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ファミリア・クロニクル  作者: 腐滅
the 11th step 「力への執着」
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11-6

 稲門との交渉を決裂という形で終えた相馬は、特別応接室を後にした。

 それから2時間近く経つ。現在相馬は、かつて自分が住んでいたアパートの周辺を歩いていた。

 建物は大部分が破壊され、今はもう見る影も無い。相馬の暮らしていたアパートもそのうちの1つだ。今はただの瓦礫と化し、撤去されるのを待っている。

 リオギノの部下だった魔術師は、未だに数名が生き残っているらしい。彼らが怨恨などを理由に東アジア校を襲撃する可能性は否定出来ないが、連合に狙われている以上、下手な真似は早々しないと考えていいだろう。スパイ探しに尽力しているとはいえ、連合の組織力は伊達ではない。

 しかし、やはり油断は禁物である。

 稲門の要求は、霧壱の警告の通りだった。いずれは涜神科の教師からか、あるいは神学科の教師を通して公式に警告されるかもしれない。警戒するべき相手は、リオギノの元部下よりもむしろ、連合のごく一部の過激派のようだ。

 犯罪者よりも秩序維持機関の人間を気にしなければならないとは、何とも皮肉な話だ。

 後ろめたい事情があるのであればまだしも、相馬は犯罪者ではない。むしろ、他の誰よりもテロリスト集団に大きな打撃を与えたのだから、英雄のように称えてみてもいいくらいである。そう考えるのは些か傲慢だろうか。


 そこではたと、相馬は2カ月程前の日常を思い出す。

 もうそれだけの月日が経ったのかと感慨に耽ると同時に、まだその程度しか経っていないのかとも思う。唐津カデチダケなる魔術師による、東アジア校襲撃事件。あの日初めて、相馬はレオ・ハイキョウサの剣を衆目に晒したのだ。

 あの日、相馬は蜘蛛のモンスターを撃退し、他の生徒達を守った。思えばあの時も、英雄にも等しい活躍を遂げたのだ。しかし翌日の相馬を待ち受けていたのは、感謝や憧憬といった正の感情よりも、むしと懐疑や嫉妬といった負の感情だった。

 出る杭は打たれるとは、よく言ったものだ。この世界というものは、成果を上げた者を疎外され排斥される運命に陥らせるように出来ているのだろうか。

 そもそも魔術師にしても、その強大な力故に、魔力を持たない人間から恐れられ蔑まれるのが常だ。そして、単純な数で圧倒的に劣る所為もあり、人間という生物の織り成すコミュニティからは半ば排斥されたも同然の扱いとなった。

 そこで正面切っての血みどろの対決をよしとせずに大人しく引き下がったのは賢明な魔術師達だったが、それ故に人間社会においては“異端”の烙印を押される事となった。


 無力な者は、何を為す事も叶わない。ただ周囲の人間や環境に隷属し、盲目的に服従するのみだ。そこに自由など無い。

 だが、力のある者は違う。何を為すにも、力が必要となるからだ。

 現実を理想により近いものに作り替える為に必要なもの、それは力だ。力を持つ者は、ただ服従する必要はない。そのような檻は壊してしまえる。

 力を持つ者は自由だ。理屈としては、これで間違ってはいないはずなのだ。


 しかし――相馬は、レオの剣の存在を秘匿し切れなくなって間もない頃の、由紀との会話を思い出す。

 力があるという事実は、それを揮うという行為は、周囲に与える何かしらの影響を不可避的に持つのだ。そしてそこには、それ故に逃れられない責任が生じる。力を持つ者はそれを自覚し、自らの判断が災禍を招かぬように努めなければならない。

 それでは、果たして力を持つという事は、本当に自由になるという事なのだろうか。今のところ、相馬はまだ答えを出せていない。


 混沌とした思考に絡め取られたまま歩いていると、視界に見覚えのある影が映った。気晴らしのつもりで、相馬はその人物に声を掛ける。

「おう、毛利」

「……」

 相馬に声を掛けられた毛利霧壱は、一度だけ立ち止まって相馬の方を見たが、すぐに視線を戻して再び歩き始めた。

 霧壱は、一体何の用でこんなところを歩いているのだろう、と相馬は訝る。もしや彼も、先週までは自分の庭のようだった地域に、心残りでもあるのだろうか。

「おい、無視するなよ」

 再度呼び止められ、霧壱は渋々と振り向いた。その顔は不機嫌そのものだ。

「……何か用か? 先に断わっておくが、新しい情報は無いぞ」

「いや、そもそもお前、情報収集は得意じゃないだろう」

 魔術戦においては頼りになる霧壱であるが、こと情報収集に関しては、それほど優秀という訳ではない。特に、書庫資料の検索ならまだしも、人を頼りにした聞き込み調査や情報網を広げる為の人脈といったものとなると、途端に戦力として頼りない存在になってしまう。

 それもこれも、あらゆる物事において、他人の力を借りずに独力で事を成し遂げようとする姿勢が悪い方向に働いているからだ。基本的には好ましいはずの気質も、場合によっては仇となる。


「用が無いならいいな」

「ちょ……待った。無い事はない」

「なら、さっさと話せ。要領が悪いな」

 額の血管が僅かに浮き上がるのを感じながらも、相馬は今までのような感情的で攻撃的な態度を抑えた。いつだか由紀が言っていたが、自分と霧壱は似ているところがあるのかもしれない、と相馬は思う。

