10-4
グリフォン型モンスター“ルシファー”の背から飛び降り、着地と同時に相馬は剣を振るった。真下にいた魔術師はそれを回避したものの、横から放たれた魔弾にすぐさま蜂の巣にされる。
撃ったのは、ラシタンコークの職員と思しき魔術師だった。テロ組織の魔術師との戦闘の真っ只中にいたのだ。相馬はそこに割って入った形になる。
今斃れたのが、残っていた最後の敵だったようだ。また、最後の敵に止めを刺した職員の他には、敵味方双方を含めて生き残っている魔術師はいない。そして、彼もまた満身創痍だ。
辺りは破壊され尽くし、幾つもの骸が転がっていた。この景色だけで十分、ここで起きた魔術戦の熾烈さを物語って余りある。
この惨状は、相馬が今まで見た事の無い光景だった。魔術師同士の集団戦がどのようなものであるか、相馬はまざまざと見せ付けられた思いがした。学校での実践模擬戦闘は勿論、レオ・ハイキョウサの剣を狙ってやって来た魔術師達との戦闘も、これほど激しいものではなかった。あれらは精々、1対1か、多くても戦場には5人程度しか居なかった。
最初に学校で起きた戦闘でも、ここまで被害は酷くなかった。敵が多かったが、そのほとんどが貧弱な低級モンスターだったからだ。
しかし、今回は違う。敵には一流の魔術師が大勢居る。その上、彼らは皆『骸縛霊装』などという代物を扱うのだ。彼らの行う破壊の規模は推し量り様もない。平穏な街並みも、ものの数秒で屍山血河へと変わる。
その凄まじさは、相馬もよく知っている。実際に戦っただけではない。あの機器の雛型となったものは、相馬の持つコピー能力と、それを活用したレオの剣の制御なのだ。今となっては、それがどれほど強大なものなのか、痛い程よく分かる。
郷愁や迷いを振り払うように、相馬は走り出した。
戦闘が終わっている以上、此処には用が無い。人手を必要としている戦場に赴いて初めて、 相馬の力は意味を持つ。
それに――相馬は思う。
討たねばならない最大の敵は、組織を統括しているリオギノ・シウイセなる人物だ。彼が一連の事件の黒幕であり、倒すべき最大の悪である。彼を倒さない限り、恐らくまた今回と同様の事件が、あるいは更に悲惨な事件が起こる。それだけは阻止しなければならない。
灼熱のような義憤に心を燃やし、相馬は剣を強く握り締めた。
(こっちから、強い魔力を感じる……! しかも複数。これは魔術戦だな)
疾風の如く駆け抜けながら、相馬は感じ取った魔力の激突から戦場の大凡の位置を察した。方角はこの方向で合っている。詳細は、近付けば目や耳で分かるはずだ。今は、とにかく走るしかない。
やがて相馬の目に、燃え盛る烈火と、崩壊した廃墟とが映った。そして、炎と瓦礫の間に転がる、命無き魔術師達の姿も。ここで今も尚続いている魔術戦は、よほど熾烈極まるもののようだ。
(何処だ……? 敵は何処に居る!?)
辺りを見渡しながら、相馬は同時に、自らの魔力感知能力を最大限に働かせた。そうして見付かったのは、たった1人屹立している1人の男だけだった。
初老に差し掛かっている頃と思しき風貌。戦場にいる為に面持ちは厳しいものの、それでも尚礼儀正しい印象を与える人物。決して悪人には見えず、むしろ善人の風格を印象付けるような出で立ちだ。外見から察するに、西洋系の血筋だと思われる。
しかし、そのような見た目に反してこの男が倒すべき敵である事を、相馬は人目で悟った。傷付いたラシタンコークの職員である魔術師がその男に止めを刺される、まさにその瞬間を目撃したからだ。
魔力の強さから考えても、この男がリオギノ・シウイセである可能性は高い。少なくともリオギノの仲間、テログループの一味である事は確実だ。ラシタンコークの職員は勿論、連合に所属する身でもない。
剣を握り直す相馬の横から、か細い声が幽かに響く。
「園蒙間君か……」
聞き覚えのある声を耳にし、相馬は驚いて振り返った。そこにいたのは、血だらけになって倒れている京目紳範だった。
「京目先生……? だ、大丈夫ですか!?」
知己の声に思わず振り返り、敵から目を逸らしてしまった。慌てて謎の男に視線を戻し、相馬は紳範の下へ駆け寄る。傷付いた紳範を気に掛けながらも、いつ攻撃して来るか分からない人物から意識を逸らすような真似はしない。
「……すぐにまた参戦するのは厳しいが……なんとか手助けは出来る、といったところか。もう、なんとなく予想はついていると思うが……あの男が、リオギノ・シウイセだ。これから犯行声明を上げるところだと……言っていた」
戦う前に最低限知っておかなければならない事だと判断したのだろう。紳範は咳き込んで血を吐きながらも、懸命に言葉を紡いだ。
「……それだけ聞けば十分です。奴は俺が倒します。先生は休んでいて下さい」
そう言って、相馬は紳範から離れた。近くにいては、戦いに巻き込む事になる。本来なら頼りになる存在であっても、怪我人ならば話は別だ。
(コイツか……!)
