表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/3

第1話:神をも超える役者バカ

 悲鳴のような強風の崖の上で、私と、刑事役の俳優は対峙していた。


「犯人は、お前だ!」


 刑事役の俳優が、私を指さした。滔々と私の犯行理由を述べる。


「全て、お見通しね。……なら、分かるでしょ。両手の自由を失って、愛を失って。私がもう、生きていたく、ないって」


 説明的なセリフの後、両目に涙を浮かべて、私は海側に駆け出した。消して、涙は落とさない。どれだけありきたりの脚本だろうと、私だけは安っぽい演技なんか、しない。私だけは光って、みせる。


「さよなら」


 カメラに向かって、悲しみを見せつけ、私は崖から飛び降りた。


 飛翔感。強風が横殴りに私を打つ。眼下には、荒れ狂う紺碧の海。


 ガン、と腰に結ばれていたワイヤーとコルセットが音を立て、落下が止まった。私はそのまま、崖と海の間で宙ぶらりんになる。風が、痛い。




――ギシッ




 崖の上の、コルセットとワイヤーが結ばれている機材のモーター部が、嫌な音を立てた。


 一段、私の体が、下がる。海に近くなる。


「やばい、故障だ!」


「強風に耐えられなかったのか!」


 撮影クルーが騒ぎ始める。


「凛! ロープ掴め!」


 遠くで、刑事役の俳優が叫んだ。


 崖の上から放たれたロープが、命綱が、すぐそばの空中で揺れた。


――掴む? 私は、私の役は、両手が動かない設定なのに?


 私の両手は、だらりと垂れ下がったまま。動かない。動かせない。


「早く掴めよ、凛!」


 このロープを掴めば、私は助かる。


 だけど、だけど、私の両手は、動かない。




――ギシギシッ




 大きな音とともに、今度は、急速な落下が始まった。


 暗転。



 ◇

  気がつくと、私は静かな暗がりにいた。 風も、潮の香りも、ない。


「素舞台?」


 遠く前方に、がらんとした小さなステージが見える。黒い床と黒い壁。上から真っ白なライトが、板の上を照らしている。


 小道具も何もないステージ、だけど、何でもある場所。ワクワクもドキドキも、役者の演技と、お客さんの想像力で、何でもできる――大好きな場所。


 崖から落ちたはずなのに、体はどこも痛くなかった。ステージを仰ぎ見ながら、近づく。


 突然、ステージの上の何も無かった空間に、Tシャツにジーンズという、ごくごく普通の出で立ちの、中学生くらいの少年が現れた。


 開口一番、ステージの上から、怒られた。


「なんで、ロープ掴まなかったの?!  落ちたら死ぬよね、分かるよね?!」


  私は驚いて、現実感のない、ふわふわとした心地で――ただ、聞かれたから答えた。


「ーーカットが、かからなかったから」


 崖のシーンで私が演じていたのは、両手が動かない役。


 監督などの、責任ある立場の人から「カット」の声がかかるまで、役者は演技を止めてはいけない。その瞬間まで、役を生きていなくてはいけない。


――で、役を生きたまま、私は死んだっぽい。


「神の予測を超える、役者バカッ……」


 少年は、呆れ果てた声をだした。


「君、本当は、ロープを掴んで助かるはずだったんだよねぇ。もう、死亡率管理がメチャクチャだ、計算しなおさなきゃ」


「あなた、神様? ここは、死後の世界? 私は死んだっぽいよね?」


 登場の仕方以外は、あまりにも普通の少年に、つい確認してしまう。


「テンプレ脚本の通り、進めたほうが良い? おーそーれーるーこーとーはーなーい! 神様でーす。ここはねぇ、世界や人生を舞台と捉えるなら、その合間……人生の楽屋みたいな空間。君の深層心理を反映して、舞台の形をとってる。ああ、ちなみに君、キッチリしっかり死んでるよー。あの高さから海に落ちているからねぇ、頸椎骨折、内臓破裂、大量出血、呼吸」