 なるほど、やはり彼の性格は酷い。思考も極端で短絡的だ。友達が出来ず、学校で孤立しかけて当然である。そういったところは、相馬にも見受けられる。しかし、流石に霧壱ほど酷くはないだろう。

 霧壱は以前の相馬とは違い、優秀さ故に孤立しているところがある。かつての相馬はむしろ成績が芳しくなかった。

 しかし今の相馬は、学校での成績はともかく、実戦における戦力としては一生徒の域を完全に超えている。羨望や嫉妬を一身に浴びるという優秀さ故の孤立なら、今の相馬もまた当てはまる。

 今になって、相馬は霧壱に親近感を抱き始めていた。もしかすると、霧壱もそうなのかもしれない。そうでもなければ、わざわざ連合の動向などを教えてはくれなかっただろう。以前の霧壱なら、相馬がどんな目に遭おうが構わなかったように、相馬は思う。


 だからだろうか。相馬は霧壱に愚痴を零してみたくなった。

「連合の事だが……お前の言っていた事、どうやら本当みたいだ。レオの剣を手に入れる為なら、手段を選ばない可能性がある」

 トーンを落とした相馬の言葉に、霧壱はとりわけ驚いた様子はない。教師の話を立ち聞きした時には、既にその内容に疑いを持たなかったという事だろうか。

「そうか。やはりな。魔術師の警察を自認している連合が、あれ程の武装を放置しておくとも思えない。是が非でも回収しようとするだろうな」

「だよな。でも、これじゃあリオギノと一緒だ」

 怒りすら滲ませて相馬が吐き捨てると、霧壱は達観したように溜め息を吐いた。そこには、怒りよりもむしろ、呆れや諦めが色濃く映る。

「それくらい分かっていた事だろう。連合も一枚岩じゃない。各国の代表も、そこそこ仲良くしながら睨み合っているらしいからな。万が一にも、東アジアが世界を牛耳るような可能性は潰しておきたいと思うだろうさ。

 ……正論と言えば正論だが、濡れ衣を着せられる側は堪ったもんじゃない」

「全くだ。そもそも、時間操作とか無理に決まってんだろ。南極の連中だって、手段を択ばないといっても、そこまで到達するのは不可能だ」

「……南極? 南極に、何かいるのか?」


 相馬の言葉に不可解な一点を見出した霧壱は、怪訝そうな顔で訊ねた。不審に思いながらも、相馬は素直に答える。

「ああ、ラシタンコークの南極校だ。慈良の所属していた……って、お前、まだ聞いていなかったのか?」

 疾うに知っているだろうと思っていたので、相馬は面喰らってしまった。誰かしらから南極校の話を聞いていてもいいだろうが、霧壱は誰からもそのような情報を得ていなかったようだ。

 一方、霧壱は、予想だにしなかった相馬の回答に瞠目していた。

「南極に校舎があったのか……? 聞いた事ないぞ、そんな話」

 その情報網の狭さに、相馬は自分の事を棚に上げて憐れみを感じた。由紀達がいる分、相馬は霧壱よりも友人に恵まれているのかもしれない。

「どうも秘密の校舎らしくて、連合の幹部くらいしか知らなかったらしいんだ。そこは涜神科よりも過激で、精神面に問題アリっていう奴でも問題なく入学出来る。魔術師としての実力さえあれば、後はもういいんだとさ」

「……ふん。慈良みたいな人間の屑にはうってつけの場所だな。要は力が全てか」

 不快感も露に、霧壱は口汚く吐き捨てた。

「ああ。講義が過激なのと治安が悪いのとで、毎年死者が続出しているらしい。ま、それで優秀な奴をふるいに掛けるようにもなっているんだろうけどさ。どうせ人格破綻者も多いだろうし、死人が出ても気にしてなかったんじゃないか、連合も」


 相馬の聞いた限り、南極校の生徒は相当荒れているらしい。戦闘においては涜神科以上に優秀で、それでいて道徳について全く斟酌しないような魔術師ばかりが一同に集まれば、それもまた当然だろう。

「手間が省けていいじゃないか。屑同士潰し合ってくれるのは」

 どうも霧壱は、尚睦のようなモラルの無い人物がよほど嫌いなようだ。

 その嫌悪感の程は、自分以外の力を頼りにしてばかりいるとして非難していた相馬の比ではない。誰よりも涜神科らしい精神性を持つ霧壱であるが、ともすれば神学科以上に道徳に厳しいのかもしれない。尤も、その厳しさもやや度が過ぎていると言えなくもないが。

「そこでの共食いを生き残って卒業した連中は、半数くらいが犯罪者になるっている話もあるらしいぜ? まともな奴も0じゃないらしいけど、これじゃあ犯罪者育成学校だ」

 続く相馬からの又聞きに、流石の霧壱も絶句した。少し経って、驚きのあまり輪郭を失った言葉を、言語としての意味を成すように紡ぐ。

「何がしたいんだ、全く。葬儀屋と警察の仕事を増やすだけだろうが」

「だよな。取り締まりの強化とか犯罪組織の殲滅とかするより、南極校を潰した方が絶対に早いし効果あるぜ」

 尚睦と対決した時と同じ構図だが、どうやら共通の敵を見出した場合においては、この2人の意見は合致するようだ。

 やはり、敵の敵は味方という事だろうか。尤もその場合、共通の敵が失せた途端に、この味方は敵に戻るのだが。

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