剥き出しの怒りを双眸に湛え、相馬は剣を構えて慎重に足を運んだ。敵の能力は不明。まずは向こうの出方を窺うか、あるいは自分から仕掛けるか。
リオギノもまた、相馬の隙を窺いながら足を運ぶ。互いに位置をずらし合い、2人の歩いた軌跡が円を描き始める。
これ以上睨み合いを続けていても埒が明かない。乾坤一擲、相馬は敵の懐へと切り込むべく、地を蹴って走り出した。リオギノもまた、迎撃の構えを取る。
退こうとしないところを見るに、リオギノは少なくとも遠距離型ではないようだ。武器を持っていない事から、霧壱のように徒手空拳によって戦う魔術師だとも考えられる。
力強く大地を踏み抜き、横薙ぎに剣の一閃を放つ。先制は相馬が仕掛けた。
しかし、剣を握る相馬の腕は途中で止まる。相馬の動きを完全に見切ったリオギノが、カウンターの要領で手を出し、相馬の剣を押さえ込んでいた。続けて、靄のような妖気を帯びた貫手が繰り出される。寸前で躱したものの、魔力で出来た靄が相馬の体を掠めた。一先ず、初撃はリオギノの勝ちだ。
逆に先手を取られた相馬は、回避した勢いそのままに一度後ろに下がった。ここに来て相馬は、紳範からリオギノの魔力特性や戦法について聞いておけばよかったと後悔する。とはいえ、あの場合はいつリオギノが仕掛けて来るか分からなかった以上、なるべく早く紳範から離れる方が先決だった事には変わりない。また、紳範も満身創痍だった以上、下手に喋らせると命に関わっていたかもしれない。
立ち止まって剣を構え直した相馬は、リオギノが魔弾を放とうと構えているところを目撃した。敵の虚を突く事でその効果を最大限に発揮する“逆流の渦”をここで明かしてしまうのは些か勿体無い気もしたが、しかし好機である事には変わりない。相馬は“逆流の渦”の用意をした。
その瞬間、相馬は背後から殺気を感じて飛び退いた。前方には既に魔弾を放とうとしていたリオギノの姿は無く、彼は相馬の背後に回り、再び靄を帯びた貫手を繰り出していた。
(しまった……幻惑か!)
敵の虚を突こうと思った端から、自分の方が先に虚を突かれてしまった。歯噛みする相馬に、至近距離から放たれたリオギノの魔弾が迫る。その射撃の瞬間が、先程見せられた幻影と重なる。
“逆流の渦”の発動が間に合わず、相馬は剣で魔弾を斬る事でそれを防いだ。尤も、今の魔弾は威力も小さく、跳ね返すには物足りない攻撃だった為、切り札を秘め置くには好都合だったかもしれない。
魔弾に気を取られていた相馬は、リオギノの姿を見失ってしまった事に遅れながらも気が付いた。人間の目、あるいは意識は、動くものを追うように出来ている。移動したのであれば、少なくとも動いた方向くらいは分かるはずだ。どれほど速くとも、今の相馬が完全に見失うという事は無い。
視界が陰り、相馬は上に何かがある事に気付く。見上げれば、そこにはリオギノの姿があった。影を作っていたのは、相馬の真上へと跳躍したリオギノだった。見上げた姿勢のまま、相馬は迎撃の構えを取る。
直後、またしてもリオギノの姿が消失した。驚愕する相馬を、横からの衝撃が襲う。
(な……また幻術かよ! 案外セコい奴だな、畜生!)
吹き飛ばされて宙を舞いながら、相馬は横から自分を殴り飛ばしたリオギノの姿を見る。
上方から仕掛けようとしたリオギノの姿は、またしても幻影だったようだ。確かに、この場合において、上からの攻撃はかえって不利だ。空中では身動きが取れず、地上を自在に平面移動出来る相馬に地の利がある。高い場所が有利であるとは、一概には言えない。
レオ・ハイキョウサの剣から強大な魔力を得ているとはいえ、それでもリオギノは一筋縄では行かない。相馬は、この死闘はこれまでにない程壮絶なものになると直感した。