月と出会った日
四月。
桜の花びらが風に舞う季節だった。
高校二年生になった僕――神代陽翔は、新しいクラスの名簿を見ながらため息をついていた。
「また知ってるやつが少ないな……」
友達がいないわけではない。
でも、クラス替えのたびに緊張するのは変わらなかった。
教室へ入ると、まだ朝早いこともあって人はまばらだった。
窓際の席に座り、ぼんやり外を眺める。
校庭の桜が綺麗だった。
すると、教室の扉が開いた。
一人の女子生徒が入ってくる。
黒く長い髪。
透き通るような白い肌。
どこか儚げな雰囲気。
その少女は教室を見渡した後、静かに僕の隣の席へ座った。
「……おはよう」
小さな声だった。
「あ、おはよう」
僕が返事をすると、少女は少し驚いたような顔をした。
「話しかけてくれるんだ」
「え?」
「みんな最初は私を見て終わるから」
そう言って彼女は微笑んだ。
不思議な笑顔だった。
綺麗なのに、どこか寂しそうだった。
「私は月城美月」
「神代陽翔」
「神代くんか」
彼女は僕の名前を小さく繰り返した。
それだけなのに、なぜか胸の奥が少しだけ温かくなった。
その日の昼休み。
僕は屋上へ向かっていた。
教室が騒がしかったからだ。
静かな場所で昼食を食べたかった。
屋上の扉を開ける。
春の風が吹き抜けた。
すると先客がいた。
フェンスの近くで空を見上げている少女。
月城美月だった。
「あ」
彼女も僕に気付いた。
「神代くんもここに来るんだ」
「たまにね」
僕は少し離れた場所に腰を下ろした。
しばらく沈黙が続く。
風の音だけが聞こえていた。
すると突然、美月が言った。
「神代くんって太陽みたいだね」
「は?」
思わず変な声が出た。
「なんだよそれ」
「だって明るいし」
「そんなことないだろ」
「あるよ」
彼女は笑った。
「私は月かな」
「月?」
「うん」
美月は空を見上げる。
青空の向こうを見ているようだった。
「月は自分じゃ光れないから」
その言葉がなぜか妙に耳に残った。
僕は深く考えずに言った。
「でも月って綺麗じゃん」
美月の目が少し見開かれた。
まるで予想していなかった言葉を聞いたように。
そして彼女は、小さく笑った。
「ありがとう」
その笑顔は、教室で見た時よりずっと綺麗だった。
その日から僕と美月は少しずつ話すようになった。
昼休みの屋上。
放課後の帰り道。
何気ない会話。
何気ない時間。
けれど僕はまだ知らなかった。
彼女が誰にも言えない秘密を抱えていることを。
そして、その秘密が僕たちの運命を大きく変えることになることを。
春の風が吹く。
空にはまだ月は見えない。
だけど確かに。
僕の物語は、この日から始まったのだった。




