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ファミリア・クロニクル  作者: 腐滅
the 11th step 「力への執着」
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11-7

 霧壱はさも呆れたとばかりに嘆息した。

 彼も入学に際して涜神科を希望したように、魔術の発展をとりわけ重要視する急進派に近い価値観を持っている。だが、流石に慈良尚睦のような非常識な人物を肯定する気にはなれなかった。魔術師としての実力や実績があるとしても、それ以前に人間としての規範は大切だと霧壱は思っていた。

 由紀や彩香、瑠依に何等かの影響を受けたのか、単に今まで自覚が無かっただけなのかは分からない。何れにせよ、存外に霧壱は神学科に近い価値観も持ち合わせているようだった。

「どうして連合は南極校を放置しておくんだ? 非公開とはいえ、非公式ではないのだろう? 意味が分からん」

「あー……犯罪者も沢山出しているけど、その犯罪者も含めて、魔術の発展に貢献する優秀な魔術師を次々と輩出しているかららしぜ? その功績があるから、多少の欠点には目を瞑っているんだとさ。ま、多少とは思えないけどな」

「ふざけているな。連合の幹部、半分くらいは死んだ方がいいんじゃないか?」

 拙速で物騒な意見だったが、なまじ相馬は反論出来なかった。連合に不信感を覚え、かつ敵対すらしそうな程に状況が緊迫しているのは相馬である。連合に対する敵意であれば、本来なら霧壱よりも相馬の方が強く抱いていそうなものだ。


「……少し、熱くなり過ぎたか。駄目だな、馬鹿の話を聞くと」

「誰が馬鹿だ。鏡でも見て反省したらどうだ?」

 反射的に投げ付けられた相馬の反論に、霧壱はそれがさもどうでもいい事であるかのような顔をした。実際、今の相馬の拙速な反応は勘違いから来るものだ。尤も、この状況で誤解しない方が少ないだろう。

「俺が今言った“馬鹿”は、お前の事じゃない。連合の事だ。

 馬鹿の話を聞くと、腹が立って仕方がなくなる。そんな奴は死んだ方がいい」

「自分を棚に上げるなよ。お前だって、馬鹿だと思われているんだぜ?」

 実際、由紀などは憚りなく霧壱を馬鹿にしている。霧壱も、その事を知らない訳ではない。


「それすら分からない程の馬鹿じゃないさ。ただ、自分より馬鹿な奴を見ると、それを忘れるからな。それが一番頭に来る。馬鹿を見ると、二重の怒りを感じる」

「なるほど。馬鹿は感染する訳か」

 そう言いながら、相馬も他人事ではないとしみじみ思う。

 由紀が本当に馬鹿かどうかはさておき、由紀の独特の表現や雰囲気が、相馬に伝染しているようなところがある。以前の相馬であれば、このような切り返しの仕方はしなかった。

「そうだな。そうとも言える」

 深々と溜め息を吐き、霧壱は同意を示した。短絡的で拙速な思考というものは、人間という知的生命体にとって最も身近な感染症だと、霧壱はしみじみと思った。言葉に出して確認し合ってはいないが、それは相馬も同じ思いだ。

 この場合、大元の感染源は何処だろう。古今東西全ての人類に当てはまる以上、原初のとでも言うべき人間は、やはりアダムとイヴだろうか。神話におけるエデンの園でも、蛇に化けた悪魔に唆されて禁断の果実を口にしたくらいだ。失敗を犯すのは人間の本性のようなものなのかもしれない。

 果たして、知恵だけでは飽き足らずに魔力まで手に入れてしまった人類は、その愚かな本性を克服出来るのだろうか。

 相馬も霧壱も、その答えは分からなかった。


「……信頼されていないってのは辛いな。実績が足りないのかな?」

 何の前置きもなく、相馬は話を連合とレオの剣に関するものに戻した。ぶらぶらと足を運び、小石のように小さな瓦礫の破片を爪先で小突く。

 霧壱は、瓦礫の1つに腰を下ろした。

「さあな。――仮に追加で手柄を立てるとして、どうするつもりだ? リオギノの部下の残党でも狩りに行くのか?」

「狩り、って……。まぁ、そんな感じになる、のかな。とにかく、犯罪者をとっ捕まえて、俺が悪人じゃないって事と、戦力として信頼出来るって事を証明する」

「そうそう犯罪者に出くわして堪るか」

 霧壱とて、そう毎週のように命を懸けた本気の魔術戦に臨むのは勘弁だ。こうも若い内から、何度も最前線に赴くのは御免である。そもそも、魔術師如何に関わらず、戦争は起きていない方がいい。犯罪も無いに越した事は無い。

 尤もその場合、戦闘力以外の力を持たない魔術師には、存在する価値は無いのだが。


 頭を悩ます相馬を他所に、霧壱は1人で記憶を探っていた。何かが喉の奥に詰まっているような気がしていたのだ。

「いや……宛てが無い訳でもない、か」

 ふと、何かを思い出したように、霧壱は呟いた。その言葉に、相馬は目の端に期待の色を滲ませる。

「宛て? 残党とか、指名手配犯とかの情報か?」

「そうだ。とはいえ、場所まで分かる訳じゃないからな。どうしようも無い」

「何だ。意味無いな――!?」

 相馬が、口にしかけた言葉を中途で飲み込む。霧壱に襟首を掴まれて、捻じ伏せられたからだ。その余り速さに対応出来ず、当然ながらレオの魔力を纏っていなかった相馬は為す術無く倒される。辛うじて受け身を取って振り向くと、しゃがんだ霧壱の背後に、1人の魔術師の姿が見えた。


