【 3 】
妻の目論んだとおり、その日から私たち夫婦の◯◯◯◯は一変した。
かつては赤ちゃんを得たいがための純粋な◯◯◯◯として月一回のみ行われていた◯◯◯◯が、今では夫婦そろっての秘めやかな享楽となり、より積極的に、かつ破廉恥に、理性などかなぐり捨てたそれはもう浅ましい姿となって毎晩のごとくに繰り広げられたのである。
おかげで私は、文壇仲間との交流にかこつけたバーやキャバレー通いをしなくなったし、妻も、あれほど頻繁に行っていた知り合いの画家たちとの小旅行をぱったりと止めた。そしてまるで結婚したての若いカップルように夜ごと心を弾ませながら、胸をときめかせながら、◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯いったのである……。
ところが、そんな享楽的な日々が一年も続いたある日のこと、妻がまたぞろ不満を言い始めた。
「最近、あの子ったら◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯のよ、なんて言うか、芯がないっていうか、張りがないの、そうねえ、大きさも一回りほど小さくなった気がするわ、◯◯◯◯◯◯◯◯ないし……。なんかもう雄々しさの欠片も感じられなくて、おかげで私ちっとも気持ち良くなれないわ」
どうやらセクサス六号の凸型ソケットの調子があまり良くないようである。かくいう私も、◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯に少なからず不満を覚え始めていた。
「ここんとこ、◯◯◯◯◯◯◯だよなあ、あいつ……」
「あら、なに言ってるの、あなたがまず燃えてくれなくちゃ困るじゃない。あの子は、あなたの興奮する度合いを読み取って、それを自身の凸型ソケットへも反映させているんだから」
「うーむ……、ちょっと酷使しすぎたか」
妻のコンディションが悪いとき以外は、ほとんど毎日のようにセクサスを使用している。彼のソケット部位を形成する人工筋肉は有機化合物で出来ているらしいから、あまり頻繁に使うと筋肉繊維が伸びてしまうのかもしれない。
「一度、メーカーのほうへ問い合わせてみるか」
「そうね、できれば新しいものと交換してもらいましょう」
ダブルベッドの中央で仰向けのまま機能を停止させているセクサス六号の寝顔を眺めて、妻が小さくため息をついた。充電中は目を閉じたまま、マネキン人形のようにぴくりとも動かない。もちろん寝息なども立てない。彼の首の後ろ、延髄のあたりから伸びた電源コードの先端は、ベッドサイドにある家庭用コンセントへと差し込まれている。基本的にバッテリーの電力のみで動くセクサスは、一日の大半をこうして充電しながら過ごすのだ。
「……なんかこうしてあらためて見ると、けっこう不気味ね」
「そうだな、さながら棺桶のなかで眠る吸血鬼ドラキュラってとこか」
さっそくリース契約書に記載されているサポートセンターへ電話をかけてみた。すぐに若い女性の声が応じた。
「はい、アダプター・ソケット・セクサス、サポートセンターの浜崎がお受けいたします」
「じつは最近、うちで使用しているセクサスの調子があまり良くないのだがね」
「どういった症状でしょう?」
「ええと……」
一瞬、言葉に詰まった。
「ははは、どう表現したらいいのかねえ、つまりその、なんだ」
まさか若い女性相手に「◯◯◯◯◯◯◯」などども言えない。どう説明したものかと考えあぐねていると、向こうでもそれを察してくれたようで技術開発部というところへ電話を回してくれた。応対に出たのはやたら陰気な声でしゃべる男だった。私がセクサスの使い心地に関する不満をぶつけると、彼は慇懃無礼な口調でこう切り返してきた。
「あいにくですが、それは故障ではなく経年劣化というものではないでしょうか。だとしますと残念ながら修理や交換の対象にはなりませんが」
「そんな馬鹿な」
「いえ、このことはリース契約書にもちゃんと明記されているのです」
私は食い下がった。
