12月10日 駿の話す竜海①
12月10日
駿に会いました。駿は、私の記憶の中の陰気な少年ではなくなっていました。目は相変わらず嫌に鋭いのですが、何かこう優しさというか、温かみ、頼りがいが感じられる勢いのようなものがあるのです。駿は、私の姿を認めた時、電話の時の高圧的な態度ではなく、「久しぶり」と、ごく自然なことを言いました。私も「久しぶり」と返すと、気まずい時間が流れました。どう切り出せばよいものか悩んだのです。すると駿は、「竜海のこと……、聞きたいんだよね。」と、自ら話し出してくれました。私は、彼のこの勇気に感謝し、敢えて大きな声で「そう!」と言いました。駿は、私のその様子を見ると、最初は純粋に驚いたようでしたが、すぐに小さな舌打ちをしたように見えました。でも、それは、私への反感や軽蔑を表したというよりも、彼の癖に近いものだと感じました。そもそも、舌打ちと判断しかねるような、本当に小さな音だったのです。それが、舌打ちに聞こえたのは、竜海への気持ちを聞かれたように感じた私の、いたたまれなさのためでしょうか。とのかく、駿が話したことを、以下に記録します。
君があいつのことをどう思っているかは分からない。けど、あいつは、人間じゃない。あいつは、俺に「生きてる価値がない」と言ったんだ。
俺は、小学生の時からずっと杏菜が好きだった。塾で初めて杏菜を見た時、頬杖して、髪が顔を隠していても、あの大人びた目、あどけない微笑、何だか全てが違うと思ったよ。杏菜は、成績も常に良かった。
俺が中学受験に落ちて、同じ中学校には行けなかった。俺は、杏菜に会いたくて、杏菜の家や学校の前で待ったり、時々、様子を見に行ったりしてた。だから杏菜が、きっちりと結んだ髪の先を少しカールさせた時、俺はその変化にすぐに気付いたんだ。同じ学校の誰かに、杏菜が恋しているってことにも……。悔しくて相手を必死で探したよ。難しくなかった。放課後、学校の前に2、3時間もいれば、杏菜とあいつが一緒に歩いているところを見付けることができたんだからな。
竜海……。あいつのことも、小学生の時から知ってた。あいつのことも調べまくったよ。俺は、そのために部活をやめたんだ。放課後、あいつを待ち伏せして跡をつけた。知ってるか?あいつは、杏菜の他に、5人の女と関係を持ってたんだぞ。あいつは放課後、女の子の家に行くんだ。女の子たちは、あいつがチャイムを押すと飛んで出て来て、迎えるんだよ。俺は、そんな瞬間を何度も見た。最初は、女友達が多いだけだと思おうとした。でも、そうじゃない。そうじゃなかったんだ……。調べれば調べるほど、分かった。詳しく話すのは、生々しいから、よそう。
俺は、全てを調べた後、あいつに忠告しに行った。あいつの通学路で待ち伏せて、あいつを脅してやったんだ。「お前、複数の女子生徒と関係を持ってるだろ。俺は、全て知っている。学校に報告する前にやめろ!」って。そしたら、あいつ、驚きもせず、ただ俺の顔を迷惑そうに眺めるんだ。暫くの沈黙の後、俺は、「おい!」と言って、あいつから何かしらの言葉を引き出そうとした。すると、あいつ、少し唇の端を上げたかと思ったら、突然、俺の頭を掴んで、「お前みたいなやつは、生きてる価値がないんだよ。」って言ったんだ。あいつは、俺を見透かしてた。俺が中学受験に落ちたことも。多分、杏菜のことがずっと好きだってことも。俺は、あいつに掴みかかろうとした。俺だって、あいつと身長差はあるけど、重心が低い分、まだ勝ち目はあると思ったんだ。だけど、ピクリとも動けなかった。あいつは、ひょろりと高い背で、細い腕で、俺を圧倒してしまったんだ。あいつは、俺に「生きてる価値がない」って言った後、もう関わるのも馬鹿らしいって感じで、俺を突き飛ばして、そのまま、またいつものように通学路を歩き出したんだ。あまりにも飄々としていて、何だか不気味さを感じたよ。
私は、そこまで聞いて、竜海の暴力性について改めて考えました。竜海は、妹の真珠ちゃんが自分の思い通りにならないと、殴ることがあったようです。昔、私自身も、真珠ちゃんの顔に痣があるのを確かめたことがあります。竜海は、学校では、ほとんど話さない、常に余裕のある、どこか冷めた印象の少年でした。体格は、背こそ高いですが、すらりと細く、しなやかに軽いという感じでした。その竜海が、力でもって相手を圧倒するとは、にわかに信じられません。
私は、暫くの間、考え込んだ後、本題を切り出すことにしました。私が知りたいのは、竜海と杏菜ちゃんの関係と、子供のこと、そして、現在の竜海の行方です。
「いつから杏菜ちゃんと付き合い始めたんですか?」
私は、駿の顔を努めて正面から見て尋ねました。
続く




