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1st season -spring- 第3話「感触」

 もどかしい。


 きっとここまで誰かのことを好きになったのは初めてだと思う。


 あぁ、しかしなんと言うことだろう!


 その人には心の中に決めた人がいることを不幸にも知ってる。


 どうしても踏み出す勇気が出ないから……



 もどかしい。


 初めての出会いはありふれたものではなかった。


 その時触れたあの感触はとても柔らかくて……


 彼女はそのことを知らない。


 でも僕は忘れられない。それが例え他意のない慈善行為だったとしても。



 もどかしい。


 最近はよく僕の前で笑うようになってくれた。


 イメチェンをした彼女は前よりも可愛くなっていて、少し子供っぽく見えたりもして……


 そんな顔していつも僕の料理をおいしいと言って食べてくれる。



 もどかしい。


 彼女にとって僕はただの「友達」なのだろうか。


 いつも言う。


「君は恩人だからね」


 僕はそれ以上でもそれ以下の何者でもないんだろうか。



 もどかしい。


 彼女の笑顔を見るたびに、またあの感触を思い出してしまう。


 僕が犯した罪。


 彼女が無意識のうちに張っていた罠。


 僕はまんまとひっかかってしまった。


 でも、そうするより他に仕方なかったんだから……



 もどかしい。


 一目惚れだった。


 何故か惹かれた。


 その悲しげな瞳に。


 その儚げな笑顔に。


 その寂しそうな唇に。



 もどかしい。


 手を伸ばせば今すぐにでも届きそうな距離なのに……


 手を伸ばせない自分の弱さが悔しくて……


 手を伸ばしても本当に届くのかどうかと疑う心が大きくて……


 見えない大きな壁に隔てられていると思えて……




 とても……




 もどかしい。





「いったいどうすればいいんだろう……」

 今日も一日が終わる。

 忙しい一日だった。季節はもう初夏。そろそろ夏のシーズンに入り、お客の数も増えてきた。うちみたいな民宿業をやっていると、お客の数と仕事の量が半端なく比例したりするのである。

 母と二人で切り盛りしている我が家は民宿兼喫茶店を営んでいる。メインは一階の喫茶店であったりするのだが、夏には二部屋程度のものだが、二階の開いてる部屋を貸し出すことにしている。海水浴場にも近い我が家は何かと便利でけっこうな人気宿だったりするのだ。といっても、部屋の整備や案内などの民宿としての接客業はすべて母がしている。

 僕はと言うと、一階の喫茶店で料理を作っている。そんなに広いスペースではないので、集客数自体は最大でも十五人いくかいかないかと言ったところだが、料理を作るのも皿洗いも、酷いときはウェイターすら自分でこなす。母が二階の仕事でいないときなどは完全に一人だ。

 そこで今年はひとつ提案をした。バイトを雇わないか、と。この提案に母は、今まで雇っていなかったのが不思議なくらいね、と笑いながら即決したのだった。なんだかその奥には、僕の裏の気持ちまで読まれているような気がして、なんとも心地悪かったものだ。

 そしてバイトは僕の思惑通り一般公募するまでもなく決まった。良く来る常連の女性に僕がお願いしたんだ。

「いらっしゃいませ~」

 新しく入ってきた二人組に明るく応対する声が聞こえる。短い髪を綺麗に切りそろえており、少しだけ日焼けした肌に簡単なシャツを着ている。残念ながら我が家にウェイトレスの制服などないので、彼女には普段着で応対をしてもらっていた。

 彼女は変わった。

 初めて出会ったときの彼女は、すべてを諦めて死んでいるかのような顔をしていた。

 少し生きる力を取り戻した彼女は、まだ弱々しい笑みを浮かべていた。

 時折寂しい笑顔を見せる彼女、しかし次会ったときには髪を切り眼鏡をはずし、生まれ変わっていた。

 そして今の彼女は精一杯の笑顔で、日々を生きようとしている。

 彼女と出会ってからほんの数週間で様々な面を見た。

 そんな彼女のことを……僕は出会ったときから好きだった。

 世間でいう一目ぼれというやつだ。

 何故惹かれたのか……最初はわからなかったけど、今はなんとなくわかる。

 彼女の持つ元来の前向きな性格。出会った頃には欠片も見えなかったそれだけど、きっと僕の中で何か感じ取ったものがあったのだろう。

 彼女と一緒に前を向いて歩いてみたい。そう思ったんだ。

「ユウ、焼きそばとフランクフルトひとつずつね」

 定番メニュー。彼女の注文を通す声が聞こえる。良く通る綺麗な声だ。

「了解~」

 軽く手をあげて僕は調理に入る。その間も彼女は接客や掃除などで良く働いてくれている。

 彼女からの注文を受けて僕は焼きそばに火を通し始めた。手は忙しく鉄板の上を動きながら、目はしっかりと彼女を捉えている。

 気がつけば目で追っている。こういうの末期症状っていうのかな……恋愛の。

 作り置きの焼きそばにもう一度火を通しながら僕は思う。

 この鉄板みたいに熱くなくたっていい。ただこの想いが彼女に届いて、お互いを暖め合うことが出来ればどんなに素晴らしいかな。

「はぁ~」

 こっそりと思わず溜め息。結局は告白なんかする勇気のない自分。現状で満足しちゃってる自分。

 失うのは怖いし、今彼女の一番近くにいるのは自分だという自信があったから。

(臆病なんだよな、やっぱり)

 すっかり熱の通った焼きそばを皿に盛りなおし、悩みの元である彼女を呼んだ。

「サキー、焼きそばあがったよ~」

「ん、了解」

 パタパタと足音をたてながら、小走りにこちらへ。元気な笑顔。そして焼きそばの盛られたお皿を手渡す。

「熱いから気をつけてね」

 少し触れた手と手。妙に意識してしまう。

 やわらかい彼女の手。ふわふわとした肌。

 あぁ、僕が好きになった彼女の感触だ。

「大丈夫だよ」

 だけど彼女は、何事もなかったかのように注文の品物をお客さんへと運んでいく。

 願ってみてもこの距離は縮まらず・・・

「まったく……どうすんのかねぇ」

 やれやれと言わんばかりに出てきた言葉は、相変わらず僕の情けなさを表すだけのものだったりしたのだ。

 季節は初夏。まだまだ夏の日差しには遠いものの、明るい太陽は今日も元気に僕たちを照らす。

 僕の未来もこんなふうに明るかったらいいなぁ。




 あぁ、もどかしい。



 神様、どうか僕に一握りの勇気をください。

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