12-11
「この悪魔め……! そんなに力を誇示したいのかァ!」
敵の1人が怒りを露にして叫ぶ。幸か不幸か日本語による叫びだった為、相馬は相手の言葉を理解した。どうやら、この男は日本人であるようだ。
敵の発言の意味を汲み取り、相馬もまた相手に負けず劣らない怒りを露にする。彼の物言いは、滑稽なまでに筋違いで身勝手だ。そう思った相馬は、自分の内側からより一層激しい感情が湧き上がるのを感じた。
「ふざけんな! この力に拘っているのは、アンタ達の方だろうが!」
血を吐く想いで、相馬は叫ぶ。一度は消したはずの戦火を再び灯した悪魔を、彼が許せるはずがなかった。
今までの努力は、彼らによって水泡に帰されたも同然だ。彩香や霧壱を殺したのは、彼らであるも同然だ。復讐鬼の形相で、英雄の剣を手にした少年は声の限り叫ぶ。
「こんな所まで来て、こんな事をして……アンタ達みたいな奴等なんかに、安心してこの剣を渡せる訳なんて無いに決まってるだろうがァ!」
相馬の脳裏に、安瀬雲稲門の顔が過る。こんな組織にレオの剣を渡せなどと、馬鹿にするのも程があるというものだ。力を悪用されたり、手にした者に道を踏み外されたりしては堪ったものではない。そして、そうなる事は目に見えている。
ありったけの激情を乗せ、相馬は上段から男を斬り下ろした。反駁の声ごと、立ち塞がる敵を討ち倒す。文字通り、まさに有無を言わせぬ圧倒的な破壊力、完璧で絶対的なまでの黙殺だった。
斬られた仲間の最期を悟ってか、味方を巻き込むのも気に留めず相馬を狙って爆撃が行われる。攻撃の前後は攻撃を当てる絶好の機会だ。
相手の死を確認するより先に、相馬は身を翻して爆炎を掻い潜った。だが、思うように敵との間合いを詰められず、どんどん彼我の距離が開いていく。
こうなると相馬の攻撃手段は、相手の攻撃に依存した“逆流の渦”と、遠距離攻撃に適性を持つ者の魔力を用いた“重複製”によるコピー技、その何れかに限られて来る。剣の届かない間合いというのは、持ち前の得物を最大限に活かせない為、本来であれば好ましくはない。
閃光が爆ぜ、轟音が鳴り響く。絨毯爆撃のような極めて広範囲に及ぶ攻撃では、遠隔攻撃といえど“逆流の渦”による軌道操作には向いていない。無理な反撃を試みたところで、別の敵に背後から攻撃されるだけだ。欲を出さず、相馬はひたすら回避に専念した。
先程から戦っている敵の他にも、複数の魔力が相馬に近付いて来る。やはり敵はまだ健在だ。圧倒的な戦力差を見せ付けてみても、一向に諦める気配が無い。相変わらず相馬の優勢ではあるが、まだ敵を倒し足りないのだろうか。
自身の下に向かって来る魔力の中には、敵意の無いものも2つ程あった。しかし、相馬はそれに気付いていない。敵を殲滅する事のみが頭にあり、味方を気に掛ける余裕が無い。
勝利の女神が味方したか、相馬の目に最高の切り札が飛び込んだ。魔術戦用に魔術的措置を施された、巨大な大砲だ。それを構えた魔術師が、走る相馬に標準を定めている。
(よし、アレなら丁度いい……!)
