蜘蛛と少年
数分後、デルスへの説教も終わり、フォウルは朝ご飯を食べ始める。目玉焼きとバラの豚肉を塩コショウで味付けし、こんがり焼いたものをトーストに乗せたものと、カットされた果物だ。今まで少し硬いパンばかり食べていたうえ、味もついていなかったので、暖かく、味がいつもと違うトーストに目をキラキラさせながら一心不乱に食べ続けていた。
トーストをきれいに食べきり、果物を頬張り始めた時、デルスが口を開く。
「フォウル、特訓始めるぞ」
「いいけど、王都見る約束は……」
「何年か山に籠るから今見ても戻った時に変わってるだろうからがっかりするだろ。」
「いやお前それは……」
「そうだね。じゃあ特訓始めよ!」
「少しは抵抗しないのか……?」
デルスとフォウルの会話にツッコミを入れるシャルだったが、誰も気にすることなく会話が終わる。
そうして数十分後、二人は王都近くの山に籠る準備を始める。
「何持ってけばいいの?」
「別に何も。武器はその都度あげるからな」
「じゃあ歯ブラシとかもいらない?」
「ああ。いらない」
「口臭とか大丈夫なの……?」
「大丈夫だ。そこらの知識も教える。」
「じゃあ大丈夫か」
デルスの言葉を全て肯定しているフォウルを見ているティナ、シャル、タラの三人はデルスが何かしでかしたのかと疑うようにジッとデルスを見続ける。
「あ、そうだ。特訓って何やるの?期間とかも教えて」
ティナが話を切り出す。
「ああ、大体は俺のやってることの模倣とサバイバル術だ。順調にいけば二、三年で終わるだろうから特に問題ない。余程の事がない限り山から逃げることがないように監視も付けてるから安心しろ。」
「その監視って……?」
「ああ、パールだ。仲間だし、裏切るようなことは……どうした?そんな顔して」
パールという人物を聞いてみんなが引く。
「だってあいつ仕事はこなすけども、伝え方によっては普通にヤバいことする奴だからね?」
「ああ、恐怖心の克服のたm……」
『もっと優しくしてあげろよ!』
三人が抗議するように叫び、ティナがデルスを殴る。フォウルは話を聞いていなかったのか、首をかしげながら全員の方を見る。
「でも、あいつやる気だし……特訓の一部にもあいつが必要なものもあるし、今断るのはちょっと……」
「早く行こ?デルスさん」
「よっしゃ行くか!」
「ちょっと待ちな
デルスはそそくさとドアを閉め足早に動き、フォウルに話しかける。
「山はちょっと遠いからな。連れてくぞ」
「うん!」
そういって逃げるように山へと向かうのだった。
※
「さあ着いた。ここで特訓するぞ」
ついた場所は森の中にある山。
「パールー!!いるかー!?」
デルスがさっき話に出した人物の名前を呼ぶ。
「ほーい。ここだよー」
高い声を発し、明るい口調で反応し空から舞い降りるようにやって来た人物はパールだ。緑色の髪は、鎖骨程まである長さの髪は整えられず、ぼさぼさしており、ところどころ汚れている。髪と同じように緑色をしている虹彩と、瞳孔だけが黒く染まった眼をしている。飾りをつけるようにリングが三つ、両目の下に付けられている。服装は、元々そういうものなのか、傷ついただけなのかは定かではないが、裂くように開いた穴がいくつも黒いデニム生地のズボンに模様として付けられ、素肌が所々見える。上半身は胸元を隠すように白い生地のタンクトップを着用しているが、腹部を剥き出しにするように途中で巻かれている。肘までの腕のラインが分かるように肘までを覆っている黒い革製の手袋を着用しているが、指先だけ、手袋を覆うことなく剥き出しになっている。
「こいつはフォウル。内容は話した通りだ。こいつには山を登りながら詳細を話すから軽い自己紹介をしてくれ。」
「了解!」
パールはデルスと軽く会話したのち、フォウルと目を合わせ至近距離に近づき、自己紹介を始める。
「は~い。僕パール。一人称は『僕』だけども、女だからね。よろしく!あっそうそう、『蜘蛛』って名前もあるからね!よろしく!」
「ぼ、僕はフォウル。よろしく……」
積極的に詰め寄りすぎているのか、フォウルは彼女に少しだけ苦手意識を持ってしまった。
彼の自己紹介を聞いたパールは笑みを浮かべ立ち上がり、歩き始める。
「こっちこっち!早速山に入るよ!」
