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プラネタリー・エデン ―地球奪還の調停者―  作者: yaoyin
地表奪還編

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3/3

盤上の駒

 地下要塞「ジオ・アーク」の最上層。そこは下層の喧騒や油の匂いが嘘のように、静謐で、冷徹な秩序に満ちていた。

 総帥、ヴォルフラムは、広大な司令室の全面モニターの前に立っていた。モニターには、訓練場でリセッターの模擬体を消去した瞬間の、シンの映像が繰り返し再生されている。


「……信じがたい光景だな。我々が数十年かけても到達できなかった『物質の無効化』を、あの子供は指先一つで成し遂げている」


 ヴォルフラムの声は低く、そして重い。彼は傍らに控える秘書官のカレンを一瞥した。


「レオンの報告によれば、少年の適合率は上昇し続けているという。カレン、軍部の予算をさらに三割、独立分隊へ回せ。反対する評議会は、私が黙らせる」

「承知いたしました、総帥。……ですが、レオン少佐には少々、独走の気配がございますが?」


 カレンの問いに、ヴォルフラムは冷たく口角を上げた。


「構わん。あの男の野心は、人類の生存という大義名分に基づいている。利用価値があるうちは、首輪を緩めておけ」


 その時、司令室の重厚な扉が開き、不規則な足音が近づいてきた。

 白衣をだらしなく着崩した男――ドクター・クロウが、奇妙な高揚感を湛えた笑みを浮かべて現れた。


「総帥、面白いデータが取れましたよ。例の検体……『シン』の細胞サンプルを、地表から回収したオリジナルの結晶核に近づけてみたんです」


 クロウは手元の端末を操作し、顕微鏡越しの映像をメインモニターに投影した。

 シンの細胞が、リセッターの破片に触れた瞬間、敵であるはずの無機結晶が「従順な粘土」のように形を変え、シンの細胞を守るように整列し始めたのだ。


「これは『破壊』ではない。……『統治』ですよ」


 クロウは興奮で声を震わせた。


「彼の能力の本質は、リセッターを『制御』することなのです。総帥、あの少年は単なる兵器じゃない。彼は、地球という巨大なコンピュータを操作するための、まさに生きた管理者権限(管理者コード)そのものなのです!」


 ヴォルフラムの瞳に、野心の光が宿った。

 地表奪還。それは単に住む場所を取り戻すことではない。地球の持つ圧倒的なエネルギーを、自分たちの掌中に収めること。


「クロウ、プロジェクトを次の段階へ進めろ。少年の肉体が限界を迎える前に、その『権限』を抽出する方法を見つけ出すのだ」

「くく……心得ております。彼には特別なプログラムを仕込んでおきましょう。……ああ、早く彼を解剖してみたい。あの銀色の瞳の奥に、どれだけの『神の数式』が隠されているのか」


 二人の会話を、カレンは無表情に記録していた。

 だが、その端末の下で、彼女は別の暗号通信をレオンに送信していた。


[ クロウが動いた。シンを『生贄』にする準備が始まっている ]


 人類を救うための剣は、同時に、人類の醜い欲望の火種となろうとしていた。


_______________________________________________


 訓練場の冷たいコンクリートから解放されたシンを待っていたのは、消毒液の匂いと、淡い電灯の光に包まれたルナの個人研究室だった。

 シンは硬いパイプ椅子に腰掛け、ルナが差し出した温かいカップを両手で包み込んでいた。中に入っているのは、地下で貴重とされる本物の茶葉をわずかに混ぜたハーブティーだ。


「……手が、まだ震えてる」


 シンが自嘲気味に呟いた。

 カップの中の茶褐色に濁った水面が、小刻みに揺れている。それはリセッターを消し去った「全能の右手の震え」ではなく、ただの怯えた少年の拒絶反応だった。


「無理もないわ。数日前まで廃棄物処理場にいたのに、いきなり人類の希望だなんて言われて……。私だったら、とっくに逃げ出してる」


 ルナはシンの向かい側に座り、自身の端末から視線を外して、まっすぐに彼を見た。

 シンの頬には、訓練でついた新しい傷に絆創膏が貼られている。


「僕は、これからどうすればいいんでしょうか」


 シンは視線を落としたまま、言葉を絞り出した。


「......分からないわ。でも私は、あなたの好きなように生きてほしいと思ってる」


 同情を込めた声でルナが言った。

 だが、もう好きなように生きられないということは、シンも重々承知していた。

 処理場での生活も、決して良いとは言い切れないが、それでも『人』としての生活は保証されていた。しかし、ここに来てからは『化け物』や『兵器』といった言葉ばかりを投げかけられ、もはや『人』としては扱われていない。


(僕は人なのか、化け物なのか,,,,,,)


 もちろんシンは人として生きたい。というより、化け物として生きたくはない。しかし、この訳の分からない力を使うたびに自分が化け物に近づいていく感覚が、怖い。


「あの......研究員さん」

「ルナでいいわよ」


 シンは言葉を探すように、空いている左手で自分の胸元を掴んだ。


「僕は、人でいられるのでしょうか」


 ルナは何も言わず、シンの震える右手に自分の手をそっと重ねた。


「シン君。あなたが何を感じているとしても、その手の温もりは本物よ。あなたが怖がっているのは、まだあなたが『人』である証拠。……その恐怖を、手放さないで」

「……人……」

「そうよ。軍の偉い人たちはは、あなたを『システム』や『兵器』としてしか見ていないかもしれない。でも、私はあなたのバイタルを、あなたの心音をずっと聞いてる。……あなたは、ここで息をしている、ただの男の子よ」


 ルナの言葉に、シンの肩の力がわずかに抜けた。


「あなたが人として生きていけるように、私が繋ぎ止めてみせるわ」


 ルナは努めて明るい声で言った。

 地下二千メートルの闇の向こうにあるという、まだ見ぬ「青い空」。人類の悲願を叶え得る力を、シンは持っている。


「僕がもし地表の奪還に成功したら、人として生きていけますか」

「もちろんよ!それどころか、後世に語り継がれる英雄として、称えられるでしょうね」


 人として生きるために、人であることを放棄する。おかしな話ではあるが、シンの中には一つの決意が生まれた。

 「青い空」を、初めて自分自身の意志で見てみたいと思った。


 それが、どれほど残酷な結末に繋がっているとしても。

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