「し、しかしだねえ君、現代工学の粋を集めて造ったというアンドロイドがだよ、たった一年足らずの使用で◯◯◯◯◯◯◯◯になったんじゃ、これはもう商品として欠陥があるとしか言えんのじゃないかね」
すると男はいったん口ごもり、それから急に早口でたたみかけるように喋り始めた。
「よろしいですか、すでにご承知のこととは思いますが、セクサスは動きをより人間に近づけるため上皮はもちろんのこと筋繊維にも有機化合物を使用しております。この人工筋繊維は、我が国の産業技術総合研究所と理化学研究所が、有機合成化学の世界的権威でもありますカリフォルニア工科大学のバルトリン・キンスキー教授との共同開発によって生み出したもので、人間の骨格筋における酸素結合性タンパク質と極めて似た働きをする疑似筋肉、すなわちこの有機化合物の組成はグルコサミノグリガンのそれに近似しているのですが、その細胞骨格内におけるグアニンヌクレオチド結合タンパク質の受容体への結合エネルギーをコンピュータ制御することによって、マイクロフィラメントによる細胞外マトリックスとの細胞増殖因子を便宜的に初期化して、分裂促進因子活性化タンパク質キナーゼによって引き起こされるアポトーシスがナニをナニしてナニする……」
黙って聞いていると頭痛がしてきそうだったので、慌てて押しとどめた。
「ちょっと待ってくれ、私は根っからの文系人間だから、そんな専門的な用語を早口でまくし立てられても理解できない。ようするにあれだろう、君が言いたいのは、セクサスも人間の女と一緒で、◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯って話だろう?」
「まあ、多少表現に問題はありますが、おおむねそういった意味です」
「だったらリースをいったん解約して、新たに組み直せばいいだけの話じゃないか」
「いいえ、それでは契約違反になってしまいます。お客様のリース期間が満了するまでには、あと二年と少々あります」
「だから、そこをなんとか……」
「もし中途解約なされますと莫大な違約金が発生しますが、それでもよろしいですか?」
「うっ」
確かにセクサスのリースは三年契約で、途中で解約すると違約金が発生することは契約書の条項にもうたわれている。向こうがあくまで契約書を盾に取って新品との交換を拒むなら、こちらとしてはもうどうしようもない。私は絶望的な気分を抱きつつも、しかし表面上ではつとめて平静を装いながら言った。
「じゃあ君はなにかね? 私たち夫婦に、あと二年ものあいだ◯◯◯◯◯◯いセクサスを我慢して使い続けろと、こう言いたいのかね?」
「結果として、そういうことになります」
口調はあくまでも丁寧だが、明らかにひとをバカにしている。私は、ついかっとなり怒りにまかせて電話を切ろうとした。
「もういい! 消費者センターへ苦情を言ってやる」
「まあ、しばらくお待ちを」
別に慌てるふうでもなく、男が引き止めた。
「製品のお取り替えは出来かねますが、ただこういう状況を考慮して当社では専用のアタッチメントを用意してございます」
「アタッチメントだと?」
「そうです。もちろんアタッチメントのご利用に際しては付帯契約を結んでいただく必要がありますが、この専用アタッチメントを使用することによって、お客様にもう一度新品のときと同様の、理想的かつ刺激的な使い心地が得られますことをお約束いたします」
「ううむ……」
このうえ追加料金が発生するのかと思うとウンザリしたが、しかしこれまで毎晩のようにむさぼってきた性的快楽が骨の髄まで染み込んでいる私としては、もう選択の余地などなかった。ここは少々お金がかかっても仕方あるまい。私は、不承不承ながらも男の提案を飲むことに決めた。
「じゃあ、そのアタッチメントとやらを大至急こちらへ送ってくれたまえ」
「かしこまりました。毎度のご利用ありがとうございます」
電話を切る瞬間、受話器の向こうで、いっひっひ、という男の忍び笑いを聞いた気がしたが、あえて深く考えないようにした。
それから数日経ったある日のこと、うちの玄関先に新たに美少年が二人立った。
「はじめまして、アタッチメント十七号です」
「同じく二十八号と申します」