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なでなで無双 ~いらない子だったボク、ネコマタ王国で無敵従者になります~

作者: 竹屋 兼衛門
掲載日:2026/05/22

 喫茶店の窓を、雨粒がゆっくり流れていく。


 ボクはストローをくわえたまま、向かい側の女の人を見ていた。


 父さんの再婚相手。


 まだ「その予定」の人だけど、多分もう決まっているんだと思う。


「春樹くん、小学校はどう?」


「……普通です」


「そっかぁ」


 女の人――美咲さんは、少し困ったように笑った。


 その笑顔は優しい。


 優しいんだけど。


 なんとなく。


 ボクを見る時だけ、少しだけ“遠い”。


 そんな感じがした。


「この子、静かでしょう?」


 父さんが苦笑する。


「昔から大人しくてなぁ。手がかからないんだ」


「へぇ」


 美咲さんはミルクティーを混ぜながら頷いた。


「いい子なんだね」


 いい子。


 その言葉が、なんだか妙に軽く聞こえた。


 母さんが死んで、二年。


 父さんが疲れているのは知ってる。


 仕事から帰ってきて、ボクにご飯を作って、洗濯して。


 最近はため息も増えた。


 だから再婚したいのも分かる。


 分かるけど。


 ……ボク、邪魔なんだろうな。


 そんな考えが、最近ずっと頭から離れなかった。


「春樹くん、趣味とかあるの?」


 美咲さんが聞いてくる。


「……猫、好きです」


「あー」


 一瞬だった。


 本当に、一瞬。


 困ったような顔をした。


 すぐ笑顔に戻ったけど、ボクは見逃さなかった。


「昔、飼ってたの?」


「……うん」


「へぇ、可愛いよね」


 それで会話は終わった。


 父さんが慌てて別の話題を始める。


 その空気が、逆につらかった。


 やっぱり。


 この人、ボクのこと苦手なんだ。


 そう思った。


     ◇


「悪いな、春樹。付き合わせちゃって」


 喫茶店を出たあと、父さんが頭をかいた。


「別に」


「美咲さん、緊張してたんだよ」


「……うん」


 雨はまだ降っている。


 駅前のネオンが、濡れた道路にぼんやり映っていた。


「あ、父さん」


「ん?」


「……トイレ行きたい」


「あぁ? さっき店出たばっかだろ」


「ごめん」


「しょうがないな。早くしろよ」


 ボクは小走りで喫茶店へ戻った。


 店の入り口まで戻った時。


 半開きのドアの向こうから、声が聞こえた。


『……でもさぁ』


 美咲さんだった。


 ボクの足が止まる。


『正直、あの子ちょっと苦手かも』


 胸の奥が、ぎゅっと縮んだ。


『え?』


『なんか暗いし……ずっと気を使わなきゃいけない感じするし』


 友達だろうか。


 スマホで通話しているみたいだった。


『私、子供嫌いってわけじゃないんだけどさぁ』


 笑いながら。


 軽い調子で。


『あの子いると、“新しい家庭”って感じしないんだよね』


 頭が真っ白になる。


 ボクは静かに店を離れた。


 父さんは何も知らない。


 知らなくていい。


 知らないままの方が、きっと幸せだ。


     ◇


 夜。


 部屋の電気もつけずに、ボクはベッドにうずくまっていた。


 時計の針の音だけが聞こえる。


 スマホには、父さんからのメッセージ。


『先に寝てなさい』


 短い文章。


 多分、美咲さんを駅まで送っているんだろう。


 ボクは枕に顔を押しつけた。


 母さんが死んでから。


 父さんに迷惑をかけないようにしてきた。


 泣かないようにした。


 ワガママも言わなかった。


 静かにしてた。


 でも。


 それでも。


「……いらない子、なんだ」


 ぽつりと呟いた瞬間だった。


 ――カラン。


