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劣等光魔法で地味眼鏡男をレーシックしたら大化けしました

作者: 夢野カイ
掲載日:2026/02/18

「アリシア、お前の光魔法は相変わらず……お遊びにしか使えないようだな」


 父である伯爵が呆れたように溜息をついた。私の指先からは、蛍のような小さな光がぽつりぽつりと零れ落ちている。


「ごめんなさい、お父様。でも、これが私の限界なの」


 転生者である私、アリシア・フォン・エーデルワイスは、この世界では珍しい光魔法の使い手だ。精度は申し分なく、思い通りに光を操ることができる。ただし、出力は最低ランクの『劣等』。照明としても心許ない。戦闘なんて論外だ。貴族令嬢としては落ちこぼれである。


「……その魔法適正では、良縁も望めまい。せめて家の恥にならぬよう大人しくしていなさい」


 私はいつしか実家での居場所を失い、社交界からも距離を置くようになった。そんな私の唯一の避難所が、王立図書館の片隅だった。

 そこで出会ったのが、王立図書館の司書補佐を務めるサイラスだ。


「あ、すみませ……っ、わわっ!」


 ドサッ、という音と共に、彼が抱えていた本が散らばる。サイラスは、この国では珍しい『眼鏡』をかけていた。といっても、製造技術が未熟なこの世界では、それは分厚い瓶の底のようなダサい代物だ。地味でちょっとドジな青年。それが彼の第一印象だった。


「大丈夫ですか?」


「す、すみません。距離感を見誤ってしまって……」


 その日から、私たちは図書館で度々顔を合わせるようになった。話してみると、彼は驚くほど博識で、私の『劣等光魔法』についても、「これほど精度の高い魔法、きっと使い道があるはず」と、唯一肯定してくれた人だった。


 季節が巡り、私たちの関係は深まっていった。サイラスは知的で優しく、一緒にいると心が安らいだ。ただ、少しドジなところがあって——


「うわっ!」


 階段でつまずきそうになった彼を、咄嗟に支える。


「ごめん、段差がよく見えなくて……」


「大丈夫?いつもより酷い気がするけど」


「最近、視力が更に落ちたみたいで……。でも、これ以上の度数のレンズは作れないと言われちゃって……」


 そう言って苦笑する彼を見て、私は考えた。転生前の世界の知識。私の光魔法の精度——


「サイラス、あなた、私のこと信じてくれる?」


「もちろん」即答だった。


「じゃあ、眼鏡を外してもらえるかしら」


 サイラスが眼鏡を外した瞬間、私は息を呑んだ。目の前にいたのは、絵画から抜け出してきたような美青年だった。整った顔立ち、憂いを帯びた深い青の瞳。あの眼鏡が、どれほど彼の魅力を隠していたのか。


「アリシア……?あの、あまり見られると、恥ずかしいんだけど……」


「あ、ごめんなさい。……少しじっとしていてね」


 私は彼の頬にそっと手を添え、顔を寄せた。吐息が触れ合うほどの至近距離。サイラスの長いまつ毛が震え、彼の体温が掌から伝わってくる。


(……近い、わね)


 心臓の音がうるさくて、魔法の精度が乱れそうになるのを必死で抑える。サイラスもまた、耳の先まで真っ赤にして、されるがままに私を見つめていた。


 転生前の知識と、この世界で学んだ光魔法理論を融合させる。光を操作できるということは、屈折率を変えられるということ。理論上はレーシック手術と同じことが可能なはずだ。このミクロン単位の繊細な作業に必要なのは、出力ではなく精度。まさに、私の光魔法にぴったりだった。


 数分後。


「……もう、いいわよ。ゆっくり目を開けてみて」


 おそるおそる瞼を持ち上げたサイラスの瞳に、強い光が宿った。


「……見える」


 彼は驚いたように瞬きを繰り返し、やがて目の前にいる私の顔を、穴が開くほど見つめた。


「見えるよ、アリシア!初めて、こんなにはっきりと……君のことが」


 あまりに熱い視線に、私はたまらず視線を逸らした。


「そ、そう……よかった。でもサイラス、あなた、眼鏡を外すと……その、驚くほど整った顔だったのね」


 本音を漏らした私に、サイラスは少しはにかむように微笑んで私の手を握りしめた。


「それは……こっちのセリフだよ。アリシアが、今まで見えていたよりもずっと、ずっと綺麗で……どうしたらいいか分からないくらいだ」


「なっ……」


 お互いに顔を真っ赤にして、しばし沈黙が流れる。静寂の中に、二人の高鳴る鼓動だけが響いていた。


 * * * *


 それからの彼の豹変ぶりは、王国中の噂の的となった。 実はサイラスは、代々名軍師や騎士を輩出する名門・アシュフォード侯爵家の三男だったのだ。しかし、極度の近視ゆえに剣も魔法も標的を捉えられず、閑職に追いやられていたという。


 本来の美貌と能力、それ以上に驚異的な知略により頭角を現したサイラスは、瞬く間に若き侯爵代行へと昇進した。かつて彼を馬鹿にしていた令嬢たちは色めき立ったが、彼はその全てを冷淡に切り捨てた。


「私に光をくれたのは、アリシアだけだ」


 一方で、私は彼の全面的なバックアップを受け、一つの事業を立ち上げた。それは、私の光魔法を用いた視力回復治療院だ。私の『劣等光魔法』は、今や評判高い『奇跡の光』として称えられ、事業は大成功を収めていた。


 私の実家であるエーデルワイス伯爵家は手のひらを返して『自慢の娘』の事業をサポートしたいと申し出たが、サイラスが「ご厚意だけで結構」と丁重にお断りした。


 ある日の夕暮れ。治療院の執務室で、私は予約リストを整理していた。


「アリシア、まだ仕事かい?」


 扉を開けて入ってきたのは、今や王国の最重要人物の一人となったサイラスだ。彼は私の肩を優しく抱き寄せると、机の上のリストに視線を落とした。


「……ねえ、アリシア。この騎士たちへの治療、他の術者に任せることはできないのかな?」


「えっ?でも、この精度の光魔法を操れるのは今のところ私しか……。それに、騎士の方々が視力を取り戻せば、国の守りも強くなるでしょう?」


 真面目に答える私に対し、サイラスは不満げに目を細めた。彼は私を椅子ごと自分の方へ向けさせ、両手で私の顔を包み込んだ。あの日、図書室で私が彼にしたのと同じように。


「……わかっているよ。君の魔法が素晴らしいことも、君の志が高いことも。でもね、あの治療は……される側に立ってみれば、あまりに無防備で、親密すぎるんだ」


 サイラスの顔が、ゆっくりと近づいてくる。


「君の手が頬に触れて、吐息が届く距離で、じっと見つめ合う。……あの特別な時間は、僕だけのものだと思っていたのに。他の男にそんな顔を見せるなんて、耐えられそうにない」


「サ、サイラス……?」


「わがままを言っている自覚はある。けれど……男性の患者には、眼鏡の改良で対応させよう。手術をするのは、女性か子供……そして、僕だけにしてくれないか?」


 彼の深い藍色の瞳に、余裕のない独占欲が揺れている。かつての地味で控えめだった彼からは想像もつかない、強引で甘い執着。


「……わかったわ。サイラスがそんなに言うなら」


 私が降参するように頷くと、彼はようやく満足そうに微笑み、私の額に優しく口づけを落とした。

 その瞳には、もう二度と曇ることのない、鮮やかな未来と私への深い愛が映っていた。

なろう初心者です。最後まで読んでくれた方いらっしゃいましたら、☆1でも構いませんので評価付けて頂けると大変励みになりますm(__)m

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