2nd season -summer- 第2話「ふたりのおはなし」
ある日の帰り道。
「ねぇ、センパイ」
長く綺麗な黒髪の少女が語りかける。
「ん、なにー?」
背の高い、笑顔の少年が振り返る。
「センパイっていっつも元気ですよねぇ」
落ち着いた感じの少女は、呆れたように笑いながらも、そこには親しみがこもっていた。
「んー、まぁそれが取柄だからね~」
相変わらず笑顔の少年。
大学の帰り道。
夕焼けに照らされながら、対照的な二人が並んで歩く小さな坂道。
最初は何気ない、なんでもないような会話。
「元気で笑顔なのはいいですよね」
羨ましそうに少女は言う。
「うん、そうだね」
ふと何かに思いを馳せるような少年。
「自分のまわりの人と、一緒に楽しくなれるからね」
「楽しく……ですか?」
「うん、楽しく」
本当、このセンパイ見てると楽しくなれるなぁ。
少女はそんなことを思う。
「ほんとに、何もかもずっと楽しければいいんだけどね……」
だけど少年は少し影を落とす。
それを見た少女は首をかしげる。
「やっぱりそんなセンパイでも……悩みとかあるんですか?」
顔を上げる少年。自分が少しでも暗い顔をしていたことに気づき苦笑。
「あるよ。とってもとっても大事な悩み」
そういう表情は、苦笑しつつもどこか晴れ晴れとしている。
だから少女はそのまま聞くことにした。
「教えてもらっていいですか?」
少し真剣な瞳で見つめる。
少年もその視線を受け止める。
「単純なことだよ」
軽くこめかみを押さえて。
「好きな人に、好きって言えないことかな」
そんなふうに笑った。
その笑顔に意外な衝撃を受ける。
「僕は僕の好きな人に、異性として見られてないらしいよ?」
その口調はとても軽い。
「どんな人なんですか?」
元来の少年の明るさに助けられてか、話の内容に反して、少女は気楽に質問ができた。
「とってもかわいい人」
少年の口もとがだらしなく緩む。
「とても静かで消極的で、会話も僕が喋ってることがほとんど。だけど、ちゃんと聞いてくれているし、それに対して的確な返答もくれる。普段はおとなしいけど、こだわりのあるものにはいきなりおしゃべりになったりもするかな」
『好きな人』を語る少年はとても嬉しそうに。
「あと彼女は、おしゃれもしないし自分のこと不細工だって思ってるけど、僕だけは知ってる。本当はすんごい可愛いんだよ。
そのことに気づいてないあたりも面白いかな。まぁ僕としては、そのほうが変な虫が寄ってこなくて嬉しいんだけど……」
「な、なるほど……」
急な多弁にたじろぐ少女。しかし、不快感はまったくない。それほどまでに少年は楽しそうなのだ。
「そして何よりね」
不意に顔をひきしめて。
「とても……とっても優しい人なんだ」
幸せそうな……とても幸せな表情。
あぁ……このセンパイは本当にその人のこと好きなんだな。
何故だか少女は自分まで嬉しくなってきた。
「もう高校から一緒にいるから……5年になるかな。ずっと片思いなんだよ~」
そして不思議に思う。
どうしてこんな性格のセンパイが告白できないんだろう?
「一番の親友だ、って思われてるみたいなんだよな~」
顔に出たのかもしれない。聞く前に答えをもらった少女はそう思った。
「だからそれを崩したくないんだよ。どんな形でもいいから、彼女を大事にしたいんだ」
その言葉に少女は胸を打たれた。
このセンパイはいつも軽いけれど、とても考えている。
自分のこと、友達のこと、サークル仲間のこと、そして好きな人のこと。
「センパイはすごいですね」
心からそう思った。
「すごくよく見てるんですね、その人のこと」
「好きだからね」
屈託のない笑み。
「ほんと言うとね、告白なんてどうでもいいんだ」
少年は語る。
「僕は今彼女の一番そばにいる。それは間違いなくて、その事を誇りに思ってる。そしてそれだけで十分なんだ。僕には彼女が必要で、彼女も僕を必要としてくれている。それが恋人としてだろうと、親友としてだろうと関係なんかなくてね」
一言も聞き漏らすまいと、少女は意識を集中する。
「付き合うことに意味なんてないんだよ。ただお互いが必要として、お互いのことを思っていれば……告白なんか必要ないって思うよ」
普段の少年なら見せない真剣な瞳。綺麗でまっすぐな瞳。
「ま、それでも告白はやっぱりしたいけどね~」
っと、ふいに表情を崩して、いつものように笑い出す。
「ほら、やっぱり好きな人なら、手繋いだりしたいし、もっと触れたいと思うし、キスだってしたいし、まぁ他にもいろいろやっちゃいたいしね?」
「もう、センパイ……」
つられて少女も笑う。
「でも、私もその気持ち……分かります」
