第三十五話:灰の冷酷さと不可能性の探求
レンジとウリエルが去った翌朝、アリオンは一分たりとも無駄にしなかった。彼はケアンの鍛錬を始めた。筋肉を鍛えるためではなく、意志を消し去るためだ。
岩だらけの中庭で、アリオンはケアンの前に立ち、赤い目には見慣れない冷たさが宿っていた。
「ケアン、お前はまだ大きな束縛にしがみついているな」アリオンは厳しい声で言った。「奴らが生きているというお前の確信は美しい炎だが、脆いものだ。ヴァニラは偽りの希望を攻撃しない。お前にとって最も大切なものを攻撃するのだ。灰の結界に立ち向かうのに十分な強さを得るには、たとえ奴らが生きていたとしても、失う覚悟があることを証明しなければならない。」
ケアンは拳を握りしめ、怒りがこみ上げてきた。
「私は自分の確信を燃やさない!奴らは無事だと知っている。これは幻ではない!」
「灰は飲み込まれる、ケアン。そしてそれは、強さよりも確信を犠牲にする覚悟を意味する」とアリオンは命じた。「さあ、目を閉じろ。最悪のシナリオを想像してみてくれ。アリシアとネロがいなくなり、お前はこの世界でたった一人ぼっちになる。」
ケアンは渋々目を閉じた。まるで世界が崩壊したかのような、真の孤独感と喪失感が彼を襲った。彼は火をつけようとしたが、噴き出したのは怒りに満ちた、不安定な赤い炎だった。そしてそれは瞬く間に消え去った。
「怒りは安物の燃料だ!」アリオンは叫んだ。「怒りはお前を燃やす!混沌の中に静寂を見つけろ。希望の中に強さを求めるのではなく、受け入れることの中に強さを求めるのだ。現実ではなく、必然を受け入れるのだ!」
その瞬間、ケアンの中で何かが解放された。彼はもはや喪失感に抵抗せず、確信を取り巻く危険を受け入れた。火の玉が彼の右手に落ち着いた。 それは力強い赤金色の炎ではなく、静寂と死の境から引き出された炎のような、冷たく白い炎だった。
彼が岩に炎を向けると、炎は岩を焼き尽くすどころか、驚くべき冷たさで、想像上の灰の層を拭い去った。それはもはや燃え盛る炎ではなく、傷跡を残さずに消し去る「忘却の炎」だった。
ケアンは息を切らし、膝から崩れ落ちた。彼は、自分の新たな強さは運命への怒りではなく、感情的な無関心にあることに気づいた。
「よし」アリオンは初めて低い声で言った。「お前は忘却の炎に触れた。だが、まだ理解していない。休め。お前の修行はまだ終わっていない。」
一方、レンジとウリエルは忘れ去られた都市イスマスに潜入していた。都市は廃墟と化していただけでなく、時間を遅くする古代のエネルギーに満ちていた。
イクラの血統の力を持つウリエルは、濃い霧の雲を操り、東の地の地下に埋もれたトンネルと寺院を探し出した。彼らは暗い地下室へと降りていき、そこには砕け散った彫像や「最初のニブリムの罪」を物語る石板が敷き詰められていた。
「ここのエネルギーは静まり返っている」とレンジは囁いた。ウリエルは古代の灰を吸い込まないように、水蒸気の泡で彼らを包み込んだ。
二人は探索を開始した。広間の突き当たりで、彼らは真ん中が割れた巨大な石板を見つけた。ウリエルは謎めいた碑文に目を凝らし、レンジは記号を写し取った。そこには、時の中で「裂け目を封じる」ために必要な三つの犠牲が記されていた。
第一の犠牲:完成しなかった光。
第二の犠牲:消えなかった水。
第三の犠牲:飲み込まれた灰。
「まさに我々が求めていた条件だ」レンジは呟いた。
彼がその文章を読み終えたまさにその時、地面が激しく揺れた。地震ではなく、古代の防御装置が目覚めたのだ。
