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第六章:見られる私たち



翌朝、ケアンはテーブルの上で見つけた古い写真を調べていた。


それを見るたびに、罪悪感のようなものを感じた…あるいは懐かしさを感じた…あるいは何も感じなかった。


隅で、顔のない男が彼をじっと見つめ続けていた。特徴はないが、彼がこちらを見ているのはわかった。


ケアンは独り言を言った。

「なぜ僕たちが写っているんだ?誰が撮ったんだ?」


ネロが突然、振り返りもせずに背後から言った。

「僕たちじゃない。ただ、僕たちに似ているだけだ。」


ケアンは素早く振り返った。

「どういう意味だ?」


ネロは何も言わなかったかのように肩をすくめ、引き出しの中をひっかき回した。


アリシアは窓辺に座って外を眺めていたが、突然こう言った。

「通りの向こうの店の看板はどこへ行ったんだ?」


彼らは振り返った。そうだ。かつて「マーケット・ノヴァ」と呼ばれ、古い青い看板の店は…跡形もなく、ただの白い壁と化していた。ドアも窓もない。


ケアンは外へ駆け出した。壁の前に立った。塗りたてではなく…まるで店などなかったかのようだった。


レンガが壁を押さえているのを感じ、まるでその下にある何かを探しているようだった。そして呟いた。

「何かが逆方向に行われている…忘れているのは我々ではない。物こそが、かつて存在したことを忘れているのだ。」


別の場所では、隣人のトーマスが黒い血を吐き、それから微笑んだ。あり得ない微笑み方だった。

唇は開いていたが、目は死んでおり、耳からは血が流れ出ていた。


「神様、もう何も残っていない」と彼は言った。


そして彼は立ち上がったまま息を引き取った。


家の残りの人々は、まるで疫病を恐れるかのように、近所を恐れているかのように、そこに座っていた。アリシアは震えていた。ネロは門のように、円をいくつも重ねて描いていた。