ゆっくり目を閉じて、頭の中で思い出す。
「私にも、同じように好きな人がいました」
そして今度は少女が語る。
「うん」
少年はそのままの笑顔で、少女の声に耳を傾ける。
「私は、ほんとに何ももたない人間だったんです」
立ち止まって夕日を見上げる。
「そんな私を彼は好きだって言ってくれたんです」
思い出すあの真っ赤な顔。
「最初は信じられなかった。元から仲は良かったですけど、彼がそんなふうに思ってるだなんて、まったく知らなくて……そこらへん鈍い、って言われたんですけどね」
「まー、確かに鈍いかもねぇ~」
「あー! センパイひどいっ!」
かすかな笑い。やっぱりこのセンパイはまわりを楽しくさせるのがうまい。
「それで付き合いはじめて…私も彼を見るようになりました。今まで知らなかった彼もどんどん見えてきて、そのたびに好きが増えていって、とても幸せだったんです」
そう語る少女は哀しそうな瞳。
少年は気づいている。それが最初から過去形であることを。
「でもやっぱり、私は私に自信がなかった。だから彼が望むのなら、その望む形になろうと思ってました。彼に好きでいてもらうために、ただ彼に合わせようと思いました。だけど自分の中の疑問は消えなかったんです」
自分に自信を持つことはとても難しい。その思いはひどく当時の少女を締め付けていた。
「彼に愛される価値のある人間なのか。彼の横で一緒に歩くことが出来るのか……そしてそれはそのまま、彼への不信へと変わっていってしまったんです。私は彼を信じることが出来なくなってしまったんです」
後悔の色が混じった声。
「彼は私に何を求めているのか。彼は私のことを見ているのか。彼は私の気持ちに気づいているのか……事実、彼にもそういうところはありました。本人も言ってましたけど、私を失うことが怖いあまりに、感情の暴走を止めることが出来なかったと」
少年は静かに聞く。少女の一生懸命の独白を。
「そして狂った歯車は、どうしても元に戻せませんでした」
今にも泣き出しそうなそんな表情。だけど、少女の瞳はまっすぐ前を向いている。
「一年も経たないうちに、別れてしまいました。最後にお互い好きと言って……別れました」
好きなのにどうして別れるのか?
その時の少女には答えは出せなかったけど、それ以外の選択をすることもできなかった。
「本当は別れる別れないは問題じゃなくて、ただお互いを思いやって、一緒にいることが大事だったんだと思います。だけど、私も彼も不信や恐怖といった感情が生まれてきて……」
そして少女は静かに首を振った。
「そうだね」
少年は彼にしては珍しい優しい声音。
「僕は付き合ったりしてるわけじゃないけど……怖いよ。失うのは怖い」
「結局、私は失ってしまいましたけどね」
少年に気を使わせたことに気づき、少し明るく言う少女。
「私は今でも彼のこと好きです。恋人としての好きかどうかはわからないけど……」
「なるほど~」
いつも通りの軽い声が聞こえてきた。
「また会えるといいね~。その時には何か変わってるかもしれないね」
少年のほうを見ると、にっこりと笑っていた。それが少年の自然体。まわりに元気を振りまいて。
「そうですね。そうだと……いいですね」
だから少女は笑うことにした。哀しい顔をしていても何もはじまらないと、1年前に知ったはずだ。
「似てる、かな」
「えっ?」
唐突に言う。
「キミと彼女が」
「そうなんですか?」
「うん」
軽い口調のまま、少年は軽快に言葉を発する。
「優しいところが」
少年の瞳が優しく光をたたえた。
「……ありがとうございます」
少しばかり照れた少女の声。
「あのね」
そんな少女を見ながら。
「幸せの形はひとつじゃないからね」
少女は静かに微笑む。
「僕たちも、どんな形かわからないけど、いつか幸せは掴めるものだと思うよ」
「はい!」
たまには元気よく。少女は思い切って返事をした。
その声につられるかのように少年は満面の笑みを浮かべて。
そして大きく足を一歩。
「だから僕は、とりあえず彼女に笑顔を運ぶために、走り続けようかな」
どこまで走っていけるだろうか。その先には何があるのだろう。
それはまだ知らない未来の話。
だけどそれはきっと彼女に繋がってると信じて。
「っと、なんか話し込んじゃったね」
気がつくと夕日も沈みかけていて。
「そうですね。明日もあるんだから帰りましょう。センパイ」
うっすら見えてきた月は満月。
揃って歩く足音に、左と右の分かれ道。
「それじゃぁ、また明日ね~」
「はい。おつかれさまです~」
小さく風が吹き抜けた。
そして少女は未来に向けて、また一歩。
少年は今をしっかり踏みしめて。
大事な明日がまたやってくる。