離れた場所から狙い撃つには絶好の武器だ。そして、その使い手までその場にいる。相馬にとっては、まさに鴨が葱を背負って歩いて来たようなものである。彼を倒して大砲を奪い取れば、後は“重複製”を発動させて戦法を切り替えるだけだ。
引き金が引かれ、魔力で編み込まれた砲弾が一直線に飛翔する。相馬はそれを紙一重で躱し、一気に敵の懐まで切り込んで剣で一閃した。斬ると同時に空いた左手を伸ばし、斃れていく相手の腕を掴んで“重複製”で魔力特性を複写する。本来の使い手も同然の最高の適性を備え、大砲を構えた。
「いつまでも調子に乗ってるんじゃねぇぜ! ここからはこっちの番だァ!」
初歩的な武器生成の要領で魔力を編み込み、急ごしらえの鞘を作って剣を腰に差す。自由になった両手を使い、相馬は大砲を担いで引き金を引いた。膨大な魔力が圧縮されて出来た砲弾は、敵の爆撃とは比べものにならない威力で敵兵力を殲滅する。
圧倒的な破壊。一方的な蹂躙。知らぬ間にその感触に酔いしれていた相馬は、自分が戦いながら何処をどう移動しているのか、まるで自覚がなかった。
故に、既に声を交わせる程に近付いた、自分達と比べてあまりにも小さな2つの魔力に、声を掛けられるまで気付けなかった。
「ちょ……ちょっと、相馬くん! いくら何でもやり過ぎだよ! 少し抑えて!」
(――なっ……媛河!? なんでこんな所に……って、当然か、チクショウ!)
不意に背後から聞こえた馴染みのある声に、引き金を引く相馬の指が一瞬止まる。近寄って来る気配の中に敵以外にものが混じっていた事に気付かなかった相馬は、ただただ驚くばかりだった。
だが、今は躊躇っている場合ではない。一刻も早く、敵を殲滅しなければならないのだから。相馬は迷わず砲撃を続ける。
遠目に見れば愉快になる程の、圧倒的な破壊。ミサイルの洗礼の如く、幾発もの砲弾を浴びせ続ける。地面を穿つどころか、根こそぎ抉り返す程の爆発。数メートルもの火柱が立ち上り、自然落下の法則に従って火の粉と岩石の雨が降り注いだ。
先程の敵の魔術攻撃など、牽制程度のものでしかない。本物の絨毯爆撃というのは、こういうものを言うのだ。
遠距離での砲撃戦は、大砲を担いだ若き剣士の一方的な勝利に終わった。
「はは……ははははっ……どうだ外道共め……これでもう大人しくしていやがれ……!」
引き攣った笑みを浮かべ、相馬は勝利の味を噛み締めた。それは甘美な美酒の味などではなく、発酵したような酸味と不愉快な苦味だけが広がる、何とも言えない下劣な味だった。
今まで感じて来た、輝かしい感慨とはまるで異なる。
「チッ……懲りねぇなあ、畜生……!」
乾いた笑いと共に、ドスの利いた声で吐き捨てる。振り向き様に大砲を構え直し、目前まで迫った標的を目掛けて引き金を引いた。砲口の正面まで接近していた魔術師は、急な砲身の旋回に対応し切れず、至近距離からの砲撃を受けて散った。
休む事も無く、続けて相馬は後続の戦列を狙い撃つ。敵の中には、『骸縛霊装』を装備した射撃手がいるようだ。銃身の大きさからは想像も付かない大威力の魔弾を、立て続けに放って来る。だが、その程度の銃撃を躱せない相馬ではない。
互いに桁外れな破壊力を誇る魔弾を撃ち合い、指の感覚が無くなる程に連続で引き金を引いた。敵の魔弾を躱す度、大きな爆音と共に地面が抉られる。
大砲を担いでいるとは思えない程の機動力で敵の銃弾を掻い潜り、相馬は渾身の一撃を放った。標的へと吸い込まれるように死の球体が着弾し、爆炎が断末魔すらも呑み込む。
そして――それとほぼ同時に、相馬の背後からもそれと似た音がした。
背筋の凍る想いで、相馬は振り返る。心の何処かで見てはいけないと思いながらも、体はゼンマイ仕掛けの人形のようにぎこちない動作で振り返ろうと駆動する。力の抜けた腕から大砲が離れ、重い音を立てて地面に落ちた。
凍て付く相馬の視界の中央――爆炎の中で千切れた四肢を躍らせる少女の顔に、相馬は見覚えがあった。それは、つい先ほど相馬が見た顔と瓜二つ――否。まさに、相馬のよく知るあの少女の顔だった。
(そんな……)
相馬の中で、何かが壊れた。
To Be Continued.