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ファミリア・クロニクル  作者: 腐滅
the 10th step 「夢の終わり」
123/146

10-11

 袈裟懸けに振り下ろされる、渾身の斬撃。しかし切っ先が裂いたのは、またしても無人の空間だった。

 同時に相馬の背後から、低い呻き声と肉が裂かれて潰される音が鳴り響く。慌てて振り返った相馬が目にしたのは、リオギノの貫手に腹部を貫かれた紳範の背中だった。

 そして、相馬もまた背後から脇腹を貫かれる。第六感が警笛を鳴らしていたのだろうか、相馬は予期していなかったはずのその一撃を喰らう寸前、身を捻って直撃を避けようとしていた。切り裂かれた脇腹から迸る鮮血の奥に、相馬は何かを垣間見る。

(クソッ、一体どうなっていやがる!? ――ってか、京目先生は大丈夫なのか!?)

 強かに体を地面に打ち付けながらも、相馬は体を転がせてリオギノから間合いを取り、迎撃の構えを取った。

 その頃には既に、紳範は自分の体を貫くリオギノの腕を掴み、自分の身の危険も顧みずに数10本のナイフを上空に展開していた。雨の如く降り注ぐ無数のナイフが、リオギノと紳範の体に突き刺さる。

 束縛を振り払って紳範を押し退けると、リオギノは再び姿を消した。当然ながら、この程度の負傷で退くような相手ではない。相馬は神経を研ぎ澄まし、リオギノの追撃に備える。


 しかし、直ぐには攻撃が来なかった。今は隠れて様子を窺っているのだろう。相馬は迎撃の構えを取ったまま、倒れた紳範に駆け寄る。

 地面に倒れ伏している紳範は、とても戦闘の継続は望めない事が一目で分かった。もとの負傷に加え、リオギノの貫手、そして捨て身の覚悟で降らせた自分のナイフに刺されたのだ。今直ぐに手当てをしない限り、命の保証は見込めない。

「――京目先生! 大丈夫ですか!?」

 右手に剣を持ったまま、相馬は瀕死の重傷を負った師に声を掛けた。同時に、その傷を癒すべく“(ミメーシス)複製(・オーバーラップ)”で治癒に秀でた紳範の魔力特性をコピーする。すると、今にも事切れそうな様子で、紳範が顔を上げた。

「私の事は気にするな……来るぞ――」

 そう言葉を遺し、紳範は自らの魔術で相馬の脇腹を治癒させた。

 次の瞬間、相馬は正面から殺気を感じ、咄嗟に剣を振るう。何も見えない空間から、突如として後退するリオギノの姿が現れた。なんと、紳範の最期の攻撃による刺し傷は跡形も無くなっており、その姿は完全に無傷だ。

 あの僅かな時間で完治出来るような傷ではなかった。戦慄を覚えたものの、相馬は迷わず剣を取る。蛮勇としか映らぬ愚行であっても、それ以外に道はない。


 師の救助を諦め、相馬は怒号を上げて突進した。相馬の怒りを現すように、突如として吹き上がった爆炎が刀身を這う。熱き紅蓮の一閃は躱されて空を切ったものの、斬撃の軌跡から迸る火炎は、鞭のようにしなってリオギノの周囲を焼き尽くした。

 この炎は、決して標的を外した訳ではない。もとより相馬は、リオギノを狙ってはいなかった。次の一手に備え、予め退路を断っておいたのだ。

 更なる炎を剣に纏い、大地を駆ける相馬。その背後から、黒く奔る、おぞましい影が躍り出る。妖しくうねって牙を剥くソレは、蛇の姿を為した1体のモンスターだった。

 火炎と眷属、2つの異なる魔術が一度に顕現する。


 その異様を目の当たりにし、リオギノは瞠目した。まるで秘め置いた切り札を解き放ったかのように、幾重もの魔力が開花したのだ。流石のリオギノでも、驚くのは無理もない。

(……どういう事だ? 尚睦と同様、彼のコピー能力には時間と数の制限があるはず。何故こうも、一度に多くの技を繰り出せる!?)

