第二十四話:氷は静かに語る
闘技場はほぼ無人だった。廊下の足音は消え去り、訓練の残骸を巻き上げる風の音だけが残っていた。
ケアンは円陣の端に立ち、胸を上下させ、指の間の青い石は脈を失ったかのように冷たく感じられた。
静かな足音が彼の背後から近づいてきた。
ケアンは振り返る必要はなかった…口を開く前に、その声が分かっていた。
「ホールの半分を燃やすつもりだったのか。」
彼はゆっくりと振り返り、レイナーと視線を合わせた。氷のような輝きはまだ残っていた。完全には消えていなかったが、空気を冷たく感じさせるには十分だった。
ケアンは唇を噛み、声が震えた。「お前…俺は一体何なんだ?」
レイナーはすぐには答えなかった。彼はただレイナーの向かいに立ち、まるで深く彼を見つめているかのように、じっと静かに見つめていた。 数秒後、彼は静かに言った。
「火が持ち主を焼き尽くす前に、それを鎮める術を知っている者…」
ケアンは彼の手を強く握りしめた。
「助言を求めたのではない…君のことを尋ねたのだ。君は…ニブリミか?」
レイナーの顔に、かすかな微笑みが浮かんだ。
「そうかもしれない…そうではないかもしれない。」
ケアンは一歩前に出た。彼の内に燃える火花が、声に滲み出始めた。
「逃げるな!なぜ邪魔をした?俺一人でできたはずだ。」
レイナーはじっと動かず、瞬きもしなかった。
「もし君一人だったら…ここに辿り着いていただろう。この力は君のものではない。敵を飲み込む前に、君を飲み込むということを、私はまだ理解していない。」
まるで振り上げられた剣のように、二人の間に沈黙が訪れた。
ケアンは何か奇妙なものを感じた…怒りだけでなく、恐ろしい好奇心だった。 目の前にいるこの人物は、ただの学生でも、通りすがりの救助者でもない。何かもっと深いもの、誰にも隠している何かがあった。
彼が答える前に、レイナーは振り返り、何もなかったかのように静かに歩き去った。歩き去る間、彼の声は宙に消えた。
「それを制御するように努めろ…それが君を支配する前に。」
ケアンはその場に留まり、彼を見つめていた。心臓は追いかけてくるかのように激しく鼓動していた。
「君は…一体誰なんだ?」彼は嗄れた声で呟いたが、答えは返ってこなかった。
ケアンは冷たい病室、アクセリアで疑問に向き合っていた。一方、アリシアはさらに難しい疑問…答えのない疑問に直面していた。
涙は止まらない奔流のように流れ落ち、嗚咽で声は途切れ、枕さえもびしょ濡れだった。深淵にぶら下がっているかのように、毛布を握りしめる彼女の手は震えていた。
「なぜ私が? なぜこんなことが私に起こったの?」 彼女は部屋の壁に向かって囁くように、かすれた声で言った。「こんな罰を受けるなんて、一体何をしたというの?あそこを捜していなければ、岩は落ちてこなかったのに。」
ついに涙が頬を伝い、赤く染まった。「ママ、どこにいるの?今、本当にママが必要なの。どうしたらいいの?教えて。」
自分の顔、そして亡くなった愛する人たちの顔を思い出すと、言葉が喉に詰まった。「どうして愛する人たちはみんな私を一人にしてしまったの?こんな状態でも…」
「罪悪感」という言葉が頭の中で響き、重くのしかかる。「ママ、こんな目に遭って当然だったの?私は罪を犯したの?大きな間違いを犯したの?」
彼女は激しく首を振り、その考えを振り払おうとした。「違う…違う、何を考えているの?苦しみながら死んでいった人たちがいるのよ。」
そして、彼女は人生の辛い現実に突きつけられた。「でも、私は生きている。でも、この痛みは?どんな痛みよりも強い。私は死ぬべきだったのに…」
彼女は窓の外の空を見上げた。まるで自分の痛みを映す鏡のように。 「彼らは痛かったけど、結局は死んだ。だから痛みは消えたのよ。」
恐ろしい真実を悟り、彼女は衝撃で目を見開いた。「私も死ななきゃいけないの?」と彼女は震える声で叫んだ。「でも、私も今、痛みで死にそうよ。」
力が抜け、両手で顔を覆った。抑えきれない嗚咽が体を震わせた。静寂が戻ってきたが、それはもはや静寂ではなかった。部屋を満たす苦痛の音で満たされていた。その音は決して消えることはない。
窓は開いたままで、夜がゆっくりと忍び寄ってくる。目に見えない手が彼女の顔に触れるかのように、寒さが入り込んでくる。
アリシアは毛布を引っ張り上げるが、その寒さは空気からではなく、彼女の体から来ていた。
彼女は一度、二度、息を切らして息を呑んだ。
疲労と涙で目が腫れ上がると、ぼんやりとした光景が目の前に浮かんだ…部屋の隅に立つ影。
彼女は瞬きをした。
幻か…もしかしたら鏡映しかもしれない。
