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ファミリア・クロニクル  作者: 腐滅
the 10th step 「夢の終わり」
115/146

10-3

 燦々(さんさん)と輝く灼熱の炎が、大気を蝕む漆黒の瘴気を焼き尽くす。その光は大地に恵みをもたらす太陽が如く。さながら夜闇を掻き消す暁のように、その炎は暗黒の魔力を喰らい尽くしていった。

 墨汁のような色を湛えた霧が晴れ、視界が明瞭になった。安瀬雲(あぜくも)稲門(いなもん)は、再び上空に佇む敵の巨体を見据える。

 噂に聞き及ぶ、唐津(からつ)カデチダケの誇る最強のモンスター“ヒュドラ”。その威容はまさに邪神というより他に形容しようがない。雲のように空に浮かぶ巨大な眼球とそれを守護する大蛇は、不気味という言葉では表し切れない異形だ。

 1つの眼が開いた漆黒の球体が、心臓のように不気味に鼓動して魔力を編み込む。術者から遠隔供給された魔力を受け、自らの分身たる蛇を次々と産み落としていく。無限に増殖するマネキンのような人型モンスター“ムゥ”とも相まって、物量だけでも十分に厄介な相手だ。焼き尽くすにしろ、こうも数が多いと手が足りない。

「君達は蛇と影を頼む。私はあの目玉と大蛇を潰す」

「了解」

 魔術師連合の部下やラシタンコークの職員に雑兵の処理を任せ、稲門は跳躍してビルの屋上に立った。1つ目の黒い球体と、目線の高さが揃う。

「どうせ見ているのだろう、唐津カデチダケ。この化け物を倒したら直ぐに君自身の所にも向かうから、それまで待っていろ」

 迫り来る大蛇の顎門(あぎと)を物ともせず、稲門は憤然と言ってのけた。かの悪名高い魔術師ではあるが、その命運もここまでだと言わんばかりだ。


 大蛇の牙が稲門を捉えるも、稲門の体は光の粒となって消える。大蛇の牙からは、月光のような光の粒が砕けては散っていく。幻想的な自身の口から零れ出す光の残滓に、大蛇の眼が混乱する。

(――クソッ、幻術かよ! 本物は何処にいやがる?)

 巨大な眼球と視界を共有しているカデチダケは、大蛇の攻撃を躱されたと知って舌打ちした。彼の仕入れて置いた情報の通り、専門ではないとはいえ、稲門は幻術の心得も幾らか持ち合わせているようだ。


 歴戦の怪物使いと言えど、敵の姿を見失った以上は攻撃出来ない。その死角を突き、稲門は黒い球体の背後に躍り出た。太陽の化身かと見紛うような特大の炎弾を放ち、聖なる炎で邪悪な眼球を焼き潰す。

 被弾した手応えから攻撃の方向を察知したカデチダケは、“ヒュドラ”の本体を反転させると共に大蛇の鎌首をもたげさせようとした。だが、稲門は既にその先を行っていた。

 本体はカデチダケの思い通りに反転し、視界に再び稲門の姿を捉える。しかし、大蛇は術者の思い通りに動いてはくれない。モンスター生成の魔術を発動させた術者としての魔力感知で探ると、幻想的な光を放つ霧に包まれた大蛇はその動きを封じられている事がカデチダケは分かった。

 安瀬雲稲門の放つ、月のように優しく柔らかい光の魔術。それは防御や幻惑に留まらず、他の魔術の効果を鎮静させる作用まである。月光の霧に包まれた闇の大蛇は、まるで毒性の強い花粉を吸い込んで体が麻痺したかのように、動きが鈍くなっている。術者であるカデチダケの操作を受け付けず、その場で氷のように硬直するばかりだ。

 尤も、カデチダケに余分な魔力が残っていれば、この束縛にも似た鎮静効果を力尽くで振り払う事も可能だっただろう。しかし、度重なる“ヒュドラ”と“ムゥ”の猛攻による消耗が蓄積し、現在カデチダケは魔術効果を発現しているモンスターの維持と、多少の技の発動程度しか行えないでいる。“ヒュドラ”の持つ攻撃魔術を行使するのならまだしも、モンスターに課された戒めを解くには力が足りない。

 この狂気の魔術師は、今になってようやくその事に気が付いた。


(次の一発が勝負かよ……畜生めぇ!)

