12-10
「はぁ……はぁ……。まさかこれ、みんな相馬くんを狙って来た人達の……?」
見慣れた学び舎を藁くずも同然に吹き飛ばす魔術の攻撃に、由紀は驚嘆の言葉を漏らすだけで精一杯だった。近くの地面を穿つだけで、臓腑を震わせる程の衝撃が襲い掛かる。熟練の魔術師でさえ息を飲む程の、圧倒的な暴力。由紀と瑠依は抵抗を諦め、ただひたすらに逃げ回っていた。
強大な力を前にして、恐怖に身が竦んでしまったのかもしれない。しかし結果として、その反応は彼女達の命を生き長らえさせた。
暴風雨の如く苛烈な魔力の奔流。よもや一介の見習い魔術師風情が太刀打ち出来るようなものではない。
先日の大規模な戦闘で由紀達が『骸縛霊装』を装備した魔術師と戦い、勝って生き残れたのは、ひとえに相手が満身創痍だったからだ。加えて、由紀達は3人掛かりだったのに対し、相手は1人のみ。数の差を活かす事も出来た。
だが、今回は話が違う。相手は単騎でなければ、重傷の身でもない。
由紀達生徒を守るべく、ラシタンコークの教員や職員が応戦してはいるが、如何せん戦力に大きな開きがある。連合の魔術師達が到着するまで、東アジア校の戦力が持つという保証もない。
この戦いは既に、魔術師と魔術師との戦いではなくなっていた。力を凌ぎ、技を競う、そんな誉れのある決闘とは無縁だ。相手より強い武器を持っているか否か、それが勝負を分ける最大の要因となっている。
これは魔力を持たない人間同士の戦争と同じ、あるいはその先駆けだ。既に過去のものとなった戦い方をする魔術師と、『骸縛霊装』というこれからの時代を担う兵器との、時の流れを示す戦いだった。
故に、たとえ人数で勝っているとはいえ、『骸縛霊装』を持たない東アジア校には、始めから勝ち目など無い。
とはいえ、襲撃者も学校の消滅が目的ではない。目当ての品が手に入りさえすれば、それ以上の戦闘を続けるつもりは毛頭なかった。
だが、その目当ての品が、それを持つ魔術師が最大の問題だった。
彼らの求める聖遺物、前世紀の英雄レオ・ハイキョウサの剣は、『骸縛霊装』に利用するにおいて、この地上で最強の武器となり得る。強力な武装を固めた兵団も、その最強の力には一歩及ばない。
だからこそ、戦いは終わらない。恐らくは襲撃者の最後の1人が、最強の力を持つ標的に返り討ちに合うまでは。
そして標的の生徒――園蒙間相馬は、全ての襲撃者を倒し得る。レオ・ハイキョウサの剣と遺灰を持ち、その力の扱いにも慣れた今の彼であれば、『骸縛霊装』の軍勢すら恐れるには及ばない。
とはいえ、無論――その激し過ぎる戦いに、彼以外の者達が耐えられるはずもなかった。
瓦礫に背中をもたれ、由紀と瑠依は肩を上下させて荒い呼吸を繰り返した。
乱れた呼吸を整える。喉と鼻を通り抜ける息は、何処か血の匂いがしていた。
「この人達、みんな……相馬くんを探しているんだよね。それで、出て来た先生達との戦いになって……」
「……ええ。先生達にも、職務だけでなくプライドもあるでしょう。だからこそ、一歩も退かない。連合のはぐれ者達も、生徒や職員を手に掛けた以上、もう後には引けなくなった。
……この分だと、相馬から剣を奪い取るまで、この戦いは終わらないわ」
瑠依の悲観的な展望に、由紀は泣きそうになった顔を俯けた。
「何なの、これ……。もう、ほとんど戦争じゃん。そこまでして、あの剣が欲しいの?」
「……ここまでしても、まだ奪えない。それこそ、レオの剣の力を証明している。
多分、だからこそ欲しいのよ。これだけの力を持っている魔術師が、何者なのか分からないから。いつ、この力が自分達に向けられるか、分からないから」
瑠依の言っている事は概ね正しい。確かに、これだけの力を持った生徒がどこかの校舎にいると知ったら、その生徒の将来に期待よりも恐れを抱くだろう。
その上、その力は他人の手に譲渡する事が可能なのだ。悪しき者の手に渡った時を考えれば、自分の手元に置いておかなければ不安で仕方がないと、誰もが思うはずだ。
「……そんな事は分かってるよ。でも……」
誰もがそう思う。だからこそ、誰が持っていようが同じなのだ。たとえ連合のはぐれ者達がレオの剣の奪取に成功したとしても、今度は次なる持ち主が、今の相馬のように狙われるだけだ。
そして再び、今ここで起きている惨劇と同じものが、別の場所で再演される。
突然、由紀は何かに気付いたように顔を上げ、ある方向へ振り返った。
瑠依も続いて同じ方向を向く。そこからは、一際強烈な魔力が、多くの強大な魔力とぶつかり合っている気配が感じ取れた。
最早疑いようはなかった。そこで、レオの力をその身に纏った相馬が、今まさに襲撃者達と戦っているのだ。
相馬と親しい間柄であるとはいえ、由紀達ですら感知出来たのだ。当然、元連合の魔術師ともなれば、既にその魔力の奔流を察知していた。戦いの渦の中心に、更なる魔力が吸い寄せられていくのが分かる。
混沌とした魔力の渦を見据え、やがて由紀は意を決したように口を開いた。
「……わたし、いかなきゃ」
己の浅慮の結果として、相馬は戦いを強いられている。彼が負ける事はないだろう。彼は恐らく、全ての敵を倒す。
だが、きっとそれでは駄目なのだ。
「……正気、由紀? 今更どうにか出来るはずもないでしょう? もう、私達に出来る事なんてない。とにかくここから逃げないと」
「でも……」
瑠依の指摘は尤もだが、由紀は逃げてはいけないと思えてならなかった。
本心では逃げ出したい気持ちで一杯だ。だが、この事態を招いた責任の一端は自分にもある。ならば、何か為すべき事が――為し得る事があるはずだ。
そう思い、由紀は相馬に告げるべき言葉を模索する。彼が自分を見つめ直し、今の自分がすべき事について考え直せるように。
だが――それを叶える為の時間は、既に残されていなかった。
「――まずい! 逃げるわよ、由紀!」
「え……で、でも……ッ!」
台風が突き進むように、戦域が少しずつ移動していた。それも、由紀達のいるところへ近付いて来る。
このままでは戦いに巻き込まれる。しかし、恐怖が足を竦ませているのか、責任感が足を止めているのか、由紀はその場所から一歩も動けなかった。