 小さな鈴の音がした。


 ボクは顔を上げる。


 閉めたはずの窓が、少しだけ開いていた。


 冷たい夜風がカーテンを揺らしている。


 そして。


 窓枠の上に、それはいた。


 黒猫。


 金色の目。


 雨に濡れた毛並み。


 そして。


 二本に分かれた尻尾。


 ボクの呼吸が止まる。


「……タマ?」


 黒猫は、じろりとボクを見た。


 それから。


 やれやれ、とでも言いたげにヒゲを揺らす。


「ようやく見つけたと思えば」


 低い声が、部屋に響いた。


「なんだその情けない顔は」


 ボクの脳が、完全に停止した。


「…………え?」


 黒猫は、ふわりと部屋へ飛び降りる。


 そして当然みたいな顔で、ベッドの上に座った。


「泣いたのか、春樹」


「え」


「む。まだ混乱しているな」


 黒猫は偉そうに胸を張った。


「安心しろ。私はタマだ」


「…………」


「あと猫又になった」


「ねこまた」


「うむ」


 タマは満足そうに頷いた。


「三年ほど修行していた」


「修行って何!?」


「色々だ」


 色々って何だ。


 いやそもそも猫が喋ってる。


 尻尾二本だし。


 夢かもしれない。


 でも。


 その金色の目も。


 ちょっと偉そうな座り方も。


 全部、知っていた。


 タマだ。


 三年前にいなくなった。


 母さんがまだ生きていた頃、いつも一緒にいた猫。


「……タマ」


「うむ」


「タマぁ……!」


 気づけば、ボクはタマを抱きしめていた。


 温かい。


 本物だ。


「お、おい。苦しい」


「だって、だってぇ……!」


「むぅ……」


 タマは少し困ったように尻尾を揺らしたあと。


 ボクの胸を前足でぽふ、と叩いた。


「……あの頃より、大きくなったな」


「三年も経ったんだもん」


 タマはするりと腕の中から抜け出すと、


「……まあ良い」


 そのまま当然みたいな顔で床へ降り立ち、


 当たり前みたいな口調で言った。


「春樹。お前を迎えに来た」


「……迎え?」


「うむ」


 金色の瞳が、まっすぐボクを見る。


「ネコマタ王国へ来い」


「…………へ?」


「お前はオレの従者だからな」


「えぇっ!?」


     ◇


 ボクはタマの後を追って、夜の街を歩いていた。


 雨はいつの間にか止んでいたけれど、空気はまだ湿っている。


 街灯の光が濡れたアスファルトに反射して、ぼんやり揺れていた。


 タマは迷いなく進んでいく。


 二本の尻尾をゆらゆら揺らしながら。


 でも。


 歩いている場所がおかしかった。


「え?」


 気づけば、見たことのない細い路地に入っていた。


 ボクの住んでる街のはずなのに。


 こんな場所、知らない。


 さらにタマは当然みたいな顔で、塀と塀の隙間をすり抜けていく。


「ちょ、ちょっと待って!」


「遅いぞ」


「猫じゃないんだから無理だよ!」


 服を引っかけながら、なんとか後を追う。


 その先には、さらに変な道があった。


 古い石段。


 赤い提灯。


 壁に空いた、小さな穴。


「……ここ通るの?」


「うむ」


「いや無理だよ」


「そんなはずはない。

 お前も通れるはずだ」


 タマはするりと穴をくぐる。


 ボクも仕方なくしゃがみ込み、なんとか身体を押し込んだ。


 タマの言う通りなんとか通り抜けられた。


 向こう側へ出た瞬間。


 空気が変わった。


「……え?」


 そこは、知らない道だった。


 さっきまで駅前にいたはずなのに。


 石畳の道。


 平屋が並ぶ街。


 ぼんやり青白い灯り。


 見たこともない木々。


 遠くで猫の鳴き声みたいなものが聞こえる。


 ボクは急に不安になった。


 本当に、大丈夫なのかな。


 タマがいるからついてきたけど。