「い、言わなくていい! ……です。あー私、バカだなぁ。NG出してでも、ロープ掴めば、よかった。演じたい役、まだまだ沢山あったのに」


ーーいつか、いつか、いつか。


脇役じゃなくて、主役として、たった一つのピンスポットを浴びて。


お客さんを感動させる、物語の中心に。


……全て賭けてきた夢も、もう、叶わないのか。


「で、私、どうなるんですか? 天国に行けるほど、いいヤツだった気もしないけど」


 投げやりに聞いた。


 神様というのなら、私の後ろ暗い部分もお見通しなんだろう。例えば、自分が不美人で脇役専門だったから、容姿の優れた主役級のアイドル女優ちゃんとかを、妬んでいたこと、とか。


……座組の和を乱したくないから、一度も口には出さなかったけれど。


「予定外の死だからねぇ、ちょっと早すぎる。まぁ手近なところで時間をつぶしてから、来てよ。……あ、ちょうど隣の世界でひとつ、魂が空いたみたいだ」


「隣って」


「君もよく知っているところだねぇ、ちょうどいい――君がオーディションを受けようとしていた舞台の戯曲、『白夜の溺愛』を、君の次の舞台にしてあげるよ」


「次の舞台!」


 思わず、はしゃいだ声がでた。


「私の役の年齢は? 性別は? 方言はある? 感情は喜怒哀楽どれに寄りやすい? 物語の中での役割は? 過去のトラウマとか、ある? 世界設定は? ちなみに私、安易なヌードはNGですけど、ストーリー上効果的なら」


「死んでも治らぬ、役者バカ……。名前はエリザヴェータ・フォン・クラウゼヴィッツ。愛称は、リーザ。10歳の公爵令嬢。数年後、王子マクシムの婚約者となり、平民出身のヒロインを虐げ、最後には婚約を破棄され、同時に実家の悪事も暴かれて、没落していく悪役令嬢」


「脇役専門だった私が、物語の重要な歯車である、悪役を! どんなシーンから始まるの?!」


 胸の高鳴りが止まらない。


「リーザは我儘気ままなご令嬢だけど、マクシムへの恋は本物だ。……ある日、リーザは魔族に体を乗っ取られ、マクシム王子を魔法で殺しそうになる。利き手である左手から、炎を飛ばして。しかしリーザは必死に自我を保って、自分の左手を、自分の右手で攻撃する――王子への攻撃を、逸らす為に」


「魔法?! 私も使えるの?」


「使えるけど、転生直後は、まだ安定しないかな。だから、いきなりバトルシーンから即興で演技開始、はキツイよねぇ。リーザが魔族を撃退した直後、くらいから始めようか。ああ、ちなみに、もともと悪役だからって、ストーリー通り進める必要はないよ。君の好きにしていい。ある程度の強制力は、働くかも、だけど」


「ぜんっりょくで、演じます!」


「大丈夫かねぇ。ま、なるようになれ」


 神様は、ぼやいて、右手を高く掲げた。


「――さあ、幕を、開けよう」


 神様の言葉を最後に、私の意識は、純白の光の中へ溶けた。



 ◇

 「いったあああああい!」


 左手の、焼けるような激痛で、私は目覚めた。まるで、熱した鉄を押し付けられているかのような痛み。


「うっ……!」


 呻きながら首を振る。視界に映るのは、豪奢な天蓋付きのベッドの、天井だった。私はふかふかの羽毛枕と、すべすべのシーツの上に横たわっていた。


「リーザ! 気がついたのか!」


「良かった……!」


 心配そうな大人たちがベッドを取り囲んでいた。父である公爵、侍女、医師……と、私――リーザとしての記憶が、一人ひとりを思い出していく。


「リーザ、ごめん、僕のせいだ……」


 大人に混じって、ベッドの傍らに、息を呑むほど美しい少年が一人。雪原の輝きを閉じ込めたような、白金の髪。薄い氷のような、白みの強い水色の瞳。歳は、十歳くらいだろうか。顔には、安堵と、そして罪悪感が浮かんでいた。


(この顔は……『白夜の溺愛』の原作の挿絵で見た、王子マクシム……!)


