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その魔術師は、己の魔力や魔術以上に、あらゆる武器や道具の使用に長けていた。
魔術師たる者――否それ以前に、一人前の人間にとって、最後に頼れるのは自分自身のみである――そう考える者は、魔術師の中では少なくなかった。
事実、武器を用いた戦法を主流とする者の中には、扱う武器を自身の魔力で随時生成する事を好む者も多かった。
剣士も槍兵も弓兵も、そして銃撃手や爆弾魔に至るまで、魔術師が戦いの中心に武器を据えるならば、その武器は己の魔力によって編み出そう。それが、魔術師界における一般的な考えであった。
無論、そのような風潮は、魔術原理主義的な精神論だけが生み出したものではない。武器を所持していては隠身に不利であり、丸腰を装った奇襲が難しくなるといった合理的な理由もまた存在していた。
理念においては視野が狭く柔軟性に欠け、実戦においては愚直であると揶揄される事もある、清廉潔白で毅然とした騎士道。かつてはそもそもの姿勢が神の教えにもとると言われ、今も尚卑怯者や臆病者といった謗りを受ける、狡猾で隙の無い暗殺者の精神。相反するふたつの立場から共に、魔術師が物理的な武器を中心に戦うという事は忌避されていた。
しかし、幾重にも魔術的な措置を施された道具は、魔術師にとってこれ以上無い最良の武器となる。だからこそ、幾つもの短所を抱え込む事を厭わず、補助的な役割どころか戦闘の大部分を武器に委ねる魔術師は、いつの時代にも一定数存在していた。そしてその割合は、魔術や科学の進歩と共に増えていった。
彼もまた、こうした『道具を扱う魔術師』の1人であった。端的にそう表現するには、彼の場合は些か特殊ではあったが。
武器を携える魔術師の多くは、己の特性に合った武器を選考していた。武器を用いた戦法を取るとはいえ、魔術を全く使わない訳ではないのだから当然である。
むしろ彼らは、直接攻撃系の魔術の使用頻度こそ減るものの、身体強化や物質強化といった、より高度な魔術を使用する結果となっている。武器を用いるからといって、その分魔術から離れるという訳ではない。
しかし、彼の場合は一味違った。彼の魔力の性質は極めて柔軟性に秀でていたが、一方で、それ以外の特色が無かった。手ずから行使する魔術も、些か決定打に欠けていた。
ところが、彼は魔術師になるべくラシタンコーク神学校に入学する以前から、手先が非常に器用だった。そして、幼い頃から妙な収拾癖があった。その結果として、彼は気に入った武器であればそれを手に入れ、手持ちの武器の中から状況に応じたものを使い分けるという、やや風変わりな戦法を取るようになった。
そして彼は、戦士である以上にコレクターになったのだった。
その魔術師の最期は、あまりにもあっけなかった。彼自身、まさか手に入れたばかりの武器が呼んだ災いで命を落とす事になるとは思っていなかっただろう。彼の運命を狂わせたのは、装飾の少ない一振りの剣だった。
その剣を欲していたのは彼だけではなかった。自分が手にした骨董品も同然な剣がどんな代物なのかを理解していれば、彼の人生がそこで終わりを迎える事はなかっただろう。
出会いはある休暇の際、地中海の沿岸でスキューバダイビングをしていた時の事。幸か不幸か、それは全く偶然の産物だった。
これは他の武器とは一線を画す代物だ――初めてその剣を目にした時、彼はすぐにそう直感した。武器を扱う魔術師であり、それ以上にコレクターでもあった彼の目は、その剣が幾重にも魔術的な措置を施された物である事と、そこに込められた魔力が尋常ではない事を立ちどころに察した。
砂を払い除けて剣を拾い上げ、砂浜まで運んだ。長年海の塩水に浸かっていた所為だろうか。その剣はそこら中が錆び付き、武器としての十分な使用は望めなかった。
しかし彼はコレクターであった。たとえ武器としての使い道がなくとも、その可能性が完全に閉じられた訳ではない以上、これほどの魔力を感じる品を手放そうとは微塵も思わなかった。。
こうして彼は、僥倖にもその剣を手に入れた。その事に気付いて彼を尾行する者がいるとは思いもよらず、次の仕事に向けて中国へ飛び立った。
それが彼にとって、運の尽きであった。
中国のとある街で宿を取っていた彼は、もうじき年も明けるというある晩、寝込みを襲われた。襲撃者は3人。いずれも熟練の魔術師であった。
彼はあらゆる武器を用いて応戦した。しかし、当然3対1では勝ち目は無い。他の宿泊客までをも巻き込んだ戦いで、彼は次第に傷付き追い詰められていった。
一か八か、彼は最後の望みを新たな武器に託したが、彼はそれを使いこなせなかった。錆び付いて今にも壊れてしまいそうであるにも関わらず、彼の見込み通り、その剣は膨大な魔力を発揮した。あらゆる武器の扱いに長けている彼をして、単純な地力の不足によってその性能を持て余してしまう程に。
こうして彼は、強力過ぎる魔力を制御し切れずに暴発させて辺りを吹き飛ばした。その衝撃によって襲撃者だけでなく自身の体さえも宙を舞い、その手からは剣を失った。
既にその手には剣が無いとも知らずに襲い掛かる、名も知らぬ3人の魔術師によって命を落とすまで――彼は自分が拾った剣の正体に気付けなかった。