 この先に何があるのか、全然分からない。


 それに。


 そもそも。


「……ねえ、タマ」


「む?」


「なんでボクを連れて行こうと思ったの?」


 タマは足を止めずに答えた。


「何を言う」


 二本の尻尾が、ふわりと揺れる。


「お前は前から、オレの従者だっただろう?」


「えぇ?」


 思わず変な声が出た。


「ボク、飼い主なんだけど……」


 するとタマはぴたりと立ち止まった。


 そして振り返る。


 金色の目が、呆れたように細められた。


「ふっ」


タマは呆れたような声を出す。


「な、なに」


嫌な予感がした。


「あれほど甲斐甲斐しくマッサージしておいて、よく言うな」


……。


「マッサージって……ナデナデのこと?」


「耳の後ろ。喉。背中。腹」


タマはそれぞれの部位を前足で指し示そうとするが…触る事が出来ていない。


「完璧だった」


 二本の尻尾が、ゆっくり揺れる。


「そ、そんなの褒めらても……」


 でも。


 言われてみれば、タマは昔からそうだった。


 気まぐれにボクの膝へ飛び乗ってきて。


 当然みたいな顔で丸くなる。


 そして。


 ボクの手を前足でぺしぺし叩くのだ。


『撫でろ』


と言わんばかりに。


 まあ。


 ボクもタマを撫でるのは好きだったけど。


 耳の後ろを掻くと、すぐゴロゴロ言うし。


 喉を撫でると、お腹を見せるし。


 母さんにも、


『春樹はタマを撫でるの上手ねぇ』


って笑われていた。


「じゃあ……ボクがネコマタ王国でやる事って」


 タマは当然のように頷く。


「うむ。オレを撫でろ」


「それだけ!?」


「重要任務だぞ」


 タマはふん、と鼻を鳴らした。


 それから、また歩き出す。


「早く来い、従者」


「だから従者じゃ――」


 反論しかけて。


 ボクはやめた。


 二本の尻尾が、

 ゆっくり揺れていたからだ。


 ……まあ、いいか。


 ボクも。


 タマを撫でるのは好きだし。


「分かりましたよ。ご主人様」



     ◇


 門の前には、二匹のネコマタが立っていた。


 灰色の毛並み。


 槍を持ち、着物みたいな服を着ている。


 人間みたいに立っているのに、耳と尻尾だけは完全に猫だった。


 その金色の目が、一斉にボクを見る。


「……人間?」


「なぜ人間がここにいる」


 低い声。


 ボクは思わずタマの後ろへ隠れた。


 するとタマは面倒そうに尻尾を揺らす。


「騒ぐな」


「っ!」


 二匹の門番の姿勢が、一瞬だけ強張った。


「黒金刑部様……」


 でも。


 すぐに片方の門番が槍を構え直す。


「しかし、刑部様。人間を王国へ入れることは――」


「オレの従者だ」


 タマは当然みたいに言った。


「昼寝に必要なのだ」


「昼寝ですか?」


「重要だぞ」


 自信満々だった。


 でも門番は困ったように耳を伏せる。


「申し訳ありません。ですが、我らが従うのは王のみ」


「ほう?」


 タマの尻尾が、ゆらりと揺れた。


「門番ごときが、オレに歯向かうのか?」


「……はい」


 門番は真っ直ぐ答える。


「務めですので」


 タマは、むぅ、と唸った。


 なんだか少し困っているらしい。


 でも。


 その直後。


 二本の尻尾が、ぴん、と立った。


「では証明してやろう」


「証明?」


 タマが振り返る。


 金色の目がボクを見た。


「春樹」


「な、なに?」


「撫でろ」


「えぇ?」


 門番たちも固まる。


「刑部様、まさか」


「うむ」


 タマは偉そうに胸を張った。


「オレの従者は極上なのだ」


 何が極上なんだろう。


 でも。


 まあ。


 猫を撫でるのは好きだ。


 タマじゃなきゃダメって訳でもないし。


「えっと……失礼します」


 ボクはおそるおそる門番ネコマタへ近づいた。


