11-3
クイドガ・ユソンの開発した『骸縛霊装』量産に関する情報や機械は、全て、直接彼らのアジトを叩いた連合の部隊によって押収されている。かくして、あの奇怪極まる妖気を放つ武装は、かくして魔術師連合の下に設計図ごと渡る事となった。
押収から1週間近く経過している現在、一度は悪の矛として猛威を揮った『骸縛霊装』は、連合によって生産・管理されている。
あの突飛な発明品には、目にした誰もが瞠目したそうだ。科学技術に興味を示す魔術師が極めて少ない現在では、そもそもこのような道具の発明を考える者すらいない。しかし実際にそれが実戦で用いられたとあっては、誰もがその性能に括目せざるを得なかった。
この発明は、魔術師界の常識をあらゆる面から覆した。これからの時代における魔術師の在り方は、魔術だけでなく科学技術をも視野に入れたものとなるだろう。
魔力の有無による格差や差別も、これを機に少しずつ解消されていくのではないかという明るい声も上がっている。少なくとも、魔術師の方から歩み寄る動きは少しずつ出てくるだろう。科学技術の面においては、魔術師よりも魔力を持たない者達の方が圧倒的に秀でている。
「……その『骸縛霊装』はただの囮で、本命はリオギノの遺した魔術だってさ。それで、俺達生徒までグルになって悪い事考えてるとか、そう思われてるから夜道には気を付けろ、とか――大体そういう話だ」
言い掛かりも甚だしいといった様子で、相馬は憤然とぼやいた。
こうも下らない事で互いの足を引っ張り合っているからテロリズム対策が不十分になるのだ、とでも言わんばかりの様子である。彼も彼で、その機嫌の悪さ故に、何かに八つ当たりしてしまいたくもなっていた。
「うわぁ、酷い濡れ布だ。私達に何か恨みでもあるのかな」
「さぁな。やっぱり、服を着るなら乾いている方がいいよ。濡れているなんて最悪だ」
「同感。心はウェットに、衣服はドライに」
由紀の呟きを無視し、相馬は足元の小石に八つ当たりした。軽く蹴飛ばされた小石が川の中に沈み、またしても水面に波紋が広がる。
「しかもさ、その噂の事は置いといて――連合の日本代表の人が、俺にまた何かよく分からない事を言って来たんだよ」
続く相馬の意外な言葉に、由紀は首を傾げる。
「日本代表って……確か、安瀬雲稲門っていう人だよね?」
「そう。その安瀬雲さんがさ、俺に『もう戦うな』みたいな事を言って来たんだ」
稲門と会話をした当時の事を思い出すように、相馬は眉を顰めて空を見上げた。いかにも、難しい問題について考えているといった顔だ。
「『もうこれ以上は戦うな』とかいうのと……レオの剣には、実は危険な副作用がありました、とか、そういう話?」
「いや、剣自体は安全なんだけど……」
自分自身状況をよく分かっていない相馬は、暇を持て余したような指先で髪先を弄りながら唸った。必死に頭を働かせ、適切で端的な言葉を探る。
相馬の蹴った小石の作った波紋は、大きく広がって水面を揺らしている。
「俺が信用されてないとか……」
「信用されてないって、誰に? 連合? 外国の魔術師?」
宛て推量で名詞を羅列させる由紀だったが、存外にも勘がいいのか、手当たり次第に答えたにもかかわらず、いずれも間違いとは言えなかった。
「まぁ……大体その辺、かな。
何だかよく分からない神学科の生徒がレオの剣を持っていて、ちゃっかりそれを扱えているっていうのとか、それで今回の破壊活動鎮圧に色々と貢献したとか、そういうのが怪しいんだって。怪しいっていうか、胡散臭いっていうか、気に入らないというか……」
「――ま、よく思われてはいないんだね」
「そういう事らしい。正直、俺もまだよく分かっていない」
報酬を求めての戦いでは決してなかったが、激戦の辛苦に釣り合わぬ冷酷な評価に、相馬は少なからず辟易した想いを抱いていた。単独で多くの構成員を斃した上に、首領までも墜としたのだ。もう少し、好感を抱いてくれてもいのではないだろうか。
とはいえ、相馬の理解の程如何にかかわらず、他の魔術師達が相馬の力を警戒するのも当然と言えた。
「それでさ……なんか、レオの剣を連合で預かるとか何とかって」
「えっ!? アレって一応、もう相馬くんの物って事でいいんじゃないの? 所得税?」
今度の由紀の推測は外れていたが、恐らく彼女も、初めから冗談のつもりで言っているのだろう。
手に入れた物をそのまま公的機関に納めるなど、所得税にしては税率が高過ぎる。遥か昔の日本ですら、幕府が農民に課していた年貢は酷くとも全体の半分だった。これでは税ではなく没収だ。尤も、そもそも初めから、これは税などではないが。
