1.白血病は突然に
2026年1月30日の金曜ロードショーで『映画・はたらく細胞』をやると聞いて、どこかに残しておくのも良いかしらと思って既にあやふやな記憶を辿ってこれを書いています。
某年二月十四日。私は二十一歳だった。
私はこの日のことを生涯忘れることはないと思う。
この日、私は急性前骨髄球性白血病と診断され、この日から約一年三ヶ月の入院生活に突入するのだ。
私のこれまでの人生の中で一番幸運だった日なのだから、忘れようにも忘れられない。
気付かずにそのまま過ごしていたら、異変に気付いた時には既に手遅れ、という事もあるという。
では何故私がこのタイミングで病院に行ったのか。
答えは簡単。母親に叱られたからである。
急性前骨髄球性白血病。
素人の私には説明が難しいのだが、簡単に言えば大人になる前の未熟な白血球が増殖して血中にもりもり流出し、正常な血球細胞が作れなくなる病気である。この未熟な白血球がガン化した細胞って訳。
※説明間違ってるかもしれないから詳しくは調べてほしい。あとは映画「はたらく細胞」を見てくれ。
この手の病気は進行が早く、気付いたら手遅れという事もあるが、私はたまたまタイミング良く病院に行って、タイミングよくその病院に専門の先生がいて、なんとも悪運の強いことに治療薬が身体にバッチリ合った。
退院してから今まで再発もなくすっかり元気になった私はその後幾度となく思ったものだ。
……白血病ってドラマや映画でも重要な感じで出てきて、結構なシリアス展開になるのに私はそういうのあんまりなかったな、と。
ちゃんと病人をしていたはずだが、思い出すのは何故か愉快な記憶ばかりである。
──その年の二月十四日は平日だった。
しかし直前に祝日があったので私は土日祝と都内で連日全力で遊んでいた。
そして迎えた平日。当然疲れているし眠いし怠い。もうこれはサボるしかない。いや大人だからそんなことせんけども。
しかし目覚ましのアラームを止めながら身体を起こした時、腹部に鋭い痛みが走った。
いや普通にお腹痛いわ。何これ。
この頃の私は生理痛も排卵痛もひどく、その時はタイミングと痛み方と場所から後者であるだろうと自己判断した。
鎮痛剤飲んでもう一度寝るか。そう思って階下に降りたら、介護士をしており夜勤明けで帰宅した母親とばったり鉢あったのである。
平日なのに何でいるのと問われて「お腹痛いから今日は休む」と答えた私に母は言った。
「休むくらいお腹痛いんだったらさっさと病院に行きなさい!」
ド正論である。これ以上なくド正論である。
そして私は母に気圧され、渋々着替えて市民病院に向かったのだった。※フラグ1
病院に到着後、排卵痛って婦人科だっけかと思いつつ受付を済ませる。
受付のところにいた職員に今日はどうされましたかと尋ねられ、お腹が痛いんですと言えば婦人科ではなく総合診療科で受付された。
確かに自分は排卵痛だと思っているけれど、もしかしたら原因は別にあるかもしれないもんな。※フラグ2
総合診療科でまず診療し、その後必要なら消化器とか専門の科に回されるのだなと思いながら窓口に行くと、まずは採血してこいと送り出され、採血後に改めて待合室に戻ると連休明けという事もあってか待合室はめちゃくちゃ混んでいた。
座る席すらなかったので、私は腹痛にイライラしながら壁際に立って自分の順番を待っていた。
しばらく経った頃、座席に座っていた男性が私に気付いて声を掛けてくれた。
「顔色が悪い。座っていた方が良い」
自分も待合室にいるのだから何かしら不調があるのだろうに、その男性はそう言って私に席を譲ってくれた。
人の優しさを感じた瞬間だった。母に叱られたばかりの私の心にその優しさが沁みた。ありがとう、名も知らぬおじさん。
そして迎えた診察の時。
診察してくれたのは消化器内科の先生だった。
先生は採血結果を見ながら関西訛りの口調で言った。