 門番は緊張したように身体を固くしている。


 耳もぴん、と立っていた。


「そんなに警戒しなくても……大丈夫だよ」


 そっと手を伸ばす。


 灰色の毛並みは、少しひんやりしていた。


 まずは頭。


 それから耳の後ろ。


「――っ」


 門番ネコマタの耳が、ぴくりと震える。


 ボクはそのまま、ゆっくり喉元を撫でた。


 指先で毛並みを整えるように。


 昔、タマにやっていたみたいに。


 すると。


「……ぅ」


 低い音が漏れた。


 ごろごろごろ……。


 喉の奥が震えている。


「なっ……!」


 もう一匹の門番が目を見開く。


「“喉鳴り”だと……!?」


 撫でられている門番ネコマタは、もう槍を持っていなかった。


 いつの間にか目を細め。


 尻尾が、ふわぁ……と左右に揺れている。


 ボクの手へ、自分から頭を押し付けてきた。


「にゃ……」


「え?」


「ごろごろごろごろ……」


 完全に猫だった。


 タマが誇らしげに鼻を鳴らす。


「言っただろう」


 二本の尻尾が、ゆっくり揺れる。


「オレの従者は極上だ」


「ば、馬鹿な……」


 もう一匹の門番が震えた声を出す。


「こ、こんなの……噂に聴く王宮級の施術ではないか……!?」


 ただ撫でてるだけなんだけど。


 でも門番ネコマタは、もう完全に陥落していた。


 ごろごろ喉を鳴らしながら、ボクの手に頭を擦りつけている。


 槍まで落としてるし。


「……通って、よし」


 とろんとした声で門番が言った。


「ええ?これ職務放棄じゃないの?」


 タマに判断を仰ぐ。


 でも


「仕方あるまい」


 タマは満足そうに頷いた。


「これに抗えるネコマタなど存在せん」


 ……ただ、撫でただけなのに?


「そんな技みたいに言われても……」


 大きな門が、ゆっくり開いていく。


 その向こうには。


 見たこともない世界が広がっていた。


 赤い提灯。


 石畳の道。


 道なりに建てられた家。


 その屋根の上を走り回る猫たち。


「……人間?」


「刑部様の従者?」


「ちっちゃい」


「可愛い」


 なんだか品評会みたいになっていた。


 でも。


 嫌な感じはしない。


 むしろ。


 みんな、普通にボクを見ていた。


 “邪魔者”を見る目じゃなく。


「さあ」


 タマが前を向いたまま言う。


「ここからがネコマタ王国だ」


 二本の尻尾が、ゆらりと揺れる。


「不安はないか?」


 ボクは周りを見回した。


 猫。


 猫。


 猫。


 道を歩く猫。


 塀の上で丸くなる猫。


 店の前で値切る猫。


 楽しそうな声。


 あったかい灯り。


 それから。


 足元へ当然みたいに身体を擦り付けてくる門番ネコマタ。


「……うう。

 離れがたいのです……」


 仕事を放棄してしまっている。


 思わず笑ってしまった。


 こんな状態だ。


 ボクはタマに答える。


「みんな可愛いし、不安とかないよ」


 すると。


 タマが、ふっ、と小さく鼻を鳴らした。


「ふふふ」


 二本の尻尾が、ゆっくり揺れる。


「流石はオレの従者だ」


 そう言って。


 タマは当たり前みたいに歩き出した。


「行くぞ」


「うん」


「屋敷に帰ったらオレも撫でろよ」


……


なんだか、ちょっと不機嫌みたい。


「そうだね。いっぱい撫でてあげる。

 三年分、いっぱい、ね」


タマはそれを聴くと……


ちょっと飛び跳ねた。


「……期待しているぞ」


 タマの後を追いながら。


 ボクは少しだけ思った。


 ――ああ。


 ここなら。


 ボクは、“いらない子”じゃないのかもしれない。


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