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ファミリア・クロニクル  作者: 腐滅
the 9th step 「超越」
107/146

9-7

 地獄の業火の中から、ゆらゆらと立ち上がる悪鬼の姿が見えた。緩慢ながらも然程の消耗を感じさせないその様子に、相馬は先の一撃が不十分だった事を悟って歯噛みする。

 火球の制御が覚束なくなってしまって狙いが逸れてしまったり威力が拡散してしまったりしないよう、術の威力を自身の魔力で上乗せする事まではせず、相馬は等倍の力で尚睦の魔術を跳ね返した。この結果を見る限り、どうやらその判断は正解とは言い難いものだったようである。中途半端な攻撃では、この魔術師を地に這いつくばらせる事は出来ないようだ。

 深手を被ったとはいえ、火傷は致命傷まで至ってはいないらしい。慈良尚睦は未だ健在のようである。

「……ふぅ。忘れてたよ。やっぱり、冷静さを欠くとロクな事が無いね」

 燃え盛る衣類の端を破り捨てながら、尚睦は飄々と呟いた。激情を発散させていた先の態度とは打って変わり、見る限りでは至って冷静である。再び同じ過ちを犯す事は無いと考えていいだろう。

 即ち、“(ザ・)流の渦(サーキュレーション)”はこれで打ち止めと判断すべきである。とはいえ、相馬の誇る悪辣な矛としての役割も兼ねるこの鉄壁の盾は、既に十分な成果を上げていると言えよう。飛び道具を牽制するだけでも、それはそれで功を奏しているというものだ。

 両手に火傷を負ったとはいえ、相馬の傷はまだ浅い方だ。それに対して、尚睦は全身を焼かれて無視し難い傷を負った。体力面のアドバンテージは、完全に相馬にある。霧壱の魔力の複写が途切れ、先程のような体術は披露出来なくなったとはいえ、接近戦では相馬が有利だ。

 加えて、尚睦は武器を喪失している。相馬もまた自らの剣を失ってはいるが、その剣は相馬のすぐ後ろに転がっている。彼我の距離、相手は飛び道具を使えないという事実を鑑みれば、得物の回収はそう難しい事ではない。ともすれば、今すぐ拾いに行く事も可能かもしれない。

 霧壱の魔術を失った分、尚睦を追い込んだあの凄まじい身体能力は発揮出来ない。しかし、敵は手負いの身だ。自分が失った以上に、相手もまた体力を失っている。とりわけ、機動力の低下は著しい。

 レオ・ハイキョウサの剣を拾うべく、相馬は尚睦の動向を注意深く窺いながら、少しずつ足を後ろに運んだ。

 尚睦の刀は、相馬の遥か後方にある。彼が再び得物を手にする為には、まず目の前の敵を突破しなければならない。しかし、その時には既に、相馬は再びレオの剣を拾い上げているだろう。

 体力面に加えて、相馬は地の利まで有している。既に、戦況は相馬の方に傾いていた。

「ザマねぇな。次は真っ二つにしてやるぜ」

 挑発の意も籠め、相馬は軽蔑の念を口にする。

「はは。それは勘弁して欲しいねぇ」

 一時は頭に血を上らせていた尚睦だったが、挑発に反応した様子は無い。子どもらしい言動とは裏腹に、判断力や精神力において、尚睦は相馬よりも余程大人びているのかもしれない。既に頭を切り替えたようだ。

 油断無く相馬のいる方へ歩き出しながら、尚睦は未だ燃え続けている服の残り火を手で払って消した。焼け焦げて崩れ落ちた衣類の奥から、焼け付くような傷を負った肌が姿を見せる。

 その焼けて黒ずんだ白い肌には、あちこちに生々しい傷があった。

(……な、なん……だ……あれは……?)

 果たしてその身に刻まれている傷は、先の火炎によるものだけであろうか。

 遠目にも、尚睦の体に幾筋もの縫合の痕が走っているのが分かる。相馬は少なからず疑問に思った。

「……随分と傷だらけだな。傭兵でもやっていたのか?」

 気さくさを装いながら放られた相馬の言葉に、尚睦は不気味なまでに純朴そうな笑顔を返した。まるで、旧友と再会を果たしたかのような笑顔だ。

「傭兵みたいな事は、まぁ、一応何回かやった事あるなぁ。でも、相馬君の言っているこの傷とは関係無いよ?」

 尚睦の言葉を不審に思い、相馬は尚睦の傷痕をもう一度注意深く見た。確かに、よく見てみれば、縫合の痕はただ傷を塞いだだけのようには見えなかった。外科の治療にしては、何処か歪だ。

「じゃあ、何だ? 虐待か?」

 隙を見て挑発を試みようと、相馬はあえて遠慮なくこの言葉を選んだ。相手の傷口に触れるような問いであれば、そこから動揺を誘えるかもしれないと踏んだのだ。

 しかし、尚睦にはそのような過去は無かったのか、これといって感情的になった様子は無かった。相変わらず、彼はのほほんとしている。

「うーん。虐待でもないなぁ」

 次第に尚睦の顔は、相手を焦らして愉しんでいるかのような、嬉々としたものになっていった。

 ふと相馬が気が付いた時には、両者の間合いは大分縮まってしまっていた。

 相馬は咄嗟に爪先で柄を蹴り上げ、尚睦から視線を外さないようにしながらレオの剣を拾った。余り長い間剣を回収しないままでいれば基本的な能力全般が落ちてしまう為、もとよりこれは一刻を争う事だったのだ。無駄な会話に興じる余り、相馬は肝心な事を忘れてしまっていた。

