表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/23

第四章:私の顔を持つ者は誰か?


朝、あの文はまだそこにあった。ニーロのベッドの横の壁に、はっきりと刻まれていた。色あせることも、ひび割れることもなく、まるで壁と共に生まれたかのように。


アリシアは床に座り、その言葉を見つめていた。カイレンはノートをめくっていた。そこには恐怖や困惑の中で綴られた印や言葉が並んでいた。


アリシアがゆっくりと言った。


「もし私たちの誰かが……出ていったのではなく、入ってきたのだとしたら……それはどういう意味?」


カイレンは、壁が聞いているかのように小さな声で答えた。


「たぶん、僕たちが見たものは外から来たんじゃない……僕たちが気づかずに越えたのかもしれない。」


重たい沈黙が部屋を包んだ。


その時、ニーロがまるで夢の中から声を切り取ったように言った。


「もう一度カイレンを見た……でも、あれは彼じゃなかった。」


カイレンは不安そうに見つめた。


「どうして?いつ?」


「僕が寝ている時、足元に立ってた……顔を覗き込んで、何かを囁いた……嫌なことを。」


「何て言った?」


子どもは沈黙した。


そして、ささやいた。


「外側じゃなく、内側からお前を見ている、って。」


アリシアは息を呑んだ。彼女はカイレンを見た。カイレンは呆然とした表情を浮かべ、小さな鏡のある部屋の隅へと歩いた。


彼はしばらくの間、鏡の前に立っていた。


そして、恐ろしいほど静かに言った。


「もし僕に似た誰かが……僕の名前で歩いていたら……僕はどうやって自分が自分だと分かるんだ?」


アリシアは答えた。


「疑い始めたら……もう自分を失い始めてるのよ。」


ニーロが近づいて、ベッドの脇にあった小さな手鏡を取り、カイレンに差し出した。


「これを自分に渡して……もし受け取らなかったら、そいつは君じゃない。」


外では、状況が悪化していた。


町の噂が広まっていた。ある女性は、2年前に死んだ娘が通りを歩いていたのを見たという。ある子どもは突然消えたかと思えば、戻ってきた時には未来の一日について書かれた奇妙なノートを持っていた。毎日、新しい言葉が家々の壁に現れ、前日の言葉は消えていった。まるで壁が言葉を呼吸しているかのように。


カイレンはノートに書いた。


> これは文章じゃない……メッセージだ。誰も書いていない。町そのものが目撃したことを書いているんだ。




夜になると、「それ」が現れた。


カイレンは建物の裏路地にいた。手にはランプと手鏡を持っていた。長い影が壁に映ったのを見た。


それは、ゆっくりと暗がりの角から現れた……同じ体、同じ顔、同じ服。だが、その目には光がなかった。空っぽで、見ることすら知らないようだった。


カイレンは鏡を差し出した。


影は動かない。


「取れ」とカイレンが言った。


反応はない。


一歩……さらに一歩近づく。


そして、影は空ろな声でつぶやいた。


「君は残ろうとしている……でも彼らは僕を選んだ。」


「彼らって誰だ?」


「見えない者たち……君が生まれた時に名前を忘れた者たち。」


突然、カイレンはツルハシを持ち上げたが、影は動かなかった。


そして影は言った。


「君がしたことは……再び起きる。でも、それは君のものではない。」


その瞬間、影はひび割れ始めた。


体が灰のように砕け、空中に舞い上がった。冷たい匂いが残った……まるで「不在」には独自の香りがあるかのように。


カイレンは中に戻り、凍りついた表情で言った。


「見たよ。あれは僕だった……でも、生きてなかった。」


そしてニーロを見て言った。


「彼だけじゃない……もっといる。僕たち一人ひとりに、崩壊の瞬間を待ってる影がいる。」


アリシアはじっと彼を見て、言った。


「これからどうするの?」


カイレンはノートを見てから、窓の外を見た。外の壁の色が灰色から濃い赤に変わり始めていた。まるで町全体が反転の準備をしているかのようだった。


彼は言った。


「逃げない。待たない……誰かに書かれる前に、僕たちが自分の物語を書くんだ。」


ノートの最後のページに、誰も書いていないはずの新たな文が浮かび上がっていた。


> 顔が消えても、名前は忘れるな。




翌朝、目覚めたとき、朝は来ていなかった。


空は厚い黒い粉塵に覆われ、太陽は昇ることを恥じているようだった。町全体が苦しげに息をしているようで、いつも通り騒がしかった路地からの音も完全に消えていた。


カイレンはゆっくりと部屋を出た。ニーロとアリシアも後に続いた。


周囲のドアは開いていたが、誰も見えなかった。家は空っぽのように感じられた。食べ物も、音も、足跡さえもない。


「みんな……どこへ行ったの?」アリシアがささやいた。


誰も答えなかった。


カイレンは向かいの壁を指差した。そこには、深く刻まれた新たな文があった。


> 見られぬ者は、消される。




ニーロが突然言った。


「奴は彼らを消している……一人ずつ。」


カイレンは彼を見た。


「誰が?誰がそんなことを?」


子どもは冷たい声で答えた。


「顔のない者たち。」


彼らは墓場のような静けさの中、路地を進んだ。交差点で、奇妙なものを見つけた。無数の足跡が町の中心へ向かっており……その先で消えていた。


まるで、歩いた者たちはたどり着いたのではなく、途中で溶けてしまったかのようだった。


突然、空気が震えた。かすかな音が広がった。それは囁きのようだったが、人間の囁きではなかった。壁のひびの奥から、理解できない言葉が聞こえてきた。まるで壁が皮膚の下で話しているかのように。


アリシアがカイレンの腕をつかんだ。


「ここにはもういられない。」


カイレンは答えた。


「でも、今は出ることもできない……」


ニーロは震える声で言った。


「きっと、誰もこの町から出たことはない……出た者は、戻ってこないんだ。」


その夜、再び赤い光が現れた。


だが、今回は一つではなかった。


町の四隅に、四つの光が現れた。まるで彼らを包囲する目のようだった。そして、煙が扉の下から、隙間から、割れたタイルの間から忍び込んできた。


そして、声が聞こえた。


> 「排出を開始せよ。」




> 「目標:第一段階の終了。」




三人は建物の中へ駆け込み、窓をすべて閉め、濡れた布で扉を塞いだ。


カイレンはつぶやいた。


「奴らは僕たちを探してるだけじゃない……何かを試してる。」


アリシアはかすかな声で言った。


「もしかして……記憶を抜いてるの?」


彼は驚いて彼女を見た。


「どういう意味?」


彼女は答えた。


「人々……町……生き残った者は何も覚えていない。きっと……それが彼らのやり方。」


ニーロが言った。


「物語を消して、代わりに書き直すんだ。だから人々は、この地獄にいることに気づかないまま生きてる。」


カイレンはノートを握りしめ、急いで書いた。


> 「物語を残さねばならない。何があっても。真実を語るのは、僕たちしかいない。」




> 「誰も読まなくても……僕たちは書き続ける。」




裏路地、彼らの建物の正面の壁に、新たな文があった。


> 「名前が消えても、書いた者は残る。」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