 相馬は気付かなかったが、この魔術師が相馬の隙を見て襲撃して来たのだ。思えば不意打ちに合った際に霧壱に助けられるのは、これで2度目だ。あの時もこうして、乱暴ながらも急襲を回避させてくれたものだ。

 とはいえ、今回も何とか受け身に成功したものの、失敗していたら骨折くらいはしただろう。それでも暗殺者の攻撃が直撃するよりはずっと小さいダメージではあるが、やり様によってはこのような怪我をする恐れもなかった。

 相馬は、霧壱の親切な行為の裏に、さり気ない悪意が隠れているような気がしてならなった。

「くっ、早速かよ!?」

 瞬時に飛び退り、レオの剣を引き抜いて応戦する。蒼然とした魔力が爆散し、周囲の空間を英雄の輝きで照らす。

「こいつは任せた。俺はもう1人の方ををやる」

 霧壱もまた『骸縛霊装(シャーマン・クロス)』を起動させ、続いて現れた魔術師を迎え撃つ。

 どうやら、2対2の魔術戦のようだ。この場合、個人の戦闘力と同等に、2人の連携が勝敗を決する上で重要となる。

 相馬も霧壱も、互いの歩調を合わせる事は容易ではない事は重々承知している。これまでにも何度か戦場を共にしたが、如何せん普段から仲がいいとはいえない。それでも戦闘となれば見事な連携を見せる不思議なコンビも中にはいるが、相馬と霧壱ではそうはいかない。今までのように、互いの邪魔をしないように注意しながら、交代で各々の攻撃を繰り出すのみだ。

 対して相手の2人組は、どれ程の連携を見せるか定かではない。よってここは、相手側の結託が固い可能性を考慮し、それぞれ分かれて1対1での戦いに臨んだ方が安全だ。

 互いの戦域を離すべく霧壱が走り去った気配を背後に感じながら、相馬は眼前の敵に猛然と斬り掛かった。


 初めて見る顔の、名も知らぬ敵。その魔術師の左手首に装着された金色に輝く腕輪が、その所有者とは異なる魔力を発散させる。

 敵もまた『骸縛霊装(シャーマン・クロス)』を有している。連合が量産技術を手に入れてから1週間近く経過している為、連合の魔術師がこれを所持していても、それほど不思議ではない。今や、リオギノの部下だった者だけが『骸縛霊装(シャーマン・クロス)』を使用するとは限らないのだ。現に、相馬はたった今気付いたばかりだが、どうやら霧壱まで所持しているようである。

 恐らく、先週の市街戦の際に、斃れたリオギノの部下が装着していた物を奪取したのだろう。自分自身の持つ力に拘り、他人の能力を真似たり得物の性能に依存して戦ったりする相馬を非難していたしていた霧壱だが、心境の変化でもあったのだろうか。

 先手必勝。聖遺物たる剣のみならず、尚睦の所持していたレオ・ハイキョウサの遺灰まで手に入れた今の相馬にとっては、最早『骸縛霊装(シャーマン・クロス)』を使用した一流の魔術師でさえも恐れるに足らない。巨人を思わせる程に巨大化し硬質化した腕で振るわれる鉄槌を掻い潜り、一気に敵の懐まで切り込んで一瞬で勝負を終わらせた。

 どうやらこの魔術師は、手に入れたはいいものの『骸縛霊装(シャーマン・クロス)』の使い方を十分に把握出来ていなかったようだ。

 リオギノをはじめ、かつて戦ったテロリスト達は、自分の魔力特性だけでなく、自分の使う『骸縛霊装(シャーマン・クロス)』の魔力特性や、それによって変化する自分の戦法についても熟知していた者が殆どだった。それに引き換え、彼は単純計算で2倍になった力をただ振り回すだけの、まさに猪突猛進とでも形容すべき戦い方をしていた。あれでは、むしろ『骸縛霊装(シャーマン・クロス)』を使わない方が強かったのではないかとさえ思えてくる。


 自分の分の戦いを終え、相馬は霧壱の加勢をするべく走って行った。しかし、相馬の出番は訪れなかった。もう1人の敵は幸いにも『骸縛霊装(シャーマン・クロス)』を持っていなかったらしく、戦況は瞬く間に霧壱の優勢に傾いていた。『骸縛霊装(シャーマン・クロス)』を使用した霧壱は、重力操作の魔術による支援を受けた体術で、ものの数秒で敵を屠った。

 その絶技は、呑気に見物に興じる事となった相馬を感嘆させるものだった。やはり、ただ大きな力を手に入れただけでは不十分なようだ。その使い方を心得ていなければ、力を手に入れる以前より劣る事さえ在り得る。


 何はともあれ、どうやら連合の魔術師の中に相馬の命を狙う輩がいるのは本当のようだ。稲門の警告は嘘ではなかった。

 問題は、あれが本当に警告だったのか、あるいは脅迫や宣戦布告の類だったのかという事だ。

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