 改めて気を引き締め、相馬は隙の無い動作で近付いて来る敵を見据えた。しかし、距離が縮まった事で、縫合された箇所の細部は、よりはっきりと相馬の目に映った。

 尚睦の胸や肩は、フランケンシュタイン伯爵の造り出した怪物のように継ぎ接ぎだった。見る限り、臓器なり骨格なりの移植を複数回経験したようである。

(コイツ、他人の体を移植して植え付けているな。それなりの事情があるんだろうから、移植自体は別に悪い事じゃないが……。もしかして、レオの遺灰だか遺骨だかも、あんな風に移植されてんのか?)

 そこまで考えたところで、相馬の頭に、雷に打たれたような衝撃が走った。不意に、1つの仮説が頭を過ったのだ。

 果たしてその移植は、定石通りに臓器を入れ替えるものだったのだろうか。移植に至った原因は、病気や怪我などの不幸だろうか。

「……おい、慈良」

「なんだい?」

 険呑な相馬の声音とは裏腹に、尚睦は気さくな態度で応える。

「お前、手に入れたレオの遺体の一部を、自分の体に移植しやがったか?」

 怪物を見るような目で、相馬は尚睦の継ぎ接ぎの体を見る。もしこの仮説が正しければ、それは相馬にとって、実に気分の悪い話だ。

「うん。したよ。――っていうより、してもらった」

 予想通りの回答。問題は次だ。次の質問への回答次第で、尚睦の奇怪な魔力や戦法にも、不本意ながら合点がいく。

「じゃあ、もう1つ質問だ。

 ……お前、レオ以外にも、少なくとも3人の魔術師の体の一部を移植しているな? その縫合の痕は、そういう事なんだろう?」

「……」

 しばしの沈黙。台風の目を思わせる静寂の中で、悪魔の忍び笑いが静かに響く。

「……はははっ。相馬君って、意外と鋭いんだねぇ。もっと頭悪いと思ってたよ」

 言外に相馬の推測を肯定し、尚睦は嬉しそうに笑った。

「……そりゃあ、な。この“力”は他人事じゃないんだから、詳しくて当然だろ」

 そもそも、何故尚睦がレオ・ハイキョウサの魔力を扱えるのか、相馬は甚だ疑問だった。

 確かに尚睦は、年齢の割に相当な実力者である。しかし、それがレオの魔力を制御し切るのに十分な地力であるとは、お世辞にも言い難い。

 魔力の相性がいい為に制御が可能になっているのだと考える事も出来た。しかし、やはり何処か腑に落ちないところだあった。相馬が未熟者ながらもレオの魔力を制御し切れているのは、剣に宿る魔力の性質をコピーする事によって、彼我の魔力の相性を最高水準まで高める事が出来るからである。例えば霧壱ほどの地力があったとしても、よほど相性がよくない限り、レオの力を制御する事は不可能だ。

 尚睦について不審に思う事は、何もレオの魔力の件だけではない。彼が行使する魔術にもまた、不可解な点がある。

 炎と氷と雷。2重属性というのならばまだしも、3重属性というものは極めて稀である。4つの属性を持つ由紀も相当珍しい性質の持ち主であるが、彼女の場合、手数の多さ故にそれぞれの属性が持つ力が弱い。この傾向は理に適っており、本来は尚睦もまたそのような傾向に則っているはずだった。

 しかし実際、尚睦の魔術は、3種類それぞれの属性が、純粋な単一属性の使い手のように高密度かつ高純度である。かといって、彼の魔力が特別強力なのかと言われれば、少しばかり首を傾げてしまう。確かに地力は強いが、それはこれ程の奇怪極まる結果をもたらすようなものではない。

 その魔力の強さと、魔術の強さと多彩さの間にある隔たりは、実に奇妙かつ不気味なものだ。

 これと似たものを挙げるなら、彼らテログループの持つ金の腕輪もまたそうである。自分以外の魔術師の技を使っているような奇怪さが、この2つの例には共通している。

 特に後者は、相馬の“(ミメーシス)複製(・オーバーラップ)”に似ている。2つの異なる魔力が並立して共存している異様は、まさに“(ミメーシス)複製(・オーバーラップ)”そのものである。あの奇怪な道具が開発される際、相馬の能力がモデルとされたのではないかとさえ思えてくる程だ。

 ここまで疑問が連鎖すれば、これらが全て繋がっているのではないかと思ってしまっても、何ら不思議ではない。幸いにも、その疑念が1つの仮説を導き出す結果となった。そして、尚睦の答えを聞く限り、相馬の仮説は正解だったようである。

 尚睦は何故、レオの魔力を制御出来ているのか。

 何故、尚睦の持つ3つの異なる属性は、それぞれが異様なまでに強力なのか。

 他者の魔術を行使出来るようになるかのような、あの金の腕輪は何なのか。

 相馬の抱いていたそれらの疑問が全て、一息に氷解した。

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