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ケアン:ネブリムの罪 (Kaern: Niburim no Tsumi)  作者: Bayan
第四章:デストラ: 怒りの炎と幻想の嘘
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第47話:憤怒の浄化と操られし絆


カイレンは深淵の縁へと足を進めた。

目の前に広がるのはもはや溶岩の海ではなく、世界の中心に刻まれた「不滅の憤怒」が噴き出す剥き出しの傷口であった。

熱気は空気を可視化させ、オーリエルを包む僅かな湿り気さえも蒸発させんとするほどに揺らめいていた。


火のディストラ

カイレンの数メートル先には、心臓部を守護する「火のディストラ」のエリートたちが立ちはだかっていた。

盲目的な怒りに目を血走らせ、侵入者を認めるや否や狂ったような咆哮を上げて襲い掛かってきた。

彼らにとってカイレンは、純潔なる火の源を汚す異物、灰の破片に過ぎなかった。


仲間の声

「今だ、カイレン! 数秒しか持たんぞ!」

ゼイン・ヴァリオが叫んだ。赤紅の傷跡を抑え、崩れそうな足場で必死に己を支えている。


カイレンの決意

カイレンはその声に応えず、ただ眼下の標的に意識を研ぎ澄ませた。

銀色の灰の光を宿した紅い瞳が、荒れ狂う溶岩の海を見つめる。

この怒りには「忘却」が必要だった。


「俺を攻めるな。己の中にある『殺意』と戦え」

カイレンは自らに言い聞かせるように、あるいは溶岩に向けて呟いた。


彼は灰の石を掲げた。

もはや怒りも恐怖も感じない。

あるのは、この瞬間のために設計された「浄化装置」のような、絶対的な機械的静寂だった。


炎の襲撃

その決定的な瞬間、三人のディストラ兵が巨大な炎の剣を振りかざし、カイレンに突進した。

その炎は落雷のように鋭く、一切の躊躇がない。


二重障壁ダブル・シールド!」

カイレンが命じた。視線は溶岩から逸らさない。


雷の隔離

レンジとオーリエルは即座に動いた。


まずレンジが、熱気を切り裂く青い稲妻と化して飛び出した。

目的は敵の殲滅ではなく、隔離である。


レンジは純粋な雷を、兵士の肉体ではなく周囲の金属塔に叩き込んだ。

五つの接点に高電圧を流し込み、一時的な電磁檻を形成してディストラの攻撃を乱す。


「傲慢の雷は殺すためじゃない…閉じ込めるためのものだ!」

レンジは激しく息を切らしながら後退した。

この短時間の拘束に莫大な魔力を費やしたのだ。


炎の剣が電磁障壁に衝突した。

完全に防ぐことはできなかったが、その殺意は削がれ、軌道が逸れた炎は周囲の投石機を粉砕するに留まった。


オーリエルの決断

同時に、オーリエルが動いた。

彼女は圧倒的な火の力から教訓を得ていた。


水域アクア・フィールドを限界まで広げ、それは単なる冷却を超え、「感情の絶縁体」となった。

湿り気を帯びた濃密な膜が足場を包み込み、ディストラが放つ負の熱情を吸収し、和らげていく。


「彼らの感情は、彼には届かせない…」

オーリエルは自分に言い聞かせるように呟いた。


三次元の障壁

こうして、カイレンは三次元の障壁に守られた。

レンジの雷が動きを封じ、オーリエルの湿気が殺意を削ぐ。

カイレンに「集中の一秒」が与えられた。


ザールの囁き

カイレンは目を閉じた。

戦場の喧騒も叫びも聞こえない。

ただ、ザールの囁きだけが響く。


『憤怒に対し、憤怒である必要性を忘れるよう命じるのだ、カイレン』


灰の変貌

灰の石が銀色に輝き、やがて死した星の灰のような、純粋な灰色へと変貌した。

カイレンはその石を深淵へ向けた。


灰は雲ではなく、銀色のエネルギーの滝となって、煮えくり返る溶岩へと流れ落ちた。

