12月15日 杏菜の話す竜海②
杏菜ちゃんは、話す前、喉が渇いたからと言って、紅茶を注文しました。杏菜ちゃんは、紅茶に口を付けると、唇の端を少し上げて、「おいしい」と呟きました。その流れで、上目遣いに私を見て、「竜臣は、竜海が望んで生まれた子供ではないの。」と、あっさり言いました。その顔に全く悲嘆の色はなく、当然のことを言う感じでした。私は、話の内容というより、杏菜ちゃんのこの姿勢に、まず驚かされてしまいました。杏菜ちゃんは、そんな私を見て、また小さく笑いました。でも、次の瞬間には、私の目をまっすぐ見て、話し始めました。
竜海が愛していたのは、誰だと思う?○○ちゃんも分かってるわよね。私じゃない。妹の真珠。(この時、杏菜ちゃんは、愛らしい眉を寄せて、困り顔を作りました。)
竜海は、真珠が思い通りにならなかった時の憂さ晴らしで私と付き合ってたの。最初は、別に誰でも良かったみたい。竜海にバレンタインのチョコを渡した大勢の中から、一番口が堅そうって理由だけで私を選んだんじゃないかな。私には優しかったけど、付き合ってすぐに、あーこの人は本気で私を愛してないって気付いたの。
困ったわよね。このままじゃ、私、体を消費されて終わっちゃう。その他大勢になっちゃう。どうしよう、どうしよう、ってなったの。そこで、私、思い付いちゃったの。(この時の杏菜ちゃんは、楽しいことを語るように朗らかでしたが、目は心なしか涙ぐんでいるように見えました。)
竜海の子供を産めばいいんだ、って。ね、いい案でしょ。子供がいれば、竜海の人生に、確実に「私」を残すことができるの。別に私は、竜海と一生いることは望んでない。あの竜海を、子供程度で縛り付けておくことはできないもの。
私は、杏菜ちゃんの話を聞くうちに、自分の脈がどんどん速くなっていくのが分かりました。胃が苦しくて、気分も悪くなってきました。でも、杏菜ちゃんは話し続けました。
竜海はね、抜かりがない人でしょ。もちろん、私が子供を欲しがっているなんてことが分かったら、迷いなく私を捨てる。だから、私、そんな素振りはまったく見せないで、竜海が私の家に来た時、竜海が持ってきた避妊具に細工をして……
「やめて!」
気付いたら、私は、叫んでいました。何だかこれ以上、杏菜ちゃんの話を聞きたくなかったし、この時の私は、杏菜ちゃんの向かいに座っているのも気持ち悪く感じました。
杏菜ちゃんは、そんな私の顔を覗き込んで、潤んだ、強い目で
「あなたが聞きたいって言ったから話したのよ。」
と言いました。そして、私の耳に、あの妖艶な唇を近づけて、
「私、あなたが来てくれた時、実は嬉しかったの。だって、竜海のことを明らかにしたいと思う人は、私を思い浮かべざるを得ないってことが分かったから。私は、今の竜海がどこにいるかは何も知らない。でも、私と竜海は、繋がっている。あなたが証明してくれたのよ。」
と言って笑いました。
私は、振出しに戻った、いや、それよりもっと酷い、と思いました。
でも、その瞬間、ある考えが頭に浮かびました。竜海は、意外に面倒見の良いところのある少年でした。男子の後輩たちが竜海に憧れて、勉強を教えてほしいと言った時には、本当に懇切丁寧に教えていました。受験問題の過去問などをその後輩たちが持って来て、一緒に考えましょうと呼びかけてきた時には、余裕の笑みで応じて、誰よりも早く解いては、無邪気に「分かった」と言って、後輩が悔しがるのを、にこにこして見ていました。見下しているのではありません。かわいいと思っているようでした。後輩たちがどうしても解けないと、「ここがこうで、ここがこうなると」と、考え方を途中まで示して、問題の美しさや巧みさを一緒に楽しんでいるようでした。
そう、竜海はそういう少年です。こんな竜海が、望んでいなかったからと言って、自分の子供が生まれて、放っておくなんてことがあるでしょうか。杏菜ちゃんは、まだ、私に何かを隠している。
私は、一筋の光を見付けた気がして、また、杏菜ちゃんに向き直すことができました。
続く




