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ファミリア・クロニクル  作者: 腐滅
the 10th step 「夢の終わり」
119/146

10-7

「なんだかなぁ。瑠依ちゃんの言う事は尤もだし、わたしもそう思うけど……ちょっとだけ納得行かない。それに、瑠依ちゃんも我慢しているみたいに見えるし」

 あっけらかんと言い放った由紀の一言に、瑠依は俯けた顔を上げる。

「我慢はするわよ。必要なら、ね。魔術なんて結局、戦う為のものなんだし……その相手が魔獣だろうと魔術師だろうと、同じ事よ。

 ……その辺、彩香はどうなの? 結構、さっぱりと割り切って戦っているように見えたけど」

 不意に質問を投げ掛けられ、いつになく口を閉ざしていた彩香は、苦虫を噛み潰したような顔をした。その辛苦は、ひとえに体の傷だけによるものではない。

 深々と溜め息を吐き、沈んだ顔を伏せる。何処か懺悔を思わせるかのような雰囲気で、彩香は口を開いた。

「私は、さ……無理な我慢もしてないし、そんなに嫌々戦っていた訳でもないよ。でも、それが正しいとも、あんまり思えないけど」

 まるで赦しを乞う罪人のような様子に、由紀は彼女らしくないという感想を抱いた。彩香にしろ、瑠依にしろ、普段の明るさがなりを潜めている。これでは彼女達らしくない。

 あるいは今まで、彼女達のそういった一面に触れていなかっただけなのかもしれない。

今まで由紀が知らなかったというだけで、こうした側面もまた、彼女達らしさなのだろうか。

 思えば由紀にも、友人にはあまり見せないような一面もある。自分の事を棚に上げていたのは、むしろ由紀の方なのかもしれない。


「我慢しないで済むなら、それに越した事は無いと思うけどねぇ……」

 ふと湧いた雑念を振り払い、由紀は率直な感想を述べた。その安直な言葉に、彩香はやれやれと溜め息を吐いてみせる。

「問題なのは、なんで我慢していないか、って事だよ。その辺は、瑠依のお察しの通り」

「私? 何か言った?」

 とぼけるでもなく、本当に彩香の言った事が分からないが故に、瑠依は端的に聞き返した。それを自分の口から言いたくなかった彩香は、その反応に苦い顔をする。

「……由紀も、見ていて気付いたかもしれないけどさ。冗談とかじゃなく、私って実は割とマジで発砲狂(トリガーハッピー)なんだよね。動く標的を相手に魔弾とか撃ってると、ホント愉しくなっちゃってさ。他の事を考えなくなるんだ。そうやって射撃を愉しんじゃうから、私は一々迷わなくて済んでるんだよ」

 思いの外、懺悔の言葉はすんなりと出て来た。その軽さは、他の誰よりも当の彩香にとって最も意外だった。口を開くまでは辛いが、一度口を開けば、言葉は自然と紡がれるもののようだ。

「だからさ。私は全然、立派な魔術師なんかじゃないよ。むしろ、立派な犯罪者に近いかもね。性根がアブないもん」

 戦場で迷いを持たない事は、確かに戦士としては立派な証なのだろう。しかし、人間は戦場に立っている場合であっても、戦士だけの存在ではない。

「それの何処が問題なの? 必要な事をストレス無くこなせるのなら、それだけで十分いい事じゃない。後ろめたく思う事なんて、何も無いわ」

 自嘲気味に笑う彩香に、瑠依は視線を落としていた。まるで、今は彩香の事を見たくはないと思っているかのように。

「いやいや、迷っている方がずっと人間らしいよ。私は人間失格寸前だよ」

「義務を遂行出来ない人の方が、よっぽど人間失格よ。あなたは何処にも問題無い」

 彩香を擁護する瑠依の声が、次第に熱を帯びてきた。厚い理性の氷が溶け、その奥に隠れていた感情が見え隠れする。


「――で。それでさっきから、強がっているみたいな雰囲気だったんだ、瑠依ちゃん?」

 その本音の片鱗(へんりん)を、由紀は見逃さなかった。これで、自分が感じた違和感の正体を突き止める事が出来た。

「わたしも他人の事言えないけどさ。瑠依ちゃんって結構、言ってる事とやってる事が矛盾しているよね。仲間の輪が大事、みたいな事言っておいて、クラスの子と仲良くしようとしてないし」