暗闇の中から、金属と粘土でできた、ニブリムエネルギーを持たないものの、強大な力を持つ、巨大な沈黙のガーディアンが現れた。
「逃げろ、レンジ!」ウリエルは叫び、凍てつく水の圧力を利用してガーディアンに瓦礫を投げつけ、無力化した。
レンジは石板へと突進し、壁全体が崩れ落ちる前に石板から小さな砕けた石片を掴み取った。その破片こそ、生贄の文が記されていた部分だった。
「破片は俺が持っている!ウリエル!下がれ!」
レンジは稲妻を放ち、瓦礫をさらに覆い尽くした。その混乱に乗じて、二人はトンネルの出口へと全速力で駆け出した。 彼らは脱出に成功したが、疲れ果てて戻ってきた。黒き石は見つからなかった。条件は見つかったものの、物質の鍵は見つからなかった。
レンジとウリエルは翌朝の日の出に隠れ家に戻った。ケアンが奇妙なほど静かに座り、その目には冷たい炎が宿っていた。
レンジは石板の破片をアリオンの目の前のテーブルに投げつけた。
「これを見つけた。三つ目の犠牲、灰を飲み込むことについて書かれている」とレンジは言った。「だが、黒き石は見つからなかった。物質の鍵の痕跡も見当たらない。」
アリオンは破片を手に取り、親指でなぞってから、自分を見守るケアンを見た。
「よくやった。ヴァニラが定めた条件を見つけた。彼らの灰の真の力は石に隠されているのではなく、ニブリムが思い出そうとしない場所にあるのだ。」
アリオンは三つの石を集めた。赤みがかった金(ディストラの門)、青(アイコラの門)、そして破片。
「鍵が灰の呑み込みに繋がっていることが分かった今、戦略を変えなければならない。ヴァニラの石はイスマスの街にはない。火の血統そのものが忘れ去った何かに繋がっているのだ。」
アリオンはケアンをまっすぐ見つめた。決意は固かった。
「ケアン…鍵を見つけるには、父祖の記憶を探らなければならない。」
「どういう意味だ?」ケアンは鋭く尋ねた。
「力は外部からの探求によって得られるものではない。ヴァニラの石は、エニル(純粋な火)の血統にかけられた枷の一部だ。最初のニブリムが灰の血統に対して罪を犯した場所を見つけなければならない。ニブリムの歴史における忘れられた領域を探索しなければならない。」
ケアンは、その言葉がもはや以前のようには自分に響かなくなったと感じた。 それは冷酷な真実となった。力への道を歩み始めたばかりだったが、鍵を見つけるには、血統の歴史の埋もれた灰を掘り起こさなければならないと悟った。その道は門ではなく、忘れ去られた起源へと続いていた。
レンジとウリエルは後ずさりし、アリオンとケアンを向かい合わせにした。
「灰は飲み込まれた」と刻まれた石の破片が、テーブルの上で死んだ心臓のように脈打っていた。
アリオンは静かな声で言った。「ケアン、君の父祖の記憶と言うとき、美しい物語のことではない。」
彼は椅子に深く腰掛け、低く囁くような声で言った。
「ニブリム、特にディストラは、自らの歴史を炎の文字で記した。
彼らは自らの『神性』を脅かすものすべてを力ずくで消し去った。
しかし、灰は、ケアンよ…炎によって消し去られることはない。
それはただ散り散りになり…集められるのを待っているのだ。」
アリオンは破片を見つめ、それから続けた。
「争いの起源において、ヴァニラ族は単なる邪悪な種族ではなかった。
彼らは均衡の守護者だった。
そしてディストラ族は、灰の勢力が自らの覇権を脅かしているのを見て、究極の罪を犯した。
彼らを存在から、そして歴史から完全に消し去ったのだ。」
レンゲは驚きのあまり手を握りしめた。ニブリムの他の者たちと同様に、彼も灰の種族は自然消滅したと信じていた。