「採血結果見たんですけどね、ちょっと異常値出てるんで、今日血液内科の先生いますんで、そちらに改めて診てもらいましょう」
「さいで」
診察はそれで終了し、血液内科に回されることになった私は二回目の採血へと送り出された。
その時は白血病の疑いがあるとか、そんなことは言われずに、ただもう一度採血してきてくださいと指示されただけだった。
再び訪れた採血室は一回目の時よりも閑散としていた。
あと二回目の採血は一回目の採血よりもたくさん採られたと記憶している。そんなに!?そんなに採るの!?と思った。
採血後、結果が出るまで小一時間程度かかるというので売店で週刊少年ジャンプを買った。私はジャンプ派である。
追加で検査になるかもしれないから飲食はまだダメだと言われたので、空腹を紛らわせるために舐めるようにジャンプを読むことしか出来なかった。
それから時間が経って、随分と人の減った待合室で待ち続け、ようやく名前を呼ばれて診察室に入ると、先ほどの消化器内科の先生とはまた別の先生が椅子に座っていた。
血液内科の先生だった。
先生は血液検査の結果と私の顔を交互に見て、言った。
「急性白血病の疑いがあるので、今から骨髄検査をします。ご家族の方に連絡取れますか?」
「なんて?」
この時、普通に「なんて?」と聞き返したし、同時にオタクってオタク以外の重篤な病に罹る事あるんだと馬鹿な事を考えていたのだが、もしかしたらそれは現実逃避だったかもしれない。
そして私は家族に連絡を取れと言われて、同病院勤務の叔母を内線で呼んでもらって、叔母に家族との連絡だとか説明だとかを丸投げして本日何度目かのジャンプを読む作業に勤しんでいた。
「ジャンプを読む」というささいな日常の行動に縋るように、ただ黙々と繰り返し同じページを読んだ。
さて、こうして突然の骨髄検査が決定した訳だが、この時の私は自分の身に何が起こっているのかわかっておらず、これから私の身に何が起きるのかも理解していなかった。
だってその時の私にとって、白血病は物語の中にだけ存在する病気であって私の現実には無縁だったし、骨髄検査とか日常生活の中で聞くことすらない。
骨髄ってどっから採取するのと先生に尋ねる前に、看護師さんにこっちですよと連れられて緊急医療センターの方へ連れて行かれた。
そして幾つかあるベッドのひとつに案内されて、カーテンで仕切られた空間の中でジャンプを読みながらしばらく待っていたら叔母がやって来た。
緊急事態だったとはいえ仕事中に呼び出して本当にすまないと思う。
やって来た叔母の表情は硬かった。
仕事中に呼び出したから怒っているのかしら、と思った。
けれど叔母は、私の母に連絡したと言って私の手を握って、大丈夫だからねと言ってくれた。
そこで私はようやくこれは何かまずい事になっているようだと気が付いた。遅すぎである。
骨髄検査する時点で相当ヤバいのだ。むしろ何故気付かなかったのか。
これについては急性白血病かもしれないという言葉によるパニック状態だったからだと説明したい。待ってる間ずっとジャンプ読んでたけど。
多分私はちゃんとパニックになっていた。
それから先生と看護師さんがやって来てベッドの上にうつ伏せになるように指示され、その時になってようやく骨髄って腰から採取するのかと理解した。
次号のジャンプの展開が気になって全く説明を聞いてなかったのかもしれなかった。
「腰に注射を刺して骨髄を採取しますが、ちゃんと麻酔してからやるので大丈夫ですよ」
多分そんな説明があって、腰に消毒液が塗られ、いきますねーと先生にのんびりした声を掛けられてはーいと間延びした返事をした。ここまでは良かった。
その次の瞬間、私は思わず全身全霊の声量で叫んだ。
「いったあああああああああい!!!!」
何と、麻酔をするから大丈夫だと言われたのにその麻酔がめちゃくちゃ痛かった。麻酔が痛いだなんてそんなの聞いてない。嘘やん。そういうのちゃんと前もって言って? こっちも心の準備とかあるじゃん??