 リーザの記憶が、奔流のように流れ込んでくる。


 ここは、スノージア帝国。魔法と科学が共存する、雪深い国。


 私は、エリザヴェータ・クラウゼヴィッツ公爵令嬢。愛称リーザ。そして目の前の少年は、この国の第一王子、マクシム・アレクセーエヴィチ・スノージア。私の婚約者候補だ。


「どうやって謝っていいか、分からないよ。僕のせいで、君に怪我を……」


 マクシムは、包帯でぐるぐる巻きにされた私の左手を、じっと見つめた。


(なるほど。この罪悪感が、マクシムをリーザに縛り付ける鎖になるわけね)


 この世界・この時代の障害者差別は根強い。原作のマクシムは、リーザに障害を負わせてしまったという罪悪感から、我儘なリーザの言いなりになる。そのアンバランスな力関係は、更にリーザを増長させ、いずれ破滅へと導く。


「……マクシム様」


 私は、か弱い、しかし、芯の通った声で、彼を呼んだ。


 原作のリーザは、ここで泣き叫ぶ。痛みを前面に押し出し、マクシムの同情を引く。


 けれど、私は違う。私は、プロの役者だ。




 役者としての私の頭脳は、瞬時に、最も効果的な演技プランを構築し始める。


 まず、観客ターゲットの分析から。マクシムは、心優しく、責任感の強い性格。マクシムが後に溺愛することになる原作のヒロインは、確か……逆境に負けず戦う、素朴で健気なタイプだった。


(なるほど、「健気さ」が、彼の心を打つ、重要なキーワードか)




 ならば、取るべき戦術は一つ。


 スタニスラフスキー・システムにおける、基本中の基本にして、強力な演技テクニック。


 『マジック・イフ』。


 役者が使う、想像力を刺激し、身体の奥底から、本物の感情に近いものを、引きずり出す魔法。




 私は、心の中で、その魔法のスイッチを入れた。


『もし、私が、自分の身を挺して、彼を守れたことに、至上の喜びを感じる、健気な人間ならば?』


 彼女ならば、どう行動する?


 泣き叫ぶ? 否。愛する人の心を、これ以上、罪悪感で苛むようなことは、しないはずだ。


(むしろ、健気に、笑顔で……)


 私は、自分自身の過去の経験から、笑顔になるような状況を思い出し、喜びの感情を引っ張り出す。


 例えば――かつての、大きな舞台をやり遂げたあとの達成感、成し遂げた喜び。


 私は内なる喜びを、少しずつ表情に載せた。




「……あなた様のせいなどと、おっしゃらないで。この手は、大切な方を守り抜いた、私の、勲章ですわ」


 声が、自然と、震えた。


 精一杯の力で、微笑んでみせた。


 口輪筋を動かし、唇の端を数ミリ、ゆっくりと引き上げる。目元には、左手の激痛を堪える、眼輪筋の緊張。そして、彼の無事を確認できた、心の底からの安堵による、弛緩。相反する要素を、同時に、完璧なバランスで顔面に宿らせる。


 マクシムが、はっと息を呑む。


 彼の薄い氷のような瞳が、僅かに見開かれる。


(観客、感情、手応え、あり)


 これが、私の初舞台。


 悪役令嬢エリザヴェータ・フォン・クラウゼヴィッツの、最初の演技。


(最前列で、見ていなさい、マクシム)


 この世は舞台、人はみな役者。


 破滅のシナリオなど、私の演技で、書き替えてみせる。


 王子の理想を演じ抜き、この戯曲の主役になってやる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