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ファミリア・クロニクル  作者: 腐滅
the 12th step 「紅蓮の空」
138/146

12-6

「……?」

 気のせいだろうか。校舎の端の辺りから、何処か不穏な音色が奏でられているように、相馬には思えた。たった今自分の聴覚に入り込んだ情報は、最悪の報せを告げるものではあるまいか。

(まさか……)

 再び、遠くから地鳴りのような音が響く。遠雷のように地を震わせる振動に、風向きが微かに変わって不吉な空気を醸し出す。自分の鼓膜を揺らす重圧に、相馬は全身の毛が逆立つのを感じた。

 間違いない。これは魔術戦の気配だ。掠れた爆音に交じり、不穏な魔力の気配も伝わって来る。

(嘘だろ……なんで、こうなるんだよ……?)

 またしても、レオ・ハイキョウサの剣を狙う刺客だ。彩香の命を奪った連合の者がいたが、あれで終わりであるはずがない。それが謀反にせよ組織の意志にせよ、相馬から英雄の遺品を奪取せんと剣を取る者はまだ数多くいると、考えて然るべきだ。


 再び、戦いの火蓋は切って落とされた。相馬は怨念の連鎖を断ち切る事に失敗し、新たな怨念を生んだのだ。その何よりの証拠が、既に始まってしまった血みどろの殺し合いだ。

 もう後戻りは出来ない。今更、話し合いでどうこう出来る道理もない。一度始まってしまった戦いは、どちらかの命が尽きるまで終わる事はない。

 血を流さずにこの戦いを終える方法はただひとつ。最初の交戦の前に投了する事だ。それは即ち、相手の目的の品であるレオ・ハイキョウサの剣を明け渡す事を意味する。無論、その結果として起こり得る災厄を予期しない相馬ではない。


 覇道の色を灯す魔力を漂わせる方向を目指し、相馬は英雄の魔力を纏って走り出した。

 前方に見覚えのある顔の生徒が見えた。相馬のクラスメイトだ。彼は感知能力に長けていたはずだと、相馬は記憶を手繰る。

「――悪い、ちょっと借りていくぞ!」

 相手の返答を待たず、相馬は擦れ違い様にその生徒に触れて魔力特性を模写した。不得手だった探索能力が大幅に上昇し、研ぎ澄まされた知覚が戦場の気配を精密に捉える。

 戦闘を行っている人数は、どうやら5人のようだ。たった1人の魔術師が、4人もの敵を相手にしている。そして彼らとは別に、こちらに向かって来ている集団がある。戦闘中ではないので魔力の補足が比較的困難だが、それでも今の相馬には、それが10人程の小集団である事が分かった。

 こちらに向かっている集団こそ、これから相馬がぶつかる相手だ。だが、相馬はそれよりも向こうで戦っている5人が気掛かりだった。とりわけ、4人を相手に今にも倒れそうになっている、ラシタンコーク側と思しき1人の魔術師が。


 相馬はこの魔力を知っている。強化された現在の知覚だからこそ確信出来るが、まるで2人いるかのようにも感じ取れるこの人物は、相馬の知らない相手ではない。相馬の予想が正しければ、この人物の魔力が1人のものではないかのような奇妙なものになっている事にも説明が付く。これは『骸縛霊装(シャーマン・クロス)』を装備した毛利霧壱だ。

 いかに『骸縛霊装(シャーマン・クロス)』が優れた武装であるとはいえ、一流の魔術師4人を相手に出来る程の戦闘力までは期待出来ない。

 そもそも、全員ではないにせよ、相手方も同様に『骸縛霊装(シャーマン・クロス)』を所持しているようだ。4つの魔力のうちの1つは、まるで2人の別々の魔術師がそこにいるかのような気配を放っている。


 そして遂に、絶望的な戦いを強いられていた魔力の灯が消えた。

「霧壱……?」

 最悪の事態は、より現実のものとなっている。相馬の知己を含め多くの者が命を落としたが、また1人、レオの剣を巡る抗争に巻き込まれてその人生を終えた者が現れた。

 英雄の力は今、悪鬼の如き外道の手にある訳ではない。にも関わらず、この力の所為で命を落とす者が、後を絶たない。

 相馬にとって、レオ・ハイキョウサの剣は勝利の女神だった。だがやはり、同時にこれは疫病神でもあったのだ。

 耐え難い自責の念が、相馬の背中を焼き尽くす。

(なんで……なんで……!)