 カデチダケは舌打ちして大蛇の操作を諦め、意識を“ヒュドラ”本体へと集中させた。視界の中央に標的を見据え、漆黒の光線を放つべく魔力を巨大な瞳に充填させる。

 対峙する稲門もまた、次の一撃で決着がつくと確信していた。魔力の昂りからして、カデチダケは“ヒュドラ”に大きな攻撃魔術を使わせようとしている。奇しくも、稲門もまた大技を叩き込むべく隙を作り、魔力を編み込んでいたところだ。

 幻惑魔術によって作り出した隙は、既に半分ほど効果を失ってしまっている。だが、それでも完全に効果が切れた訳では無い。反撃の用意はされているが、最も厄介だった大蛇という防御札は剥がしてある。そして、撃ち合いで後れを取る稲門ではない。

“ヒュドラ”の眼球の前で、漆黒の魔力が邪悪な輝きを放って圧縮される。自然本来の現象としては在り得ない黒い光が、発射の刻を待つ弾丸として高密度の塊となった。黒い球体に開いた眼の中央、瞳が銃口としての機能を担っているようだ。

 対する稲門もまた、自らの切り札を切るべく魔力を編み込んでいる。正面から魔術をぶつけ合うにせよ、愚直な力と技だけでなく知略をも織り交ぜるにせよ、このような賊に敗れるつもりは毛頭無い。

 稲門の右手に、優しく柔らかい、幻想的な青白い光が灯る。そして左手には、熱く激しい、情熱的な紅蓮の光が灯る。

 神に祈りを捧げるかの如く、稲門は両手を合わせた。慈悲と断罪、相反する2つの力が1つに重なる。

「ひゃはははは! ぶっ殺してやらァ!」

 離れた場所にいるカデチダケが叫ぶと同時に、“ヒュドラ”の瞳から漆黒の光線が迸った。視界に入った命を見境無く摘み取っていく邪神がもたらす、終末の光だ。

 合掌した姿勢のまま、稲門は左に跳んだ。しかし“ヒュドラ”の光線は太く、その程度の移動で回避し切れる大きさではない。射線の中心からは逃れたが、まだまだ被弾範囲に入っている。彼我の速度と距離から考えても、身体強化の魔術を行使したところで回避は不可能だ。

 しかしこの場合は、中心から逸れただけで十分である。

 重ねていた両の掌を、2つの相反する光を離す。狙いは“ヒュドラ”の放った漆黒の光線の下側。敵の魔術の破壊力が100パーセント活かされるベクトルではなく、かつこちらの魔術はその力を十全に発揮出来る位置取り。光線を下から弾きながら、滑り込ませるようにして眼球本体を撃ち抜ける、絶好の攻撃位置。

 両手を前に出し、稲門は叫ぶ。その手に灯った2つの光が折り重なり、ひとつの影が生まれる。

「“奇跡の(ザ・パーフェクト・)一瞬(エクリプス)”」

 漆黒の影から迸る、一筋の純白の光。稲門の魔術は術者の狙いを寸分違わず撃ち抜き、穂を刈り取るように漆黒の光線を潜り抜けた。斜め下からの衝撃に威力を削り取られ軌道を押し上げられた光線は、たったひとつの命を呑み込む事さえ出来ずに虚しく空を切る。

 対して稲門の放った白い光線は、邪神の放った黒い光を貫き、その先に待つ邪神の本体を穿った。直撃から程無くしてその巨体が爆散し、その分身である大蛇と無数の小さな蛇も消滅する。

 これで、“ムゥ”と、唐津カデチダケ本人を残すのみとなった。


「うわあぁぁぁ! め、目が……目がぁ! ぬぅおぉぉぉ……! 畜生めぇぇぇ!」

 誰もいない廃屋で、カデチダケは1人悶絶していた。

 “ヒュドラ”と視界を共有していた彼は、先の攻撃によって、モンスターの目を通して自らの目もまた眩い光に灼かれたのである。強烈な光に目を眩まされ、暫くは目を開く事もままならない。

「はぁ……はぁ……。くそぉ……ちくしょぉ……」

 無様に床の上を転がるカデチダケだったが、彼にはそのようにのたうち回る暇などはなかった。一時的な失明よりも深刻な被害が、カデチダケには2つもあった。

 1つは、自らの魔力を総動員して操作していたモンスターを破壊された事による反動。操作していたモンスターが破壊された時、そのモンスターに費やしていた魔力が多い程、術者に跳ね返って来る反動もまた大きくなる。

 当然ながら、カデチダケは切り札である“ヒュドラ”に莫大な魔力を注ぎ込んでいた。今、彼の体は盛大な虚脱感に襲われている。

 もう1つ、無視出来ない問題が彼にはあった。体を満たしていた薬の効果が途切れ、その喪失感に全身の細胞が蝕まれているのである。筋肉から血管、神経に至るまで、彼の体を構成する全てが禁断の快楽を求めていていた。

 闇の中で苦痛にのたうち回りながら、カデチダケは終焉の宣告を聞く。

「――居たぞ! 唐津カデチダケだ! こっちに居る!」

 残存する魔力も無く、新たなモンスターを生成して抵抗する事も出来ない。“ムゥ”での防御にも、当然ながら限界がある。魔術を行使する為の魔力が十分に残っていない以上、左手の『骸縛霊装(シャーマン・クロス)』はただの装飾品に過ぎない。

 世に悪名を響かせた怪物使いの命運も、ここで遂に尽きた。

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