んだ。あの日から、何も間違った事はして来なかったはずだ。

 悪人がいた。彼らが平穏を壊した、街を壊し、人を傷付けた。だからそれを倒した。何処もおかしくはないはずではないか。それなのに、その結末は余りにも理不尽なものだ。

 一体、何処がおかしかったのか――


 血の色を透かしたように、空が赤く染まっていく。もうじき日が暮れる。昼と夜の狭間で、相馬の目に映る全てのものが燃えていた。

 熱は、あらゆるものを変化させる。温度の高いもの程、そのもたらす変化は大きい。相馬の手に入れた灼熱の炎は、終ぞ恵みの太陽にはならなかった。結局、相馬自身が地獄の業火にしてしまった。

 夕焼けに重なる死の炎。この光景は、相馬が種を撒いたも同然だ。美しくさえ映る赤の情景の中で、幾つもの命が散っていく。夏の蛍のような儚い光が、冬の粉雪のように舞う。

(俺は……この力で、戦いを終わらせたかっただけなのに……。ワケの分からない理想を振り撒いて人殺しをする連中を倒して、もとの日常に戻りたかっただけなのに……!)

 嗚咽を漏らすように、相馬は声にならない声で1人呟く。

 がっくりと項垂れた姿勢でいると、手元に投げ出された諸刃の剣が視界の中央に映った。

 華美に走らない簡素な装飾ながら、その白銀の輝きを誇示するでもなく燦々(さんさん)と放つ、孤高の剣。そこには、かつての使い手であった1人の魔術師の膨大な魔力が宿っている。


 レオ・ハイキョウサ。(およ)そ100年前、長らく続いた魔術師界の戦争を終わらせた英雄達の1人。華麗なまでの剣捌きと高密度の魔力で敵対する魔術師達を圧倒した、歴史にその名を刻む魔術師界最強の剣士。

 後にも先にも、彼程の実力者は他にいないだろう。魔術師連合の各国代表ですら、恐らく全盛期の彼には及ばない。その力を宿した剣は、手にした者に勝利を約束する程の力を秘めていた。だからこそ、この剣は誰でも扱えるような代物ではなかった。余程魔力の相性の良い者か、相当の実力者か、使いこなせるのはそのどちらかに限られた。

 しかし『骸縛霊装(シャーマン・クロス)』の開発された現在では、魔術師であればほとんど誰でも扱える。それこそ相馬がこの剣を手に入れた当時は、これを扱えるのは相馬くらいのものだった。一流の魔術師ですら、強大過ぎる魔力の奔流を制御し切れず、あたかも剣から使い手になる事を拒まれるような形で弾き飛ばされていた。

 相馬の前の所有者もそうだった。触れた魔力の性質を完璧に複写する能力を持つ相馬だからこそ、自在に扱う事が出来たのだ。


 この剣を狙う者は後を絶たなかった。その背後には『骸縛霊装(シャーマン・クロス)』の完成を控えていた革命集団がいたのだから、そうなるのも当然である。まさに一騎当千の戦力を生む兵器だ。喉から手が出る程に欲しがるのは道理だ。

 そして今は、その欲を抱く者は無数に膨れ上がった。誰にも扱えないも同然だった頃なら、これは魔術師の武器というよりも、むしろ骨董品として扱われていただろう。それでも十分な値打ちはしただろうが、実戦的な兵器となれば、話はまるで違って来る。


 魔術師同士の戦いにおいて、『骸縛霊装(シャーマン・クロス)』とレオ・ハイキョウサの剣を持っている者が負ける道理は無い。万に一つの大番狂わせがあるとすれば、その鍵となるのは、『骸縛霊装(シャーマン・クロス)』とレオ・ハイキョウサの遺灰を持っている者だろう。何も持ち合わせていない者は、最早蚊帳の外であるすらと言っていい。

 これから先の時代、『骸縛霊装(シャーマン・クロス)』と聖遺物を持たない魔術師は、魔術戦において戦力としてカウントされる事はない。その予見の根拠は、既にこれまでの戦いが証明している。

 何より、相馬自身がその生きた証拠だ。

 逆説的ではあるが、彼は生きた『骸縛霊装(シャーマン・クロス)』であるも同然なのだ。彼の持つ特異な能力、それと同じ慈良(じら)尚睦(なおちか)のコピー能力を基盤にして、『骸縛霊装(シャーマン・クロス)』は開発されたのだから。


 今や誰もが、『骸縛霊装(シャーマン・クロス)』を装備する事で、模倣の能力を手に入れられる。それは即ち、レオの剣がただの骨董品ではなくなった事を意味する。

 扱える者が爆発的に増えてしまった結果、かえってこの剣の特別性が増した。今まで以上に、この剣を持つ者は運命を背負い込む事となった。自分でも使えるのならと、誰もが欲するようになるからだ。今まで以上に、この剣を巡って戦いが起きるからだ。

 そして、その過酷な運命の渦の中心に今、相馬はいる。奪取対象の現所有者として、より強い力を手に入れる為の打ち倒すべき壁として、相馬は在る。それは、既に逃れようのない厳然とした事実だった。


 自分を囲う殺気に気付き、相馬は顔を上げてよろよろと立ち上がる。新たに3人の魔術師が、それぞれ『骸縛霊装(シャーマン・クロス)』を起動させた状態で相馬と対峙していた。生気の抜けた目に、憎悪の炎が灯る。

 ――この世に蔓延る諸々の悪は、全てこの手で断ち切らなければならない。その為にこそ、この力はあるのだから。

 相馬は今、再び倒すべき“敵”を見出した。邪悪の権化たる外道を視界の内に捉えた。もう、考える事も為すべき事もひとつしかなかった。

「お前等みたいな連中がいるから……いつまで経っても……」

 呪詛の如き禍言(まがごと)を紡ぎ、相馬は蒼然と輝く伝説の剣士の魔力を爆散させた。辺り一面が吹き荒ぶ突風に巻かれ、戦慄の熱気が肌を()く。相馬の心は、彼の手にする剣のように鋭く研ぎ澄まされていた。

 今此処に居る敵を全て倒さない限り、惨禍をもたらした悪鬼共を1人残らず斬り捨てない限り、犠牲になった者達は浮かばる事は無いだろう。媛河由紀の顔が、汐町(しおまち)彩香(あやか)の顔が、毛利(もうり)霧壱(きりひと)の顔が、相馬の脳裏に浮かんでは消えていく。

 あの笑顔は、もう戻っては来ない。


 今の自分に出来る事は、彼らの仇を討ち、全ての敵を葬り去る事だけだ。――相馬の心は、その一点に研ぎ澄まされていた。

「お前等の所為でぇェェッ!!」

 血を吐く程に痛ましい怨嗟の叫びを上げ、相馬はレオの剣を手に飛び掛かる。

 最早、一切の迷いも無い最強の魔術師を止める術など、誰にも在るはずが無かった。

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