先生も大丈夫って言ってたし大丈夫でしょと無防備だったところにこの激痛である。
構えるとか我慢するというレベルの話ではなく、気付いた時には本能で叫んでいた。
漫画でもそんな叫ばんだろというくらい思い切り叫んだ。
痛過ぎてその後も「はー? 痛いがー?」とキレ気味に言いながら麻酔された。
麻酔は表層から徐々に奥(?)に向かって何度か注入されているようだった。
その間、叔母はずっと手を握っていてくれた。
しかもね、これ、こんなに痛いのに前準備でしかないんですよ。
ここからが本番で、骨髄を採取するために腰に結構ゴリゴリ注射針を刺される。
骨髄だもんね、骨髄って骨の中心というか芯にあるんだもんね。見えなかったけど結構深くまで刺すよね。わかるよ。麻酔してても「あ、これ痛いなー?」って感じたもんな。見えてなくてほんと良かったよ。
こうして初めての骨髄検査を終えて、「二度とやりたくねぇ(※フラグ3)」と言いながらしばらくぐったりして、再度診察室に連れていかれて、ここで私はあの言葉を聞いた。
「急性前骨髄球性白血病ですね。今から緊急入院となります」
確定診断が下った。
そして先生は続けて言った。
「……ところで、今日は腹痛で診察との事でしたが、今腹痛ってどんな感じですか?」
私は言い淀むことなくスラスラと答えた。
「白血病のインパクト強過ぎて腹痛とか普通に消し飛んでますね」
へー、白血病って悲恋系ドラマとか映画、小説でしか知らんわ。
実際なる人いるんだ。
白血病って何だっけ。血液のガンとかいうやつだっけ。え、じゃあ私、毛が抜けるの? 入院ってどのくらい? 私、次のイベント予定もう入ってるんだけど。
頭に浮かぶのはそんな事ばかりで、不思議と悲しいとか絶望感はなかった。マジか、とは思った。
自分と死は結びつかず、何だか勝手に大丈夫だと思っていて、看護師さんに病室に案内されて(その日は大部屋の空きがなかったので個室だった)、その場で身ぐるみを剥がされてそこでようやく自分の身体に大きな痣がいくつも出来てるのを発見した時も、え、こんなのあったっけ?とめちゃくちゃびっくりしただけだった。
その後、個別に先生から説明を受けた母が合流し、入院に必要なものを揃える為に一時外出した。
これが私の始まりの二月十四日である。
つまり、母があの時叱り飛ばしてくれなければ私は今生きておらず、命の恩人とも言える母には今でも頭が上がらない。
母、本当にありがとう。感謝永遠に。
ドラマみたいに突然鼻血が出るとか眩暈で倒れるとかミリもなかったけど、あの時あのタイミングで病院に行って本当に良かった。運が良かった。一生分の運使い果たしたレベルで幸運だった。
母曰く、うちの家系は、特に女はしぶといらしい。
祖母も山で転んで首の骨折れたけど、普通に何の後遺症もなく生きてたもんな。すげぇや。
そういう訳で、皆も身体に異変を感じたら病院に行ってほしい。異変がなくても健康診断は定期的に受けてほしい。
命は一人一つしかないのだから。
……そういえば、あの日の腹痛は結局なんだったんだろう。
虫の知らせにしてはだいぶ激しかったけど。
あと、これも何度もいうけど「映画・はたらく細胞」は白血病当事者としても「なるほど、あの時私の身体でこんなことが……」と興味深くかつ楽しく見ることが出来たので、良かったら見てほしい。
佐藤健はもちろん、他のバトルシーンも最高だからおすすめ。
映画はたらく細胞をよろしくお願いします。
この続きは気が向いたら書きます。