所得税というよりも、遅まきながら、落し物を交番に届けるようなものだろうか。しかし本来の所有者は故人であり、どちらかと言えば博物館に納めるようなものだ。尤も、古き魔術師の使用した武器その他を展示する博物館などは存在しない。今でこそ珍しくはなくなったが、昔の魔術師と言えば、剣のような単純な武器すら使わず、必要な物は全て自前の魔力で生成するような風潮にあったのだ。展示しようにも、標本の絶対数が少ない。
「完全に的外れって訳でもないけど……でもなぁ、信用出来ないのはこっちも同じなんだよなぁ。正直言って、不安しかない」
「あぁ……。そういえば、叩いてみたら埃が出たしね」
相馬をはじめ、魔術師連合を信用していない魔術師は、実はそう少なくはない。
魔力の有無による人類の間の断絶を解消し切れず、魔術師による凶悪犯罪の発生率や被害を減少させる事も十分に出来てはいない組織に、いい加減愛想を尽かしている嫌いもあった。
加えて、今回の事件では複数名の内通者の存在が確認された。由紀達が戦ったマガイア・タリナタをはじめ、リオギノ率いる名前の無い革命集団に加入あるいは手助けをしていた者が何人か発覚したのだ。現在も、連合内部では引き続きスパイ探しが続いている。
そして、内通者の存在は連合の中だけではなかった。
「連合はスパイの巣みたいイメージが出来たし、毛利のトコの担当教師までリオギノ側だったっていうしなぁ……」
「確か、粛っていう先生だっけ? ……霧壱くんも、ショックだったろうね」
東アジア校では、涜神科の粛己義悌がテロ組織に加担していた。この事実を引き金に、全世界のラシタンコークでも足元の安全確認をするようになった。
魔術師を取り仕切る連合と、未来の魔術師を育成するラシタンコーク神学校。その双方から反体制志向の強い者が確認され、あまつさえテロに加担していたとあっては、最早何人たりとも信用出来ないに等しい。
このような状況で、強大過ぎる戦力を誇る武装を連合に手渡すなど、よほどの信頼と度胸がなければ不可能だ。尤も、このような状況だからこそ、多くの者が一個人にそのような武装を持たせておくという事実を危惧しているのもまた事実ではあるが。
科学技術を取り入れた事による、魔術の大いなる発展。そして、連合とラシタンコークに対する不信感の高まり。良くも悪くも、あらゆる方面において、今回の事件は魔術師界の歴史にとって転換点となり得るものだった。
「媛河とも、前に話したけどさ……。
やっぱり、こういう強い“力”って、悪い奴の手に渡るのだけは絶対に駄目だよな。まぁ、持っていたら持っていたで、色々と責任は付いて回るけどさ。――それって、ヤバイ奴の手に渡らせないっていうのも、今現在持っている奴の、ひとつの責任だよな」
現実に差し迫った決断を決めあぐねている様子の相馬だったが、その基盤となる信念は定まっているようだ。
自分の持つ力には、相応の責任を持つ。それを拾った他の者に悪用される危険がある限り、迂闊に力を棄てるような事はしない。破棄するのも、そう簡単な話ではないのだ。ならば、自分が持ち続けるより他にない。
無力という檻から自分を解放し、強さという自由を与える力。
本来は自由を与えるはずの力も、呪いのように自由を奪って行く。故に、選択可能な行動は無数にあるが、為すべき行動は限られている。
「……それも、大事な事だね」
何処か釈然としない響きを滲ませ、由紀は答えた。しかし、それ以上の言葉が見付からないのか、何処かもどかしそうに唇をもぞもぞとさせている。
「時間は巻き戻せないから、大惨事になる前の判断は大事だよね。責任重大だ」
結局、由紀が言葉にしたのはそれだけだった。
「そうなんだよなぁ……。はぁ、いっそ考えるのを止めたい」
話題の割に軽々しく揶揄したように思えた由紀の言葉に、相馬は憂鬱そうに呟いた。
とはいえ、そう気を落としてもいられない。まだ若いこの両肩には些か重いかもしれないが、これは自分が背負わなければならないものなのだ。そう克己して、相馬は気を引き締める。
「ところで、結局リオギノの魔術は何だったの? まさか、本当に時間停止だとか未来予知だとか言わないよね?」
ふと思い出したように、由紀が一度流された話題を掘り返した。
「それが、俺もよく分からない。今はまだ、検死と、奴の使っていた『骸縛霊装』の解析をしている最中だってさ」