10-2
素直に自分の非を認める生徒に満足し、己義悌は血糊の着いた鎖鎌を魔力の塵に還した。
その手の中で、今まで鎖鎌を形作っていた魔力が別の形へと編み込まれ、2振りの剣が形を成す。
「でも、人間は前しか見えないように出来ているからね。馬や牛とは違って、周りをよく見られない。――だから、仲間と協力するんだよ」
その両手に剣を携え、己義悌はゆっくりと前へ足を運ぶ。口先は何処か飄々としてさえいるようでいて、迸る殺気は揺るがない。
「1人では死角になる部分も、仲間がそれを補って助けてくれる。まあ、人に限らず、道具でも別にいいけれどね」
「そんなものは、ただの妥協だ。強くなる事を諦めているだけに過ぎない」
己義悌の弁舌を、霧壱は怒りすら混じった強い語気で遮った。そんな借り物の力は、霧壱の信じる“自分の力”などでは決してなかった。霧壱にとって、力とは、自分自身の才能と努力によってのみ生まれるものだからだ。
だが、そんな霧壱の反論は、己義悌にとっては実に下らないものらしい。さも聞き飽きた戯言だとばかりに肩を竦めてみせている。
「君は、その辺を履き違えている。仲間と協力する事こそ、人間が持つ最も強力で、そして最も人間らしい力なんだよ」
「すぐに他人を見下す、アンタがそれを言うのか? 笑わせるな」
激昂と共に霧壱が地を蹴り、己義悌もまた疾走する。幾ら言葉を並べても分かり合えないとばかりに、再度武器と拳とが交錯する。
左右の剣が交互に振るわれる。霧壱はそれを躱しながら、慎重に反撃の機を窺う。
「俺は知っているぞ。アンタは確かに、生徒の中で俺を特別視しているな。優秀で、見込みがあると。
――その反面、成績の悪い生徒や、神学科の生徒には目もくれないような、徹底した能力主義者で差別主義者らしいじゃないか。助け合いの精神とやらはどうした?」
剣の柄を左の掌底で弾き、横薙ぎに手刀を払う。盾としてかざされた己義悌の剣を、霧壱の右手に圧縮された魔力が打ち砕いた。
刃を持つ方向から打っても、逆に斬られるだけだ。だが、刃を持たない部分、横からの攻撃に対しては、その構造上、剣は非常に脆い。
「それが絶対に悪い事だとまでは、俺は思わない。だが、そんな奴が協力だとか協調だとかほざいたところで、ただの詭弁にしか聞こえない!」
残る片方の剣で牽制しながら、己義悌は距離を取るべく後ろに下がる。無論、霧壱は間合いを開けさせる気など無い。彼我の攻撃のからして、間合いを開けるメリットは霧壱には全く無い。逆に、間合いを詰めるメリットはある。
無論、それが分からない己義悌ではない。すぐさま次の得物を生成して近接戦を続ける事も出来たが、彼には他にも手がある。このまま格闘を続けようとはせずに、最低限の牽制だけを行い、間合いを開ける機を窺っていた。
「私に差別主義者のようなところがあるのは、まぁ認めよう。
その上で言わせてもらうが――仲間と協力する為にはまず、その前提として個人の能力が必要だ。協力し合う時には、能力が同じくらいの者同士で固まった方がいい。で、私は個々の能力の低い集団には興味が無い。……大体分かってくれたかな?」
己義悌は手にした剣の形状をブーメランのような形に変化させると、その刃を投げ付けた。その軌道を読み、霧壱は難なくそれを躱す。
無論、今度は後ろから来る攻撃にも注意を向けている。ブーメランは放たれて終わりではなく、主の元に帰って来るのだ。その際、標的は再び狙われる事になる。通常の物理運動ならまだしも、あの武器には己義悌の魔力が通っている。そこまで自由自在という訳では無いが、ある程度は己義悌の意思によって軌道が修正される。後ろから狙われていると思った方がいい。
「……反吐が出る」
後方から飛来した刃を一瞬だけ目視で捉え、魔力感知で位置と軌道を特定して回避する。
霧壱がブーメランの投擲を躱すと同時に、己義悌はその手に持った巨大なを振りかぶっていた。新たに魔力を編み込み、打撃武器を生成していたのだ。
紙一重で振り下ろされた打撃を避け、霧壱は驚異的な瞬発力で地を蹴った。しかし、神速の拳は標的を穿たずに阻まれる。霧壱と己義悌の間に、城壁のような盾が出現していた。
徒に壁を乗り越えたり横から侵入したりすれば、さながらモグラ叩きの如く、その瞬間を鉄槌に狙われる。霧壱は歯噛みし、止むを得ずに一度己義悌から距離を取った。
「自分だけの力で戦おうとするのは、魔術師としても不十分だ。……これ以上闇雲に魔術を使いたくはなかったけれど――今から、それを見せてあげよう」
塵へと還っていく城壁の向こうで、更に後退していた己義悌が不敵に笑っている。その左手首に巻かれた腕輪に魔力が集まり、己義悌の魔力に変化が生じる。
「使えるものは何でも使う。そうする事で、自分1人だけでは見えなかったものが見えてくる。その辺を、君はもっと知るべきだ。そうする事で、君はまた成長する」
変化していたのは、己義悌の魔力そのものではなかった。己義悌の魔力に、別の魔力が重なっていく。1人の体に2人分の魔力が宿っているような、なんとも不気味な感覚だ。
己義悌の口振りと自分の感覚を頼りに考えるならば、あの『骸縛霊装』という機器は、他人の魔力を自在に扱えるようにする為の装置なのだろう。
加えて、2人分の魔力をその身に纏う事で、持久力や攻撃力といった単純な能力も上昇するとも考えられる。実際、先程戦った白いコートの魔術師も、今目の前にいる己義悌も、戦場で対面して感じられる魔力が、より濃く、より大きなものになっている。これは決して、気のせいなどではない。
それは丁度、霧壱の嫌う園蒙間相馬の特性や戦法に似ていた。
「私の魔術は武器の生成。そして、この『骸縛霊装』に入っている魔術は“念動力”。直接には手を触れずに、遠くにある物を動かす力だ」
『骸縛霊装』の起動によって発せられた、尋常ではない異質な魔力。不意打ちであったとはいえ、4人もの魔術師を相手にほとんど傷を負わなかった秘密が明かされる。
「私はこの力を手に入れた事で、今まで以上に自分の力を活かせるようになったよ」
己義悌の背後に、幾本もの無骨な杭が出現する。10本以上も浮かんでいたその数は、次第に20、30とその数を増やしていった。
「仲間にしろ、道具にしろ――自分以外の何かが、自分をより自分らしくしてくれるのさ」
矢衾の如く並んだ、鋭い殺傷力の塊。およそ30本もの杭が、弓で射たれたかの如く一斉に発射された。