 理屈にそぐわぬ不条理を見せ付けられ、懐疑の念に動きが鈍る。それはごく僅かな遅れでしかなかったが、絨毯爆撃の如く展開する魔術の博覧を前にしては、決して無視出来ない遅れだった。

 大きく跳躍して相馬と蛇から距離を取るも、その直後に数多の魔弾を連射される。リオギノは思考を振り払り、回避に徹さざるを得なかった。

 技が多彩に過ぎ、対応が間に合わない。ここまで多彩な魔術を一度に行使するだけでも異常だが、複雑に技を組み合わせて来るとなれば、反撃の機を窺う事すらままならない。今はひたすら耐え、相手が力を吐き出すのを待っているしかなかった。

(まさか……。いや、そんなはずはない)

 相馬はレオの剣に加え、尚睦を倒した事でレオの遺灰まで手に入れた。それによる魔力面での向上は計り知れない。まさか今の彼には、コピー能力の持続時間や一度にコピー出来る数などに、制限が無くなったとでもいうのだろうか。それこそ不条理の極み、天変地異とでも言うべき理不尽だ。だが、不可能だと証明する事も出来ない。

 魔術による身体強化と動体視力の強化を駆使し、リオギノはありとあらゆる攻撃を潜り抜けた。魔力と体力は余りにも多く消費してしまったものの、この饗宴による負傷は一切無い。リオギノは全て悉く、間一髪のところで躱し切った。


 しかし、それこそ相馬の思う壺だった。

 不条理を描いた演舞が、遂に終曲を迎える。愚直にして苛烈、電光石火の如き踏み込みで近付いた相馬による、真っ向唐竹割りの一撃が振り下ろされた。

 自らの力を極限まで引き出した、まさに会心の一撃。それの軌道を完璧に見切ったリオギノは、両の掌に魔力を充填して白刃取りを試みた。タイミング、速度、威力――その全てにおいて、両者の攻防はそれぞれの持つ力と技の究極だった。

 見事に英雄の剣を両手で阻むリオギノ。タイミングは完璧。後は、彼我のパワーを競うのみ。

 神速の剣からその勢いが消え、リオギノが勝利を確信したその瞬間――彼は、背後から心臓を一突きにされた。

「な……?」

 予期し得なかった一撃に瞠目し、突然の心停止によって痙攣する顔を振り向かせる。そこに居たのは、紛れもなく園蒙間相馬だった。

 そして、リオギノの正面に居たはずの相馬の姿が消える。心臓から込み上げて来た血を吐き出し、彼は最期に全てを悟った。

 園蒙間相馬は、京目紳範の魔力をコピーした。そして、彼の魔力の持つ特性は、ナイフの生成と投擲、治療、そして幻術である。相馬は紳範以外の魔術師の魔力は複写していない。今し方演じられた理不尽は、全てまやかしに過ぎなかったのだ。

 遠い理想を追い求めた末に、最期はこうして、幻の中を踊らされ、目の届かない後ろから刺された。それも、理想の実現に向けて奔走した中で、重要な意味を担った少年に。このような結末では、これまでの人生が道化でなくて、一体何だというのだろう。

 四肢から力が抜けていく。どうやらこれまでのようだ。結局、何も為す事は出来なかった。魔術師はこれからも変わらず、魔術と縁の無い一般の人間社会から、距離を置き続けるのだろう。そう思うと、リオギノは胸に悔しさが込み上げる想いだった。

 ただ、不思議と後悔は無かった。静かな諦観だけを胸に、1人の野心家は瞼を閉じた。


 力の抜けた体からゆっくりと剣を引き抜き、相馬は倒れていく怨敵の姿を静かに見詰めた。

 結局、最後までその能力は推理し切れなかった。また今までと同じように躱されるかとも思っていたが、結果的に何とかなってしまった。やはり、不意打ちは有効だったようだ。敵の居場所さえ分からない状態では、どんな技を持っていても避けられはしないだろう。

 何はともあれ、こうして勝利を手にする事が出来たのだ。今はもう、これ以上あれこれと考える必要は無い。

 敵の頭は潰した。辺りの静寂から察するに、他の戦闘も終わったのだろう。犠牲は決して小さいものではなかったが、早期に敵を叩き潰せた事は、称賛に値するはずだ。戦いが長引けば、それだけ犠牲は大きくなっていたのだから。

(先生のおかげで、何とか勝てたな……)

 小走りで紳範に駆け寄り、彼から複写した魔術で治療を試みた。しかし、彼の体は既に温もりを失って行く最中だった。

「京目……先生……ッ!」

 師を救う事は、遂に叶わなかった。だが、友を守り、悪を倒し、より大きな悲劇を食い止める事は出来たのだ。矮小な自分には、それだけでも十分に大きな成果だったはずだ。そう自分に言い聞かせ、相馬は紳範の死を受け入れようとした。

 静かに頬を伝う涙を拭い、相馬は立ち上がった。いつまでも此処にいたところで、自分に出来る事はもう無い。生き残った者達と合流しなければならない。

 英雄の剣を魔力の塵へと還し、若き魔術師は1人の少年へと戻った。


 この未熟な少年には知る由も無い事だったが――やがて歴史の1ページに刻まれる事になる戦いは、まだ終わってはいなかった。むしろ、本当の物語はここから始まるのだ。

 やがて全てを焼き尽くす事になる紅蓮など露知らず、このとき少年の目は勝利の達成感に輝いていた。


To Be Continued.

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