アリオンは言った。
「ヴァニラの黒石は力の石ではなく、罪の印だ。
デストラ族はそれを、罪を内なる告白によってのみアクセスできる場所に隠した。
この場所は…秘伝書では『忘れられた告白のトンネル』と呼ばれている。」
ケアンが囁いた。
「告白のトンネル?」
アリオンは重々しく笑った。
「古地図に記された地理的位置ではない。
火の種族が最初に誕生した場所、
彼らの支配が始まった場所と繋がっている。
そして今…残るは遺跡だけ。否定の層の下に埋もれ。」
アリオンはケアンに人差し指を向けた。
「純粋な炎の末裔であるあなたこそ、この地の力に耐えられる唯一の存在です。」
黒の石は衛兵によって守られているのではなく…ヴァニラに対するデストラの罪がもたらした集団的な苦痛の記憶によって守られている。
他のニブリムがそこに入ると…幻影と後悔によって殺されるだろう。
だが、君の冷たい炎…昨日目覚めさせた炎は…これらの幻影を消し去り、灰にも耐えることができる。」
ケアンはこの任務の重大さを悟った。
もはや戦うことではなく、罪の歴史と対峙することだった。
彼は祖先への償いとして、そして自らの道を見つけるために、この地へ向かわなければならなかった。
これこそが、アリオンが語った究極の犠牲だった。
「お前は?」ケアンは鋭い目で言った。
「私は混血種だ。火と雷だ。」アリオンは答えた。
「もし入れば…私と他の皆を焼き尽くす。
私の使命は、君をトンネルの入り口まで連れて行くことだ。」 ケアン、君の任務は…祖先の灰を掘り下げることだ。」
ケアンの視線はレンジとウリエルへと移った。
レンジは緊張していた。
しかし、ウリエルは大きな青い目で彼を見つめた…その瞳には恐怖と慈悲が入り混じっていた。
アリオンは言った。「忘れられた場所は黄昏の砂漠の奥深く、ここから三日の道のりだ。
旅はすぐに終わる。重装備は持たない…身を隠すのに役立つものだけ。
ヴァニラ族はこの場所を放っておかないだろう。」
「で、我々の任務は何だ?」レンジは期待を込めて尋ねた。
アリオンは冷たく答えた。「生き残ることだ。
侵入に必要な力は…ケアンのもの。
だが、ヴァニラ族の侵入者から境界を守る力は…君のもの。」
君は盾となり…灰が火の末裔を囲むのを防ぐのだ。」
これは、アリオンがレンジとウリエルのチームとしての強さを初めて明確に認めた瞬間だった。
ケアンは一歩前に出た。
もはや恐怖も怒りも感じていなかった。
彼の決意は冷徹だった…まるで彼が見つけた炎のように。
「いつ行こうか?」
アリオンは、探し求めていた生徒をついに見つけたかのように、かすかに微笑んだ。
「今日の日が沈む時だ。」旅は夜に、灰を思わせる闇に隠れて始めなければならない。
アリオンが石と地図を集めている間、ケアンは立ち尽くしていた。
その時、ウリエルが近づいてきて囁いた。
「ケアン…中で何を見るにせよ…君は一人ではないことを忘れるな。」
彼は彼女を見た。微笑みはしなかった。
しかし、彼は静かに頷いた。
ネロとアリシアが生き残るという確信は、まだ彼の内に燃え続けていたが、新たな炎が…彼を沈黙させた。
夜が更けると、四人は出発の準備を整えた。
彼らの荷物は軽かったが、秘密の重荷は重すぎた。
ケアンは自分の手を見つめ、新たに手にした炎のほのかな冷たさを感じた。
道は力へと向かうのではなく…
彼の一族の忘れられた秘密の墓へと向かっていた。
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