二人について来るよう催促し、山を登り始める。そして、デルスは山を登りながら、特訓の内容を説明し始める。
「特訓の内容は、俺のスキルの模倣。分身出したりとか、服と一緒に再生する方法を習得したりだな。それと痛みの感じ方の調節。サバイバル術とか対人戦の基本とかかな。」
「分かった!僕頑張る!」
フォウルのやる気に満ちた目を見て、デルスは一つ付け加えるようにパールに聞こえないよう小声で説明を始める。
「元気なのはいいが、くれぐれも逃げないように。パールはああ見えて非人道的だ。山のふもとに張り巡らされている糸に触れれば即死だからな。それに掴まれば拷問的なものもある。やる気に満ちていたせいで収拾がつかなくなって拷問をやめるようにできなかったのはすまない。仮にそうなった時止めるには俺とティナのどっちかが見つけるまでは何もできないから気をつけてな。」
「う、うん……」
「なーに話してたのー!!?」
デルスの言葉に少し怖気づいたフォウルの下にパールが目の前まで近づき、大声で叫ぶ。デルス含め二人はビクッとなってしまった。デルスは咳払いをし
「ここらでいいか。」
そう言い、全員の足を止める。
「さて。特訓を始めるか。」
そう言って始まる訓練。詳しい内容は言えないが過酷なものに変わりない。ほんの一部だけを切り取って紹介でもしておこう。
※
「ハァ……ハァ……!!」
フォウルは夜、こっそりと逃げる。基本的な体力がついているのか足がかなり速くなり、声も変わったのか少しだけ低くなっている。
なぜ逃げているのか。現在、彼はパールと模擬戦をしている。彼はデルスから与えられた刀を持ち、パールはナイフ一つ。スキルはありの普通に致命傷を与えていい模擬戦だ。デルスが「遠慮はなし。全力で戦え」と言ったのが原因なのか、パールは手加減せず、ひたすらにフォウルを殺し続ける。
痛みも感じないし生き返るので何ら問題はないが身体能力が上がり、一般人よりかは戦えるであろう彼が手も足も出ない程の実力差、彼女の残虐さに恐怖し逃げているのだ。
夜、パールが寝た頃。フォウルはこっそりと逃げ出し山の麓まで逃げることに成功したのだ。
デルスの忠告を思い出し、糸がないか慎重に目を凝らし移動する。
数本意図が月明りで照らされているのが見え、避けながら進んでいたが、一本の糸に触れてしまう。
「しまっ───」
その時。体がブロック状に斬り刻まれ、どさどさと肉塊が落ちる音を立ててフォウルは倒れる。視界が真っ黒になる時、月明りの奥から人影が見え、目の前に近づく。緑色に光った眼を見て、恐怖しながら起き上がった時、そこはいつもいる場所に戻っていた。
ただ、空中に留まったまま身動きが取れずもがくが何も変わらない。目を凝らしてみると、無数の細い糸に固定されていることに気付く。
「逃げたんだ。じゃあお仕置きが必要だね」
「痛みなら耐えられる!かかってこいよ」
パールの言葉にフォウルは大丈夫だと言わんばかりに挑発する。
「そうだね。でも違う。痛みを与えることだけが拷問じゃない。」
そう言ったパールは一度山を下りるように王都に向けて移動を始める。
この隙を狙って逃げようと試みるが、やはり体は動かない。
逃げる方法を考えていたが、すぐにパールが帰ってきてしまった。
紙袋に入っているのは大量の食材。
「口を塞いで……じゃあ調理開始!!」
そう言ってフォウルは口を塞がれ、焚火の近くに移動する。
目の前に出されたものは、お高い肉。目の前で味をつけ、豪快に焼かれる。傷をつけなくても空腹感を与えて苦しめるのだ。
美味しそうな匂いと、パールがおいしそうに食べる姿を見て、例えご飯を食べたばかりでも、それを食べたいと言わんばかりにお腹がなる。本能には抗えないのだ。
「フフフ……食べさせないよ……!」
目の前に肉を近づけて香りが鼻を通るように手を仰ぐ。
「ンンンンンンン!!!!」
血眼になってまで食べたいのか、体をひたすらに動かす。糸がギシギシと音を立て、ついには口から破れる。大きく口を開けて、肉にかじりつき、行儀悪く、出来立ての肉を素手で触りながら食べきる。
「アーーッ!!私の給料の半分で買った超高級なお肉がーー!!!」
「ふっ、ご馳走様でした」
「許さねぇ!!」
フォウルがニヤニヤしながらパールを見ると、彼女は武器を取り出す。
「かかって来い!!私が負けるまで、何も、うまいもんを食わせない!!」