「……うるさいわね」

 痛いところを突かれ、瑠依は少しばかり顔を赤らめてそっぽを向いた。

 中々どうして、この隻眼の少女は、一見頭が悪いように見えて、こうも鋭い眼を持っているようだ。

「さっすが由紀、鋭い。やっぱり目の付けどころが違うなぁ。」

「まぁね。わたしの眼、1人で2人分働いちゃう頑張り屋さんだからねー」

 彩香の褒め言葉に便乗し、由紀はまたしても反応に困るような言葉を口にした。

「……自虐ネタにしては笑えないわ。不謹慎だからいい加減にして。――彩香も、何チャンスを与えちゃってるのよ? このコ、調子に乗るでしょ?」

「いやぁ、ゴメンゴメン。でも、今回のはサービスだから。もうしないし」

「……全く」

 さも呆れた表情で、瑠依は溜め息を吐いた。しかし、その顔は先程よりは幾分晴れやかだ。


「――話を戻すよ。瑠依ちゃん、戦場で非情になれって、まるで霧壱くんみたいな事言うけど、本音のところは違うよね? 嫌な気持ちもあるでしょ?」

 話題を戻し、由紀は如何にも優しそうな口調で尋ねた。しかし、やはりその本心は窺い知れない。

「本音よ。それは必要な事」

 さも迷いの無さそうな瑠依の回答に、由紀は隠しても無駄だと言わんばかりにかぶりを振る。

「あくまでも『必要な事』、でしょ? 頭で考えた事で、心で感じた事じゃないよね。どっちも本心って言えば本心だけど、それでも、瑠依ちゃんが我慢しているのは分かるよ」

 何処か要点をはぐらかしたような口調で、由紀は図星を突く。

「それって絶対、『本当にしたい事』じゃないもん。必要なのは分かるけど、瑠依ちゃん、大分無理してない?」

「……何でもお見通し、って訳ね」

 観念したように、瑠依はそれまで隠していた胸の内を吐露した。しかし、その表情には、罪人のような後ろめたさはもう無い。むしろ、自分の弱い本音を晒す事が出来たからか、肩の荷を降ろしたような清涼さがある。

「まぁね。なんたってわたしの眼は――」

「必要な事だから、やらなきゃいけない事に変わりは無いわ。だから、それをちゃんと出来る人に、私は何も言えない」

 自身の甘さを噛み締めるように、瑠依は滔々と語り出す。そのついでとばかりに、由紀の不謹慎なジョークを寸前で遮った。あるいは、こちらの方が主要な目的だったのかもしれないが。


 普段の落ち着いた雰囲気は辛うじて保たれているものの、今の瑠依は普段と比べて感傷的で気が小さい。その意外な様子に、彩香は些か面食らっていた。

「……正直、少しだけ彩香が羨ましい」

「……えー。瑠依、それはちょっと話が突飛過ぎない?」

 何処か自分を恥じるような顔で、彩香は困った顔を瑠依に向ける。2人を横目に見守る由紀にも、今の瑠依の一言は理解出来なかった。

「愉しんでいるのだとしても、やるべき事をやっている事には変わりないわ。そもそも、戦いを愉しんじゃ駄目、なんてちっとも思ってないし」

「いやいや、だからってさ……」

 要するに瑠依は、必要とされる事さえこなせれば、その事に向かう姿勢や他の側面はあまり気にしないという事だ。

 当の彩香が、対人戦の後でどのような想いを抱いているのか、まるで知りもせずに。

「……私は逆に、瑠依のそういうトコロは好きだなぁ。冷たそうにしてる割に、意外と中身はピュアで優しいんだね」

 いつものように悪態を返す事もせず、瑠依は彩香の言葉を静かに聞いていた。些か気恥ずかしかったというのもあるだろうが、純粋に、彩香が何を思っているのか、聞きたかったのだ。

「私は逆だな。いつもは温厚なつもりでいるんだけどね、魔術戦になると、ついはしゃいじゃって。魔弾を撃つのが愉しくて仕方ないんだよね。それで、相手の事を考えるのを忘れちゃう。今回はそれがいい方向に転んだけどさ。やっぱり性根は発砲狂(トリガーハッピー)ですよ。

 ……最低だよね、私。犯罪者予備軍とか思われても、全然反論出来ない」

 彩香もまた、瑠依に続いて胸の内を明かした。優しい懺悔を交わし、少女達は自嘲気味に微笑む。

「――由紀はどうなの、その辺?」

 自分の懺悔に一段落付けた彩香が、由紀にも告白を促した。今度は自分に白羽の矢が立つと予想していなかった由紀は、素っ頓狂な声を上げる。

「ふぇっ? 今度はわたしのターン?」

「当たり前でしょ。逃げられると思って?」

 念を押すように、瑠依がいつもの鋭利な口調で逃げ道を塞いだ。突然八方塞がりな状況に陥った由紀は、慌てふためいて言葉を濁す。

「わたしは……表裏無いよ。そのまんま。自分にも他人にも、嘘吐かないし」

 飄々と語る由紀には、確かに嘘を吐いているような様子は見受けられなかった。

「……ま、それもそうか」

「いい事ね、正直なのは」

 しみじみと言葉を紡ぎながら、2人は呆れたように微笑む。由紀は何処か悪趣味な嫌いもあり、冗談は悪態にも近いが、その本性は何処までも純粋で素直だ。あるいはその時点で、黒い表面と白い内面とに分かれているとも言えるのかもしれないが。

「なんだかんだいっていいコだなぁ、由紀は。誰かさんとは大違いだ」

 さも得心したように、彩香が笑顔で頷く。

「そうね。誰かさんとは違って」

 瑠依もまた、如何にも大人しそうな微笑を湛えて呟いた。普段なら互いを詰っているだけの言葉も、今は自省の言葉として響いているのかもしれない。


 気が付けば、木々の生い茂る山々が視界を埋め尽くすようになっていた。直に街の外に出る。森の中に入っていけば、そこから先は一先ず安全だ。

(……相馬くんは、どういう気持ちで戦ってるんだろう?)

 一歩一歩しっかりと地面を踏み締めながら、由紀は今も何処かで戦っているであろう友人に想いを馳せた。

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