伝説の「ニブリームの罪」の源流に、カイレンが正面から挑んだ瞬間だった。


苦痛と記憶

銀の滝が溶岩に触れた瞬間、カイレンを凄まじい苦痛が襲った。

それは肉体的なものではなく、存在そのものが削られるような痛みだった。


世界の記憶が脳内に流れ込む。

ディストラの火は本来、破壊ではなく「迅速なる浄化」のためにあった。

しかしアーカムはそれを歪め、浄化を「絶滅」へと、封じ込めを「屈服」へと書き換えていた。


「破壊を忘れろ! 絶滅の衝動を忘れろ! 偽りの幻影を忘れろ!」

カイレンの内なる叫びが、彼の全エネルギーを奪っていく。


変容の訪れ

障壁が限界を迎え、ディストラたちが狂ったように火を放つ中、ついに「変容」が訪れた。

銀の滝が溶岩から膨大な殺意を飲み込んだのだ。


突如として、溶岩の激しい沸騰が止まった。

禍々しい橙色と深紅が混ざり合い、ゼイン・ヴァリオが持つ「均衡の火」と同じ、穏やかな紅へと変わっていく。


炎はもはや噴火することなく、ゆっくりと鼓動を打つ心臓のように、規則正しく揺らめいた。



深淵から穏やかな光が昇る中、ディストラの兵士たちに異変が起きた。

襲い掛かっていた三人の兵士が動きを止め、瞳から憎悪の光が消えた。

彼らは膝から崩れ落ち、その場に倒れ伏した。死んではいない。

ただ、彼らを突き動かしていた「怒り」が消滅し、疲れ果てた一人のニブリームに戻ったのだ。


アーカムはこの怒りを「操り糸」として使っていた。

源流が浄化されたことで、その糸は断ち切られたのだ。


勝利の安堵

「やったな、カイレン…憤怒を浄化しきったか」

ゼインが安堵の表情を浮かべ、弱々しくも勝利を確信した声を出した。


カイレンはその場に膝をついた。

手からこぼれ落ちた灰の石は光を失い、冷たい灰に覆われている。

「能動的忘却」が彼の全力を使い果たしたのだ。


息を切らすカイレンのもとへ、レンジとオーリエルが駆け寄る。

レンジが肩を貸し、オーリエルは残った魔力で彼の火照った身体を癒やした。


封鎖の始まり

しかし、安堵したのも束の間、広場がこれまでにない激しい振動に襲われた。

それは自然の震えではなく、機械的、幾何学的な封鎖の音だった。


見上げると、天井から黒い金属の網が急速に増殖し、あらゆる出口を塞ごうとしていた。


カイレンの頭の中で、ザールが恐怖に満ちた声を上げる。

『アーカムだ! 奴が全ての門を制御している!』


絶望の罠

ゼインが必死に立ち上がり、閉ざされる出口を見上げた。

「…浄化が罠だったわけじゃない。罠は、この『封鎖』そのものだ」


アーカムはディストラを世界から切り離し、正規の門を通じた脱出を不可能にしたのだ。


「俺の力は尽きた。火の傷が癒えぬ限り、門を開くことはできん。レンジとオーリエルも限界だ」

ゼインが壁に寄りかかりながら、絶望を口にする。

「バニラがここを制圧し、我々に辿り着くまで、あと数分もないだろう」


秘密の古道

カイレンは朦朧とする意識の中で、ゼインを見つめた。

「…まだ、『忘れられた古文書』で見つけた、あの半壊した誓約の鍵がある」


ゼインの目が、微かな希望に輝いた。

「…あれか。あれは扉を開く鍵ではない。アーカムさえまだ掌握していない、

『アーカルの世界』へと続く秘密の古道…アーカルの門を開く唯一の手段だ」


「忘れられた古文書室へ、急ぐぞ!」

カイレンはレンジに支えられながら、断固たる口調で命じた。


絶望的な競争

一行は再び暗い通路へと駆け出した。

それは脱出ではなく、時間と完全封鎖との絶望的な競争だった。


彼らは憤怒を浄化した。

だが今、巨大な檻の中に閉じ込められた。

アーカムが「浄化された灰」を回収しに来る前に、古の魔法門を見つけ出さねばならない。


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