執行人と少年
「まず、私と彼が働いているここは、Aランク以上の危険度のある凶悪犯を国の許可の下、執行……つまり殺すことが公に認められる仕事場。殺すことが出来る分、凶悪犯たちにとっても脅威になるからその時に本名で呼び合うと私たちの情報を探り、殺そうと探し回る。それで安全に生活できなくなるリスクがあるから代わりの名前として『道化師』とか、『断裂』があるの。」
「うーん。名前の意味が分かったけど、デルスさんたちの仕事がよく分からない……」
フォウルの問いにティナは少しだけ考えて彼に分かるよう、説明を始める。
「んと、冒険者は分かるよな」
「うん、元々やってたから。」
「依頼で盗賊の捕縛とかの依頼はこなしたことあるか?」
「あるけども、基本的にモンスターの群れしか討伐してなかった。」
「盗賊や凶悪犯が危険と判断されたり、殺人とかの重罪を起こしたりしたらその盗賊や凶悪犯に対して、ギルドはどんな対応をとるか分かるか?」
フォウルはティナの出した問題形式の質問に腕を組んで首を斜めに傾けながら考える。
「うーん……ランクが上がる?」
「そ。じゃあ依頼を受注している人が多数いるのに、一定期間誰も達成できていなかったらどうなる?」
「えっと、報酬が上がってランクも上がる?」
「そうだ。受注数が多いのに達成されないのは何かしらの異常事態が発生しているか、依頼内容がより危険なものに人知れず変わっているかだからな。じゃあ、もしその「誰も達成できない依頼」がSランクの依頼だったら?」
フォウルは質問の内容に頭を抱え、少し低い声でうなり続ける。なぜなら、彼女の言っていた「誰も達成できない依頼があった時、ランクが上がる」という考え方に当てはめれば最も上であるSランクの上のランクがないので誰も対処できる人がいなくなってしまうからだ。
「……分かんない!」
フォウルは考えた結果諦めたかのように声を大きくして話す。話を静かに聞いていたデルスは元気なフォウルを見て少しだけ笑みを浮かべる。ティナも同様に少しだけ笑みを浮かべた後、さっきの質問の答えを離す。
「正解はな、私たちに依頼として回ってくる。詳しく言うと時間かかるから省くがまぁ、私たちがやっている仕事は『冒険者たちの最後の砦』とでも言っておけばいいか。」
「なるほど!分かんない!」
フォウルが内容が分からなかったことを元気な言葉で叫ぶ。ティナは真剣にわかりやすく説明したはずなのに、伝わり切らないせいで少しだけ鋭い目つきのまま、悔しそうに握り拳を胸もとに近づける。その姿を見たデルスは大きく声を上げてテーブルをバシバシ叩きながら笑う。
「アーッハハハ!!ティナのやつ、十の子にも分かりやすく説明できねぇのか!」
「んだとデルス!?あんたが説明してみろや!」
「だってよフォウル。もっかい話聞きたいか?」
「いや。もう疲れた。寝るー」
「ハァ!?こんな真剣に私が話してあげたのにもう興味なし!?どういうこ───
「お、そうだ。さっき言ってたが、王都巡りしないのか?」
「寝るー」
「分かった。じゃ俺フォウルと寝るわ。おやすみー」
「ちょっ!!あんたたち、待ちなさ」
デルスはティナから逃げるようにドアを閉め、廊下の奥へと進む。
「ベッドは空いてる部屋知らないからとりあえず俺の部屋だな。ここだ。」
廊下を進む途中、いくつかのドアがありそれぞれの部屋に恐らくティナなどのMFにいる者が寝泊まりしているのだろう。何人いるかは定かではないが。
デルスが開けたドアの先には、少し狭い部屋が広がる。部屋の右側に白いふかふかのベッドがあり、ドアから奥の窓へと続く通路の対岸に木製の椅子と机、天井近くには振り子時計がある。
机の上には数冊の本と先の溶けている蝋燭が一本置かれていた。机の右隣には大きな棚があり、数十冊の本が立てかけられているほか、暗くて見えにくいが何かの写真が数枚、飾られている。
「さ、寝るぞ。明日の朝早く、王都の市場巡りするからな。」
「明日早起きしたくない」
「そうか。それでも早く起きないと朝ご飯食えないから十時位には起きろよ。」
「うん。おやすみ」
「おやすみ」
最後に軽い会話を交わして一日が終わったのだった。
※
朝。フォウルは九時頃に起きる。起きた頃には部屋のカーテンが開けられ、日差しが入っている。デルスはベッドから出ており、部屋にいなかったのでフォウルは自然と部屋から出て昨日話していた部屋───居間と言えばいいだろうか。そこへと向かう。
