↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
葬式では、嘘をついてください。  作者: させせ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/1

第1話 死んだ人間より、嘘つきのほうが多い

人は、葬式で嘘をつく。


それは別に、珍しいことではない。


「生前は、本当に優しい人でした」


「誰からも好かれていました」


「最後まで家族思いの人でした」


そういう言葉を、私は何度も聞いてきた。


本当のところは知らない。


死んだ人間に確かめることなんて、できないからだ。


だから私は、葬式で語られる故人の話を、あまり信用していない。


信用するのは、話している本人のほうだ。


どこで言葉を詰まらせたか。


誰を見てから話したか。


何を言わなかったか。


そういうところには、その人が隠したいものがよく出る。


「白鷺さん」


背後から声をかけられた。


振り返ると、五十代くらいの男性が立っていた。


黒い喪服に身を包み、ネクタイはきっちり締められている。


「はい」


「久我山様のご親族がお見えになりました」


「ありがとうございます」


私は一礼して、受付へ向かった。


今日の仕事は、久我山宗一郎氏の葬儀。


七十一歳。


資産家。


死因は、階段からの転落による脳挫傷。


警察の調べでは事故。


葬儀会社の人間である私が口を挟むような話ではない。


少なくとも、普通なら。


「白鷺さん」


受付にいた若い女性が、小さな声で言った。


「はい?」


「久我山様の長男の方、少し変じゃないですか?」


私は入口を見る。


三十代後半くらいの男性が、誰かと話していた。


久我山孝之。


故人の長男。


会社を継ぐ予定だった人物。


「どこがです?」


「さっきから、お父様の写真を一度も見ないんです」


「そうですか」


私は少しだけ笑った。


「それなら、まだ普通です」


「え?」


「本当に悲しい人ほど、写真を見られないことがありますから」


女性は納得したように頷いた。


私はもう一度、孝之を見る。


確かに、彼は祭壇を見ていない。


しかし。


私が気になったのは、そこではなかった。


彼は、祭壇ではなく、その少し横にいる女性を見ていた。


久我山家の長女。


久我山美咲。


二十七歳。


喪服の袖を両手で握りしめている。


兄が妹を見る。


妹は兄を見ない。


その距離が、妙に気になった。


「白鷺さん」


「はい」


「何かありましたか?」


「いえ」


私は首を横に振った。


「まだ何もありません」


そう答えた直後だった。


受付の奥から、慌ただしい足音が聞こえた。


「すみません!」


若い男性が駆けてくる。


久我山家の次男、直人だった。


顔が青い。


「父の遺言書が……」


その場にいた全員の視線が集まった。


「遺言書が、どうかしましたか?」


私が尋ねる。


直人は息を整えながら答えた。


「なくなったんです」


「なくなった?」


「はい。昨日まで、父の書斎にあったんです」


「警察には?」


「まだです」


「どうしてですか?」


直人は答えなかった。


その代わり、祭壇を見た。


正確には、祭壇の上に置かれた父親の遺影を。


「……父が、亡くなる前に書いたものなんです」


声が震えていた。


「もし、これがなくなったら……」


そこで言葉を止める。


私は尋ねた。


「何が困るんですか?」


直人は黙った。


沈黙は、数秒だった。


けれど、その場にいた全員には長く感じられたと思う。


やがて彼は、小さな声で言った。


「相続が、変わります」


なるほど。


私は頷いた。


そのときだった。


背後から、女性の声がした。


「嘘ですね」


振り返る。


そこにいたのは、美咲だった。


「……何がですか?」


直人の顔が強張る。


美咲は兄を見つめたまま言った。


「遺言書がなくなったら困るのは、お兄ちゃんだけでしょう」


空気が止まった。


直人が何か言おうとする。


しかし、その前に美咲が続けた。


「お父さん、昨日の夜に言ってたから」


「何を?」


私が聞くと、美咲はこちらを見る。


泣き腫らした目だった。


「遺言書は、もう書き換えたって」


私は黙って彼女を見る。


直人は青ざめていた。


「美咲、それは――」


「だから私、知ってる」


美咲は兄から目を逸らさない。


「お父さんが死んだら、一番困るのはお兄ちゃんだって」


その瞬間。


私は、祭壇の遺影を見た。


久我山宗一郎。


写真の中の老人は、穏やかに笑っている。


その笑顔を見ながら、私は小さく息を吐いた。


この葬式。


どうやら、普通ではない。


そして。


もっと気になることがあった。


私は祭壇の前に置かれた焼香台を見る。


灰の中に、細い紙片が落ちていた。


誰かが気づいて、慌てて燃やしたような紙。


私はしゃがみ込み、それを拾い上げる。


ほんの数文字だけ、残っていた。


――葬式では、嘘をついてください。


私は思わず笑ってしまった。


「……なるほど」


誰にも聞こえない声で呟く。


「そういうことですか」


その紙を書いた人間は、もう死んでいる。


けれど。


この葬式には、まだ生きている人間が三人いる。


そして私は、その三人が全員、何かを隠していることを知っていた。


問題は――


誰が、一番大きな嘘をついているか。


それだけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。