ケアンは壁の前に立っていた。そこに、最後に古い文章が書かれていた。新しい文章は現れていなかった。しかし、壁が言葉を発しなくなったわけではなかった。


彼は手のひらを壁に押し当てた…ほんの少しの間。温かかった。壁は温かい。


彼は囁いた。

「どうして壁は温かいんだ?外は寒いのに!」


ネロは問いかけるように答えた。

「壁が呼吸しようとしているのかもしれない…そして、その熱は吐き出す息なのだ。」


夜、アリシアは再び「自分自身」を見た。


今度は、クローンが反対側の屋根の上に座り、アリシアの動きをそっくり真似していたが、半秒先を行っていた。


アリシアは手を挙げた。クローンも彼女より先に手を挙げた。


アリシアは目を閉じた。クローンが先に閉じていたのだ。


彼女はアリシアにかすれた声で言った。

「私がここにいて…あなたもここにいたら…どちらが消えなければならないの?」


彼女の声を聞いてケアンが部屋に入ってきて、屋根を見上げたが、何も見えなかった。


アリシアは泣いていた。

「私が私なのか…それとも何か別のものになってしまったのか、わからない。」


翌朝、地面は濡れていた。その夜は雨は降っていなかった。しかし、その湿り気は奇妙だった…焦げたインクの匂いがした。


ケアンは何事かと外に出て…そして驚いた。


新しい家があった。


広場の真ん中に。昨日はなかった家だ。古い木造で、窓は黒い布で覆われていた。


ネロが彼の後から出てきて、家を見て言った。

「この家にはドアがない。」


確かに、ドアはなかった。ただ四方の壁と閉じられた窓だけだった。


ケアンは叫んだ。

「近所の誰か、この家が建っているのを見たのか?!」


しかし、誰も返事をしなかった。人々は小さくなりすぎて、聞き手にもなれなかった。


その夜、壁に新たな文章が浮かび上がった。数日ぶりの文章だった。


しかし、それは昔の黒インクで書かれていなかった…


まるで誰かが爪で引っ掻いたかのように、刻まれた文字だった。


>「気づかぬ者は…生き残る。」


ケアンはそれを読み、地面に座り込んだ。


叫びたかった。理解したかった。逃げ出したかった。


しかし、ネロは彼の隣に座り、年齢よりも老けた、背丈よりも厳しい声ではっきりと言った。

-「私の母はこうして亡くなったのです。」


ケアンは驚いて彼の方を向いた。

-「何だって?」


アリシアが近づいた。

-「ネロ、何を言っているの?」


ネロは唇を噛みしめ、こう言った。

-「母さんはいつも、日に日に小さくなっていくと言っていた。写真に写る姿も、会話にも、鏡に映る姿さえも、小さくなっていくんだって。」


ケアンはすぐに彼の言葉を遮った。まるで現実を取り戻そうとするかのように、毅然とした態度で。


ネロ、このことは何も変わっていない。


しかしネロは、まるで心の深い傷を解き放つかのように、言葉を止めなかった。

-「母さんが最後に言ったのは、『もしあなたが私のことを忘れても、私はまだここにいるかもしれない』だった。」


彼は黙り込んだ。それから続けた。

-「でも、思い出せなかった…母さんのことを。小さい頃、母さんは私の顔に色を塗るのが大好きだった。私が塗り間違えると、笑ってくれた…」


そして彼は泣き崩れた。


ケアンは優しく彼の肩に手を置いた。まるで自分の手が、彼と彼の崩壊を繋ぐ最後の架け橋であるかのように。


ネロ。いいか、母さんはここにいないんだから、やめて… 母さんのことを全然覚えていないって言ったじゃないか? 何が起こったんだ?


ネロは目に涙を浮かべながら言った。「ああ…でも、ラン、母さんの姿は見えるし、声も聞こえるんだ」 彼は泣き続け、そして言った… 母さんが死んでいたら、どうして僕が母さんに会えるんだ?


ケアンは肩に手を置き、ようやく涙がこぼれ落ちた。


アリシアは目を輝かせながら二人を見つめた。

-「僕たちは、どちらも消えたりしない…お互いを忘れない。」


ケアンはゆっくりと頭を上げ、脅しのように聞こえる厳しい言葉を壁を見つめた。

-「気づかない者は…生き残るのか?」


彼は苦々しくため息をついた。

-「なぜこの家はこんなゲームをしているんだ? そして、なぜ僕たちが…こんな悪夢を見ているんだ?」


ネロは涙を拭い、声に力を込めて言った。「もしかしたら、僕たちは消える必要がないからかもしれない。どんなことがあっても、僕たちが存在していることを証明しなければならないからかもしれない。」


アリシアは彼らに近づき、疲れながらも決意に満ちた笑顔で言った。「この家が忘れ去ろうとしているなら…僕たちは覚えていなければならない。」




夜遅く、また音が聞こえた。

足音。

何かがドアを引っ掻く音。

しかし、誰もドアを開けなかった。


彼らは知っていた。外にあるものは、開けてはいけないもの。返事をしてはいけないもの。ただそこに…あなたがそこにいることを確認するためだけに。


翌朝、近所は消えた。


そう、消えたのだ。


ケアンが屋上から外を見ると、霧しか見えなかった。


市場に通じる道?果てしなく続く。


看板?何もない。


全ては昔の夢のようだった…目覚めた後に思い出そうとする夢…そして、忘れっぽさが私たちを罰する。


そしてドアの外に、新たなメッセージが現れた。彼らが知らない筆跡で。小さな紙切れに書かれ、針で木に刺されていた。


>「次のステージは今夜始まる。

ドアを開ける者が選ばれる。」


ケアンはそれを読んで、脈がゆっくりになるのを感じた…

ネロは紙を引っ張り出し、爪で剥がし始めた。

アリシアは水を飲んでいたが、飲むのをやめ、囁いた。

「ドアのない家の夢を見た…そこに私がいた。ただ動かなかった。私は…自分を見つめていた。」


彼女は青ざめた顔で二人を見た。

「そして、何か別のものを見た…ある光景を見た。私たちが見たのと同じ光景だった。ただ…その光景の中に、ケアンはいなかった。」


重苦しい沈黙。

それからケアンは囁いた。

「えっと…もし私がそこにいないなら…それは私が消されるということか?」


ネロは言った。

「その必要はない…だが、次の段階に進んでいる可能性もある。」


アリシアは囁いた。「そして、私は何か別のものを見た… 映像を見た。私たちが見たのと同じ映像だった。ただ…映像の中に、ケアンはいなかった。」


重苦しい沈黙。

それからケアンは囁いた。「えっと…もし私がそこにいないなら… 消されるのは私なの?」


ネロは拳を噛みながら言った。「その必要はない… でも、次の段階に進んでいる可能性はある。」


アリシアは息を呑んだ。「どの段階だって?! 誰が段階を決めるんだ? 誰が私たちに分配するんだ?」


ケアンはよろめきながら素早く立ち上がり、部屋の中を歩き回った。「この辺りから逃げ出さなきゃ… 何かがひどくおかしい。そして、それが近づいてきている。」


ネロは急いで顔を上げた。顔はほとんど青ざめていた。「出て行くなんて、口にするな… 母さんの後を追って。母さんみたいに消えたくない。」


ケアンは激怒した。「ネロ!ここに留まれば、選択ではなく、強制的に消えてしまうんだ!」


ネロは激しく首を振った。「でも、ここを去るのはもっとひどい。もしかしたら、外には何もないかもしれない。もしかしたら、この界隈が世界に残された最後のものなのかもしれない。」


