劣等光魔法で地味眼鏡男をレーシックしたら大化けしました
「アリシア、お前の光魔法は相変わらず……お遊びにしか使えないようだな」
父である伯爵が呆れたように溜息をついた。私の指先からは、蛍のような小さな光がぽつりぽつりと零れ落ちている。
「ごめんなさい、お父様。でも、これが私の限界なの」
転生者である私、アリシア・フォン・エーデルワイスは、この世界では珍しい光魔法の使い手だ。精度は申し分なく、思い通りに光を操ることができる。ただし、出力は最低ランクの『劣等』。照明としても心許ない。戦闘なんて論外だ。貴族令嬢としては落ちこぼれである。
「……その魔法適正では、良縁も望めまい。せめて家の恥にならぬよう大人しくしていなさい」
私はいつしか実家での居場所を失い、社交界からも距離を置くようになった。そんな私の唯一の避難所が、王立図書館の片隅だった。
そこで出会ったのが、王立図書館の司書補佐を務めるサイラスだ。
「あ、すみませ……っ、わわっ!」
ドサッ、という音と共に、彼が抱えていた本が散らばる。サイラスは、この国では珍しい『眼鏡』をかけていた。といっても、製造技術が未熟なこの世界では、それは分厚い瓶の底のようなダサい代物だ。地味でちょっとドジな青年。それが彼の第一印象だった。
「大丈夫ですか?」
「す、すみません。距離感を見誤ってしまって……」
その日から、私たちは図書館で度々顔を合わせるようになった。話してみると、彼は驚くほど博識で、私の『劣等光魔法』についても、「これほど精度の高い魔法、きっと使い道があるはず」と、唯一肯定してくれた人だった。
季節が巡り、私たちの関係は深まっていった。サイラスは知的で優しく、一緒にいると心が安らいだ。ただ、少しドジなところがあって——
「うわっ!」
階段でつまずきそうになった彼を、咄嗟に支える。
「ごめん、段差がよく見えなくて……」
「大丈夫?いつもより酷い気がするけど」
「最近、視力が更に落ちたみたいで……。でも、これ以上の度数のレンズは作れないと言われちゃって……」
そう言って苦笑する彼を見て、私は考えた。転生前の世界の知識。私の光魔法の精度——
「サイラス、あなた、私のこと信じてくれる?」
「もちろん」即答だった。
「じゃあ、眼鏡を外してもらえるかしら」
サイラスが眼鏡を外した瞬間、私は息を呑んだ。目の前にいたのは、絵画から抜け出してきたような美青年だった。整った顔立ち、憂いを帯びた深い青の瞳。あの眼鏡が、どれほど彼の魅力を隠していたのか。
「アリシア……?あの、あまり見られると、恥ずかしいんだけど……」
「あ、ごめんなさい。……少しじっとしていてね」
私は彼の頬にそっと手を添え、顔を寄せた。吐息が触れ合うほどの至近距離。サイラスの長いまつ毛が震え、彼の体温が掌から伝わってくる。
(……近い、わね)
心臓の音がうるさくて、魔法の精度が乱れそうになるのを必死で抑える。サイラスもまた、耳の先まで真っ赤にして、されるがままに私を見つめていた。
転生前の知識と、この世界で学んだ光魔法理論を融合させる。光を操作できるということは、屈折率を変えられるということ。理論上はレーシック手術と同じことが可能なはずだ。このミクロン単位の繊細な作業に必要なのは、出力ではなく精度。まさに、私の光魔法にぴったりだった。
数分後。
「……もう、いいわよ。ゆっくり目を開けてみて」
おそるおそる瞼を持ち上げたサイラスの瞳に、強い光が宿った。
「……見える」
彼は驚いたように瞬きを繰り返し、やがて目の前にいる私の顔を、穴が開くほど見つめた。
「見えるよ、アリシア!初めて、こんなにはっきりと……君のことが」
あまりに熱い視線に、私はたまらず視線を逸らした。
「そ、そう……よかった。でもサイラス、あなた、眼鏡を外すと……その、驚くほど整った顔だったのね」
本音を漏らした私に、サイラスは少しはにかむように微笑んで私の手を握りしめた。
「それは……こっちのセリフだよ。アリシアが、今まで見えていたよりもずっと、ずっと綺麗で……どうしたらいいか分からないくらいだ」
「なっ……」
お互いに顔を真っ赤にして、しばし沈黙が流れる。静寂の中に、二人の高鳴る鼓動だけが響いていた。
* * * *
それからの彼の豹変ぶりは、王国中の噂の的となった。 実はサイラスは、代々名軍師や騎士を輩出する名門・アシュフォード侯爵家の三男だったのだ。しかし、極度の近視ゆえに剣も魔法も標的を捉えられず、閑職に追いやられていたという。
本来の美貌と能力、それ以上に驚異的な知略により頭角を現したサイラスは、瞬く間に若き侯爵代行へと昇進した。かつて彼を馬鹿にしていた令嬢たちは色めき立ったが、彼はその全てを冷淡に切り捨てた。
「私に光をくれたのは、アリシアだけだ」
一方で、私は彼の全面的なバックアップを受け、一つの事業を立ち上げた。それは、私の光魔法を用いた視力回復治療院だ。私の『劣等光魔法』は、今や評判高い『奇跡の光』として称えられ、事業は大成功を収めていた。
私の実家であるエーデルワイス伯爵家は手のひらを返して『自慢の娘』の事業をサポートしたいと申し出たが、サイラスが「ご厚意だけで結構」と丁重にお断りした。
ある日の夕暮れ。治療院の執務室で、私は予約リストを整理していた。
「アリシア、まだ仕事かい?」
扉を開けて入ってきたのは、今や王国の最重要人物の一人となったサイラスだ。彼は私の肩を優しく抱き寄せると、机の上のリストに視線を落とした。
「……ねえ、アリシア。この騎士たちへの治療、他の術者に任せることはできないのかな?」
「えっ?でも、この精度の光魔法を操れるのは今のところ私しか……。それに、騎士の方々が視力を取り戻せば、国の守りも強くなるでしょう?」
真面目に答える私に対し、サイラスは不満げに目を細めた。彼は私を椅子ごと自分の方へ向けさせ、両手で私の顔を包み込んだ。あの日、図書室で私が彼にしたのと同じように。
「……わかっているよ。君の魔法が素晴らしいことも、君の志が高いことも。でもね、あの治療は……される側に立ってみれば、あまりに無防備で、親密すぎるんだ」
サイラスの顔が、ゆっくりと近づいてくる。
「君の手が頬に触れて、吐息が届く距離で、じっと見つめ合う。……あの特別な時間は、僕だけのものだと思っていたのに。他の男にそんな顔を見せるなんて、耐えられそうにない」
「サ、サイラス……?」
「わがままを言っている自覚はある。けれど……男性の患者には、眼鏡の改良で対応させよう。手術をするのは、女性か子供……そして、僕だけにしてくれないか?」
彼の深い藍色の瞳に、余裕のない独占欲が揺れている。かつての地味で控えめだった彼からは想像もつかない、強引で甘い執着。
「……わかったわ。サイラスがそんなに言うなら」
私が降参するように頷くと、彼はようやく満足そうに微笑み、私の額に優しく口づけを落とした。
その瞳には、もう二度と曇ることのない、鮮やかな未来と私への深い愛が映っていた。
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