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ファミリア・クロニクル  作者: 腐滅
the 9th step 「超越」
108/146

9-8

「慈良……。お前も俺と同じで、他人の魔力をコピーする能力を持っているな? お前が使っている3つの属性も、移植した他の魔術師の細胞からコピーしたものなんだろう?」

 構えた剣の切っ先を敵に据え、相馬は湧き起る不快感を隠そうともせずに言った。それは質問という形式だったが、相馬は内心では既に確信していた。他に、これらの疑問を芋蔓式に解いていくような辻褄の合った解釈を、相馬は考える事が出来なかった。

 相馬の問いに、尚睦は何ら気負う風も無く笑って答える。

「その通りだよ、相馬君。

 つまり、僕らは同じ能力(ちから)を持って生まれた、言わば同志っていう訳さ。仲間が見付かって嬉しいよ、相馬君。君もそうだろう?」

 そう言って、尚睦は馴れ馴れしく笑い掛けた。その心の底から自分の事を仲間か何かだと思っているような様子に、相馬は吐き気にも近い拒否感を覚える。

「いいや。むしろ反吐が出るね。テメェみたいなクソ野郎に同類だと思われると」

 少なくとも表面上は友好の意を示している尚睦とは対照的に、相馬は心底嫌悪感を抱いていた。当然その事を隠そうとはせず、堂々と敵意を剥き出しにしている。

「やれやれ。心が狭いなぁ。

 それとも何? 君は仲間よりも大切なものがあるって言うのかい?」

 字面通り受け取れば、それは正論のように聞こえるだろう。しかし、それを口にした人物と状況は、余りにも相応しくなくないものだ。

 その事に気付いていないのか、尚睦は心底呆れたような表情だった。その他人の心情をまるで解していないかに見える様子に、相馬はそれぞれ呆れと怒りを抱く。

「……その台詞は、むしろテメェが噛み締めるべきなんじゃねぇのか?」

 話の噛み合わない尚睦に、相馬は苛立ちを露にして吐き捨てた。

 この少年には常識というものが通用しないのだろうかと、相馬は内心溜め息を吐く。ここまで来ると、次第に怒りよりも呆れの方が強くなって来るというものだ。しかし、相馬の尚睦に対する怒りは依然として熱く、深い。

「やれやれ。仲間が出来ても嬉しくない、と。薄情だねぇ。

 ――ああ、そうか。自分が特別じゃなくなるのが嫌なのか。自分と同じ能力(ちから)を持っている人が自分以外にも出てきちゃったら、もう自分はあんまり特別っぽくなくなるもんね?」

「1人で勝手に話を進めてんじゃねぇよ」

 次第に、相馬は戦闘による体力面以外の部分でも、疲労を感じ始めて来ていた。この少年の会話の相手をするのは、何処ぞの隻眼の少女を相手にするよりも骨が折れる。

(……全く。ウゼぇ事この上ないな、コイツ。この口、裂いてやりてぇぜ)

 先程の尚睦の台詞は、相馬にとっては的外れだと思うものだった。相馬は単純に、尚睦個人の事が嫌いなのだ。そして、尚睦の発言が的外れと相馬が思う理由はもうひとつある。

 わざわざ口には出さなかったが、尚睦の皮肉めいた指摘は自分には当てはまらないと、相馬は思った。相馬が周りから特別視される事を喜ぶような人間であれば、中学時代や最近の学校生活は、相馬にとって楽しくて仕方がないものになっていたはずである。しかし、実際はそうではなかった。

「ベラベラとどうでもいい事を抜かしやがって。休憩時間じゃねぇぞ」

 剣の切っ先を真っ直ぐに向けて凄味を利かせる相馬に、尚睦は肩を竦める仕草をしてみせる。

「はいはい。そんなに遊びたいなら、さっさと再開しようか」

 身体が衣服に隠れていない部分が多い所為だろうか、魔力の脈動をよりはっきりと感じる。移植された3つの異なる筋肉の内の1つから、尚睦本来の肉体とは異なる魔力が放たれているのを、相馬ははっきりと感じ取った。

 尚睦の掌から純白の冷気が迸り、魔力を手繰るその手の内に1本の氷柱が形を成す。相馬が今し方魔力の躍動を感じ取った部位は、元は氷使いの魔術師の肉体だったようだ。

 魔力を編み込んで生成した氷柱を握ると、尚睦はそれを剣のように振り、鋭い音を立てて空を切った。素振りの軌跡には、一筋の冷気が白い弧が描かれる。その氷柱は、さながら氷の剣のようだった。

