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「で、その3人の魔術師が何者なのかも分からなくて、どうして自分のところにその剣が飛んできたのかも、結局よく分からないって?」
話を聞き終えると、媛河由紀は釈然としない面持ちで聞き返した。
「まぁ、そういう事だ」
自分が不可解極まる一振りの剣を偶然手に入れた夜の事を語り終え、園蒙間相馬は一呼吸吐く。
彼は今、友人達に急かされて昔話をしているところだった。
昨日起きた事件の最中、自分達の学び舎を襲撃した魔術師の強力なモンスター達をいとも容易く薙ぎ払った力に対して、何の疑問も興味も湧かない者などいるはずもない。由紀を始めとする数少ない相馬の友人は、こぞって相馬の元に押し掛けて尋問を始めたのだ。
「なるほどねぇ。大体分かったよ」
「それは分かっていない奴の台詞だ」
不幸なコレクターがその天寿を全うした時、不運にもその宿に程近いアパートに滞在していた相馬は、突然の魔術戦に巻き込まれた。その挙句、爆音と共に何処かから飛来して来た、ボロボロに錆び付いた剣を拾ってしまった所為で、襲撃者達の殺意の対象となってしまったという訳だ。
あの場を生き残れたのは、人間という二本足の獣が持つ本能の故か、はたまた幸運という単なる僥倖か。咄嗟の判断というのもまた不可解なものだ。謎の錆びた剣を使うという手段に相馬を駆り立てたのは、一体何だったのだろう。
いずれにせよ、閃いた直感のままに錆びた剣を揮っていなければ、相馬は為す術なく抹殺されていただろう。ああいった手合いが目的の達成を阻む要因に対して、一片たりとも情けを掛ける事はありえない。
「あの時は本当に死ぬかと思ったよ。熟練の魔術師とか、1対1でも勝てる訳ねぇだろ」
「普通の見習い魔術師なら、ね。でも、その時あんた、その剣を持っていたんでしょ?」
「まぁ、な」
半ば呆れたような面持ちで出された汐町彩香の問いに、相馬はやや困惑したような顔で答えた。
事件当時の相馬は年末年始の長期休業に入っており、故郷である日本へと帰国する事もせず、東アジア校に通う為に定住しているアパートを拠点にして日々アルバイトに勤しんでいた。
そんな彼が3人の魔術師を前に生き残れたのには、勿論それなりの理由がある。
人それぞれ顔や体格や性格が違うように、魔力の性質にも個人差がある。そして、人の諸特徴がそうであるように、魔力の性質においても、他人との間に相違点や類似点があったり、互いに相性の良し悪しにも差があったりする。
不運にも、相馬の前の持ち主は、その剣に宿る魔力とはあまり相性が良くなかった。それでは、そこに宿る魔力を巧く扱えないのは当然である。
ところが、相馬の持つ固有魔術は、他者の魔力の性質や魔術の模写と複製である。他者の魔力をコピーした相馬の魔力は、その諸特性がコピー元の魔力と一致するのだ。
では、ある魔術師が長年使い込んだ剣を握り、その剣を介してその魔術師の魔力をコピーした相馬の魔力は、どのような特性を持つだろうか。
無論、魔力をコピーされたその剣に宿る、持ち主の魔力と同じものだ。つまり、魔力の性質だけを考えるならば、魔術師Aの剣を持つ相馬は、自身の剣を持つ魔術師Aと同様である。最早それは、相性の良し悪しという問題ではない。本人がその剣を使用した場合と、適性の面では一致する。
だからこそ、熟練の魔術師でさえ制御し切れなかった剣とそこに宿る魔力を、その奇怪な特性故、この未熟な魔術師は扱ってのけたのである。
「物騒な話だね。もしかして、昨日の蜘蛛とかのっぺらぼうとかも、その剣を狙ってやって来たのかな?」
由紀の冗談が笑えない事は、決して珍しい事ではない。彼女の笑いのセンスが他人とは少なからず『ズレて』いるというのもあるが、それを差し引いても彼女は底意地の悪いところがあり、些か悪趣味な嫌いもある。
彼女は、他人が目を背けようとする物事を、あたかも冗談であるかのように言う事によって、その人の眼前に突きつけようとする。
この時も例に漏れず、由紀は狙いすましたかのように相馬にとって考えたくないような事を言い当てた。無論、たった今由紀に示唆された可能性は、十分に考えられる事だ。
「嫌な事言うなよ。それじゃあ、一番危ないのは俺じゃないか」
「可能性は高いね。じゃあ、私達はまず相馬から逃げるべきか」
しかし、本人以外には嫌な思いをさせていないようだ。彩香もまた、先日のように由紀と2人で相馬をからかって楽しもうとする。もしかしたらこの行為はいじめに該当するのではないかという意識は、微塵も持ち合わせていないらしい。
相馬も今はさほどこの会話に苦痛を感じてはいないが、楽しそうではないのは、誰の目にも確かなものとして映るだろう。直に相馬が気分を害するであろう事は、想像に難くない。
「いやいや、確かにヒーローは孤独ってよく言うけど、それは流石に酷くないか?」
「相馬くんはいつからヒーローになったのかな?」
からかうような口調で、由紀は詰問する。そう問われてから初めて、相馬は自分で自分の事をヒーローだなどと言ってしまった事に気が付いた。
それは全くの事実無根という訳ではない。昨日の事件を終結させたのが相馬である以上、そう言っても嘘にはならないだけの実績がある。しかしそれでも、この発言は相馬にとっては失言だった。
「えっと……蜘蛛退治の時?」
内心では自らの失態を恥じていたものの、それを悟られないように努め、相馬はさりげなく話を進める。
無理矢理中断してしまうのも考え物だ。このままごく自然な流れで話を運び、自分に都合の悪い話題が一刻も早く過ぎ去るように仕向けるのが得策だろう。しかし、そう考えるのであれば、この切り返しは不適切だったかもしれない。
「ごめんなさい。見事に前科持ちでございました」
「誰が前科持ちだ? お前こそ、言葉は正しく使えよ」
ばつの悪そうな顔で目を逸らす由紀に、相馬は少しばかり乱暴に言い放った。
些か不愉快そうな相馬の面持ちとは対照的に、由紀は実に愉しそうな表情だ。既に先程見せたばつの悪いそうな表情も、何処か子猫を思わせるような、無垢であるが故に加虐を愉しむ笑顔に掻き消されている。
と言うよりも、こうして相馬をからかう事で喜悦を得ているのだろう。無論、被害者たる相馬が不愉快に思うのも道理だ。