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ファミリア・クロニクル  作者: 腐滅
the 12th step 「紅蓮の空」
140/146

12-8

 最悪の報せだった。考えられる限りで最悪とも言える可能性が、現実のものとなってしまった。これで、今までの努力は全て水泡に帰したも同然だ。

 革命を志した犯罪組織を撲滅しただけでは、まるで意味は無かったという事か。部下の報告を受けた安瀬雲(あぜくも)稲門(いなもん)は頭を抱えた。


 再三の呼び掛けも虚しく、園蒙間相馬はレオ・ハイキョウサの遺品である一振りの剣を手放す事をよしとはしなかった。だが、ある意味ではそれも当然だろう。リオギノの部下や協力者がスパイとして入り込んでいた組織を信用しろというのも酷だ。

 それ以前に、こちら側からしても誠意の足りない部分もあった。現在の自分達が信頼されない立場にある事が、重々承知して然るべきだ。魔術師界においては半ば政府に近い組織であるからといって、高圧的に要求していい理由は無い。

 それを弁えていたからこそ、稲門は相手の意志を尊重するようにした。たとえ同僚や部下から「やり方が生温い」と詰られたとしても、手段の是非を問わない外道にはなるまいと心に決めていた。


 そして、結果として最悪の事態が発生した。魔術師連合は、相手の意志を尊重して物事を穏便に進めようと考える者だけの組織ではない。そもそも、魔術師自体が魔力を持たない人間と比べて一般に傲慢であるとされている。融和的な姿勢が組織内で批判され易いのは至極当然とも言えるだろう。

 とりわけ連合のメンバーは、涜神科(とくしんか)の卒業生が多い。そして涜神科は神学科(しんがくか)と比べ、自分の優秀さを驕る者が多い。校風からして些かそういう部分が目立つ為、帰結的にそういった考え方の人間が多く輩出される。

 より大きな力を手に入れた者は、他人よりも相対的に上に立った者は、必然的に傲慢になってしまう。個人によって程度の差はあれ、それは不可避だ。かく言う稲門も、絶えず自省し必死に自制しなければ、自らの傲慢さに呑み込まれてしまうそうになる。

 稲門が辛うじて慢心せずにいられるのも、先代の魔術師連合日本代表が居たからだ。まさに暴君に等しかった彼の醜態を傍で見続けて来たからこそ、彼を絶対的な反面教師として自らを律する事が可能になった。彼が居なければ、今頃は稲門も彼のような傲慢な人間になっていたかもしれない。


 それにもかかわらず、何という皮肉な帰結だろう。自らを理性的に律する余り、相反する考えを持つ者達をかえって直情的にしてしまった。相馬に対してにせよ、部下や同僚に対してにせよ、少々乱暴に己を通した方がよかったとでも言うのだろうか。

 横暴なやり方を避けた結果だろうか、相馬は取引には応じなかった。そのやり方を「生温い」と詰られ、ごく一部ではあるものの部下が造反する結果に繋がった。

 今頃、東アジア校は再び戦場になってしまっているのだろう。未来へと知恵を託す場であるはずの学び舎でこうも血が流れ続けるとは、冗談にしてはが悪い。まるで、太古の昔から現代まで、そして遥か遠い未来まで、ヒトの争いが続いていく事を暗示しているかのようだ。


 自分こそが災厄を招いた張本人だと、稲門は自責の念に苛まれる。そんな懊悩に苛まれながらも、東アジア校へ向かうべく出発の準備に取り掛かった。

 結末がどんな形になるにせよ、一先ずこの戦いに区切りを付けなければならない。そして、最も困難であり重要な戦場は、その先にある。

 地下深くまで戦士の血を吸った大地に、犠牲となった者達の涙でぬかるんだ大地に、返り血で錆び付いた剣が無数に突き刺さる大地に――再び、花が咲くように。その道程は、剣を取っての死闘よりも尚険しいものとなる。

 ――雨降って地固まる。稲門の脳裏に、故郷のが浮かんだ。そう簡単には、地面は固まらないだろう。汚泥が沼のように広がり、そこに立とうとした者を奈落の底まで呑み込むのみだ。


 稲門は、悪夢の中にいるような気持ちだった。

 血で血を洗う狂気の応酬を止める術が分からない。稲門の知っている方法は、その流血の中心にいる者を殺す事だけだった。

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