「もう少し、かな? ……よし、準備OK! じゃあ行くよ、相馬君」

 尚睦の手にする氷柱に更なる魔力が伝わり、ただの細長い氷の塊に過ぎなかったそれが、次第に形を変えていった。やがてその氷の塊は、紛う事無き1振りの剣と化した。

 互いの位置取りを鑑みて、尚睦は刀を拾う事は不可能だと判断したようだ。そこで、自らの魔力を編み込んで武器を作り出したと見える。他の魔術師の肉体を移植していなければ、レオの剣のような聖遺物を他に持っていない相馬には、とても真似出来ない芸当だ。技術こそあれども、それを活かすだけの装備が無い。肉体の移植というのは、この複写能力を活用する上では、最も理に適った策なのかもしれない。

 再び互いに武器を取り合い、切っ先の向こうに討つべき敵を見据えて対峙する。

「……今度こそブッタ斬ってやるぜ、このゲス野郎」

「君こそ、レオの剣があるからって油断しない方がいいよ? 条件は一緒なんだからさ」

 2人は同時に地面を蹴り、互いの刃をぶつけ合った。剣が振るわれる度に空気が裂かれ、無数に走る斬撃の軌跡が折り重なって網目を描く。

 斬り結び合う中で、相馬は相手の魔術に舌を巻いた。先より扱う得物の質が劣っている分、氷の剣による斬撃は尚睦の用意していた刀よりも軽く、遅いものと思って侮っていた。しかし実際、これも中々どうして大層な剣だ。その強度もさる事ながら、攻撃の凄まじさは、尚睦が使っていた刀に劣るところがないように思われる。

 だが、驚くべきところはそれだけではない。むしろ、その剣の持つ特異性にこそあった。

 氷の剣が相当な強度を誇っているというのは、文字通りの意味ではない。氷の剣はレオの剣と刀身をぶつけ合う度、その刃先を削られている。斬撃の網に(すなど)られ、幾つかの氷の破片が2人の周囲を舞っていた。

 しかし、その刀身はあくまで魔力で編まれた氷である。いくら刀身が欠けようとも、魔力を注ぎこまれれば、その氷柱は再び完全な姿に戻る。刃毀(こぼ)れを起こしたところで、次の瞬間には、傷口が癒えるが如く欠けた部分が修復している。

 剣の衝突から次の衝突まで、間断はほんの一瞬も無い。瞬きを1回する間に、一体何回剣が振るわれているだろうか。その速さに突き放される事無く、刀身の再生もまた驚異的な速さで行われている。そもそも剣の損傷が小さい為、修復に大した魔力も時間も必要としないのだ。これがもっと大きな損傷であれば、詰め将棋の要領で追い込み、相手の武器を破壊出来るかもしれない。だが、氷塊の再生力を上回る破壊力を揮うのは、中々厳しいところがった。


 相馬は迫る氷の白刃を紙一重で躱し、英雄の剣を横薙ぎに払った。振り戻された氷の剣が、レオの剣を阻む。

(面倒だな、この剣……!)

 自分の攻撃を阻んだ相手の得物に、相馬は内心舌打ちをした。

 互いの刀身が接触している時間を極力短くする為に、相馬は打ち合いの後直ぐに地面を蹴って後方に飛んだ。しかし氷柱で出来た剣から発せられた冷気は、それ自体が意思を持っているかのようにレオの剣の刀身を追尾する。まるで一種の呪いのようだ。

 構えを直した相馬の視界の中心で、垂直に立てられたレオの剣の刀身が凍て付いていく。ねっとりと絡み付く魔の冷気によって、刀身の表面が氷で覆われているのだ。

 この程度の小細工など、所詮は決定的な効果はもたらさない、極めて地味な副次効果に過ぎない。とはいえ、効果が蓄積した場合は非常に厄介な事になる。もし刃先を全て氷で覆われてしまったら、結果として剣の切れ味が落ちたのも同然だ。刀身だけでなく、(つば)から柄、柄を握る相馬の手まで氷の呪縛が這って来れば、今度は相馬自身の機動力まで落ちてしまう。

 憂いは早々に断ち切るに限る。相馬は刀身に魔力を這わせ、剣に纏わり付く薄い氷の膜を消し飛ばそうと画策した。由紀あたりから炎の特性をコピーしていれば、この程度の氷など恐れるに足りなかっただろうが、氷に対して相性の良い属性を持たない純粋な魔力では、些か骨が折れる作業だ。しかしこの際、贅沢も文句も言ってはいられない。

 相馬が剣に掛けられた呪いを解こうとしたその時、尚睦が突進て来た。やはり、相馬の考えは尚睦に読まれていたようだ。氷を解く隙を与えるつもりは無いようである。

 更なる剣撃。しかし、そこに先の剣撃程の熾烈さは無い。尚睦はその身に負った傷がいよいよ響いて体の動きが幾らか鈍化しており、相馬もまた僅かながら剣の威力が削がれている。2人は互いに、コンディションが悪化しつつあった。

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