 怒りと絶望に歯を食い縛り、無力な少年はがむしゃらに地を駆ける。その姿は、恐怖から逃げようともがいている哀れな弱者に似ていた。


 何かに突き動かされていたように駆動していた両足が止まり、相馬はがっくりと項垂れる。全てを諦めたかのような姿にも見えたが、次の瞬間、その右手は敵を討ち滅ぼす力を掴んでいた。

 争いすらも呼ぶ、銀色に輝く諸刃の剣を。

 後ろから相馬を追い立てていたい焦燥の念は、立ち止まった相馬を後ろから突き刺して通り抜ける。自分を焼き滅ぼそうとしていた怒りの情念は、既に相馬のいる場所を通過して前方へと流れて行った。その先には、相馬の右手に握られた物を欲する魔術師達の姿がある。

「なんで……」

 俯いた姿勢のまま、相馬は呪詛のようなを紡ぐ。剣を握る掌に、激情の火が力を注ぐ。既に、相馬には一切の迷いはなかった。


 全ての元凶を断つまで、戦いの悲劇は終わらない。ならば、悪の所業に手を染める者は、一刻も早く、1人残らず駆逐してしまわなければならない。その為に必要なものは明白だ。

 そして、相馬の手には絶対的な力が握られている。

「なんで、お前等はこんな事するんだ? そこまでして力が欲しいのか?」

 彼らがこの力を求めて手段の是非を問わない行動にさえ出なければ、彩香も霧壱も命を落とす事はなかった。他に何人も、彼らの所為で命を落とした。

 その責任は、誰にあるのか。

「何の為の魔術だよ……こんな事をして、一体何がしたいんだ!?」

 魔術こそ、人類にとって科学技術と並ぶ最高の力だ。当然ながら、その大き過ぎる力はその大きさの分だけ、使い方を誤った際にもたらされる災厄までも大きくする。


 その強大過ぎる力の使い方を間違えたのは、誰か。強者が弁えるべき心得に従わなかったのは、誰か。

「あんた達がこんな事さえしなけりゃあ、俺だって……ッ!」

 血を吐く想いで叫びながら、相馬は顔を上げる。汗に濡れて顔に垂れかかった前髪の奥には、憤怒の青い炎を灯した双眸があった。

「こんな事をする必要も、なかったんだ!!」

 怒涛の雄叫びを上げ、少年は剣を手に再び走り出した。全ての元凶を断ち、友の仇を討ち、悪夢を呼び覚ました責任を眼前の悪魔に問い質す為に。持てる全力を以て叩き潰すべき“敵”を前にした勇者を止める事など、一体誰に出来るだろううか。


 憎悪の連鎖は、ここで終わらせる。相馬の意志は、ただその一点に向けられていた。

 慈良(じら)尚睦(なおちか)はこの手でした。犯罪組織を統括していたリオギノ・シウイセも斃した。組織の参謀とも言える立場にあり、『骸縛霊装(シャーマン・クロス)』の開発者でもあったクイドガ・ユソンも斃した。それ以外の残党も僅かに残っているが、再び革命の狼煙を上げるだけの力は無い。しらみ潰しに狩っていけば、いずれ悪は討伐されて無くなる。

 もう十分ではないのか。これでもまだ、平和には程遠いというのか。倒すべき敵は、まだ数限りなくいるというのか。

 混濁した疑念に苛まれながらも、相馬に迷いは無かった。敵がいるのであれば、ひたすら斬り伏せるのみ。それ以外に、今此処で考えるべき事は無い。

 そして、剣は振り下ろされた。

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