しかし、影は動かない。
背が高く、痩せた人影だけが、見えない顔に小さな笑みを浮かべている。
彼女は弱々しく囁いた。
「…アーカム?」
しかし、何も返事がなかった。
冷たい感触が彼女の手に触れた…それとも、ただの幻か。
彼女は震える手を上げ、虚空を感じようとした。まるでそれが現実か夢か確かめようとしたかのようだった。
しかし、何かに触れる前に…それは消え去った。
空気が重くなり、部屋は元の状態に戻った。
しかし、彼女の心臓は激しく鼓動し続けていた。まるで、自分に起こったことは単なる事故ではないと分かっているかのように。
彼女は目を閉じ、途切れ途切れの言葉を呟いた。
「ケアン…助けて…」
静寂が部屋を満たし、残っているのはモニターの規則的な鼓動音だけだった…しかし、中では嵐はまだ収まっていない。
アクセリアで、ケアンはレイナーの謎と対峙していた。
病院で、アリシアは解き明かされつつある呪いと対峙していた。
アクセリアに夜が訪れ、訓練場には足跡だけが残っていた。足跡の半分は風に消えていた。ケアンは低い石壁に寄りかかり、指の間の青い石はかすかに輝き、まるで彼と共に呼吸しているようだった。
頭は重く、胸は落ち着かなかった。
目を閉じるたびに、レイナーの目が浮かんだ。穏やかで冷たく、しかし何かがそこにあった…彼の内に秘めた炎よりも恐ろしい何かが。
彼は独り言を言った。「どういう意味だ…その力が私のものではないって?」
彼は石を砕こうとするかのように、自分の手に押し付けた。赤い火花が再び彼の目にちらついたが、すぐに消え、息苦しい感覚だけが残った。
彼は頭を空へと上げた…
そこは澄み渡り、平凡な世界だった。カイラスの灰や第六管区の影とはかけ離れた、別世界だった。
それでも…胸が重く感じられた。
>「支配する…支配される前に。」
レイナーの言葉は、まだ彼を苛立たせていた。
しかし、心の中で別の声が囁き始めた。彼が知っている声…助言ではなく、救いを求めない声。
燃えるように、嗄れた、渇いた声。
>「自分を解き放て…そして、それらを燃やせ。」
ケアンは突然息を呑み、頭を抱えて声を振り払おうとしたが、胸から肩へ、肩から腕へと熱がこみ上げてきた。
目を見開き、息が荒くなった。
彼は息を切らしながら、急いで立ち上がった。石が彼の手から落ちて地面に落ち、その反響が誰もいない中庭を揺らした。
彼は震える声で囁いた。
-「私は…私は一体何なのだろう?」
廊下の方から吹いてきた風が、奇妙な寒気を運んできた。
まるで誰かが影から、近くにいながら目に見えない姿で彼を見つめているような気がした。
ケアンは唇を強く噛み締め、少し血が滲んだ。そして囁いた。「もし私を飲み込もうとするなら…そう簡単には諦めない」
しかし心の奥底では、彼は知っていた…本当の戦いはまだ始まってもいないことを。
風は突然静まり、まるで彼と一緒に息を止めているようだった。
ケアンは石を拾おうとかがんだが、指が触れる前に…それは別の色に輝いた。いつもの青ではなく、より深く、より深い色だった。まるで彼の心の奥底で、開かれるのを待っているかのようだった。
彼は震え、一歩後ずさりして囁いた。「これは…私の光ではない」
内なる声が、かつてないほど近くに響いた。「これは私の光だ」
彼はまぶたを閉じた。心は二つの囁きの間で揺れ動いていた。母の戒め、「世界に自分が何者かを決めさせてはいけない」という戒めと、レイナーの言葉「支配される前に、支配しようとしなさい」。
しかし、三つ目の、燃えるような声がすべてをかき消した。
「あなたは私の血。私の延長。私に逆らうな。」
急いで目を開けると、石は静止し、光はいつもの青に戻っていた。
しかし、あの声が彼の心に残した冷気は消えなかった。
彼は暗い廊下へと顔を上げた。数歩先の柱の後ろに、小さな影が潜んでいるのを感じた。
彼は目を細めた。
「君がそこにいるのは分かっている。」
影はゆっくりと動いた…光でも、輝きでもない。ただ小さく、ためらいがちに佇む人影。
一瞬、ケアンはネロの姿を見たような気がした。記憶からかけ離れた、同じ背丈、同じ顔立ちで立っていた。
「ネロ…?」彼の声はかすれた。
しかし、影は煙のように滑り、かすかな残響だけを残して消えた。
>「君は一人じゃない…たとえそう望んだとしても。」
ケアンは凍りつき、息が荒くなった。指の間の石は冷たくなり、まるで夜そのものが世界の温もりを飲み込もうとしているようだった。
彼は石壁に腰を下ろし、視線を空に定めた。心の声が囁いた。
「もしこれが道ならば…私は歩む覚悟だ。たとえ暗くても。」