アリシアは両手で頭を覆った。「いや、いや、ちょっと待って…今日避難させられた家は普通じゃない。それに、消えていくものも…まるで界隈が小さくなっていくみたいだ…時間とともに小さくなっていく…ネロのお母さんが言っていた通りだ。」


ケアンは低く張り詰めた声で彼女に近づいた。「写真には他に何が写っていたんだ?」


アリシアは胸に手を当て、心臓が激しく鼓動した。「あなたの後ろに影が立っていた…人間じゃない。背が高くて、背中を反らせた何かが、まるであなたの中にいるみたいだった。」


ネロは顔面蒼白になって立ち上がった。 「聞きたくない…お願い…」


しかし、彼は言い終えなかった。突然、思いもよらぬ声で叫んだ。


彼らは彼の方を向いた。


彼は目を見開き、震える声で言った。「何かが窓の向こうを通り過ぎた…何かが私の顔を掴んだ!」


ケアンは窓に駆け寄り、力ずくで開けた。誰もいなかった。


ネロは震えながら床に座り込み、繰り返した。「誰もいない…誰もいない…でも、私は自分が見えた…私は自分が見えた…」


カイレンは彼の肩を抱き、落ち着かせようとしたが、ネロは場違いに見えた。


アリシアは彼を見て、古い曲、子供っぽいメロディーを口ずさみ始めた。ネロはそれを聞き覚えがあるようで…徐々に落ち着きを取り戻していった。


彼はささやいた。「怖い時に母さんが歌ってくれたんだ…」


その夜、壁が再び脈動した…


全部ではなかった…ほんの少しだけ。


カイレンは壁に手を置いた。それはとても熱く、まるで壁が内側から燃えているようだった。


彼はささやいた。「中で何かが動いている…あるいは、今にも出てきてる…」


ネロは後ずさりし、かすれた声で言った。「手を出さないで…触らないで…」


アリシアが近づき、突然叫んだ。「中で何かが動いている…何か光っているのが見えた!」


皆は後ずさりした。


一瞬、壁が「呼吸」した。


そう、「呼吸」の音が壁から聞こえた。長く…重く…まるで目覚めたかのようだった。


カイレンは低い声で言った。「ああ、神様…ああ、神様、ここは私たちだけじゃないの…」


真夜中。


二人は離れ離れになるのを恐れ、同じ部屋で一緒に寝ていた。


しかし、ネロの方が先に目を覚ました。


まるで小さな子供が裸足で歩くような、軽やかな足音が聞こえた。


彼は廊下へ出た。


そこに…ドアのところに…


彼の母親がいた。


そう、彼女は先ほどと同じように立っていた。彼女の顔は温かく、目には涙が浮かんでいた。


彼女は静かに言った。「ただいま、ネロ。でも、あなたがドアを開けてくれない限り、ここにはいません。」


彼の手はドアノブに近づいた…

しかし…その時、彼は思い出した。


彼の母親は数ヶ月前に亡くなった。彼が立っている間に、ゆっくりと血を流しながら亡くなったのだ。


彼は後ずさりして叫んだ。「彼女じゃない!僕の母じゃない!僕の母は死んだ!僕の母は、本当の母だった頃、僕を呼んでいたんだ!」


アリシアとケアンはパニックに陥って目を覚ました。


二人は駆け寄り、彼が地面にひざまずき、泣き叫び、「君を忘れない。でも、僕も連れて行かれるわけにはいかない!」と叫んでいるのを見た。


ケアンはドアに駆け寄った…そこには誰もいなかった。


ただ古い香水の香りが漂っていた…ネロの母親の香水の香り。


翌日、誰も容易に起き上がることができなかった。


まるで空気そのものが重くなったかのようだった。


アリシアは血を吐いていた…

ネロは喉が呼吸を拒んでいるかのように、静かに息を切らしていた。


ケアンはアリシアを抱き上げ、ソファに座らせると、叫び始めた。「起きて!何か教えて!近所の匂いを嗅いで!くだらない冗談を言って!とにかく教えて!」


彼女はやっとのことで目を開け、「ネロ…ケアン…ここにいたら…溶けてしまう…私みたいに」と言った。


そして彼女は気を失った。


ネロは彼を攻撃した。「お前のせいだ!最初からこの家を出て行けばよかった!」


ケアンは力ずくで彼を押しのけた。「お前は玄関で母親に泣きついていたじゃないか!」


ネロは黙り込んだ。まるで物理的な打撃ではなく…本物の打撃だったかのようだった。


日が沈むと…薄暗い赤い光が空に戻った。


壁には最後の一文が浮かび上がった。


>「明日、カウントダウンが始まる。消されなかった者たちは…試される。」


ケアンは震える声でそれを読んだ。「どういう意味だ…試される?どのように?誰が?」


ネロは床に座り込み、ヒステリックに、恐ろしいほどに、道に迷った小さな子供のように笑い始めた。


彼は言った。「誰に聞いたんだ?質問しただけで告発になる。」



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