起きたばかりで重い瞼を軽く擦りながら目を開け、廊下を歩く。ドア越しに会話が聞こえるが、誰が話しているかは分からない。ただ、フォウルはデルスがいるだろうと思い、閉じていたドアをゆっくりと開ける。
「おはよ……」
居間は外から日光が入っているものの、雰囲気を保つためなのか、天井につるされている証明が暖かく居間を照らしている。そのため、少し日光が入った程度の薄暗い廊下に慣れた目にとってはその明かりは眩しく、フォウルはせっかく開いた目を瞑る。
ふとその時、さっきまで賑わっていた会話が止まり、フォウルが聞いたことのない声が聞こえる。
「誰だ?お前」
知らない女性の声がフォウルの耳に入る。ティナとは違い少し低い声が聞こえ、フォウルはふと声のする方を見る。そこにいたのは黒髪で青目の女性。短く整えられた髪をしており、右目に重なっている前髪を留めるように銀色のピンが三本、等間隔につけられている。白いシャツの上に黒いパーカーを腕だけ通して着ており、パーカーには飾りとして細い鎖が数本ついている。
その姿を見た時、ふとフォウルの体が浮き、体の自由が利かなくなる。必死に体を動かすが、鎖がじゃらじゃらなる音が聞こえるだけだ。
フォウルは動けないことを理解したのと同時に、お腹が空いたので抵抗するだけお腹がなるだけなので動くのをやめた。
「置かれている状況を理解したか?」
女性はそんなことを言っているが、フォウルはお腹が減ったから動くのをやめただけで、抵抗しても無駄と分かって動いたのをやめたわけではない。
そんなことよりもフォウルは話している人が気になったのでそちらの方を見る。そこには、濃い緑の髪色の男が一人、フォウルの方を見てにやにやと白い歯を剥き出しにしながら座っていた。目は毛量が多いせいで見えないが、黒いフレームの眼鏡をかけ、こんな朝っぱらから研究しているわけでもないのに白衣を着ている。
「さて、勝手にここに入ってきたわけだが、どうなるか、分かるか?」
女性はそう言いながらどこからともなく、鎖を何本も出す。それもフォウルに明確な敵意を向けているのか、先端の鎖が鋭い得物に変わっているものだ。
女性に睨まれているものの、デルスにここに入れてもらっているため、フォウルは訳もわからず頭に「?」の文字を浮かべて首を傾げたり、周りをきょろきょろと見渡したりしている。
「分からないか……」
女性はフォウルの行動を見て状況を把握していないのだろうとため息を吐き、分からせるように鎖をフォウルの下に飛ばし、先端の得物を両足に突き刺す。
子供なら泣き叫ぶような痛みが走るのだろうが、フォウルはほんの少しの痛みが足に走り、眉をしかめる程度だった。
ただ、フォウルは鎖で体の自由が利かないあたりから混乱しており、女性の話をまともに聞いていない。というか状況が呑み込めていない。
女性はそんなフォウルを見て、とぼけているように見えたのか舌打ちし腕に同じような得物を刺そうと鎖を投げる。
その時。フォウルは突然としてティナに抱え込まれ鎖から脱出しており、女性の投げた鎖も、威力を落とし、音を立てて地面に落ちる。
「ちょっとあんたたち!何やってるの!」
ティナがそう叫ぶと、女性はきょとんとした表情でティナに質問する。
「え?いや私は侵入者が……というか客人なら教えてほしいし、その子誰?」
「僕も彼女と同意見。誰なの?」
「あんの馬鹿デルス……!」
女性と座っていた男性はティナの叱責に何でと言わんばかりに質問をする。デルスが説明をしていなかったのか、ティナはフォウルを持っていない手で顔を抑え込む。
フォウルの足の傷が治ったあたりで彼を降ろし、疑問に思っている二人に説明を始める。
「彼はフォウル。デルスが連れてきたのよ。スキルは『自己再生』。治ってるから大事にはならないけど、謝っておきなさい。あとついでに自己紹介も。」
「「はーい」」
ティナがそう言った後、彼女は慌てて中に入っていたのか、外に置いて行った紙袋に入っている食料品やら日用品を持ち直し、運び始める。
女性と男性はフォウルに近づきしゃがむと、謝罪と自己紹介を始める。
「侵入者と勘違いしていた。さっきはまぁ……すまない。……えと、私はシャル。『沈黙』だ。よろしくな。」
「えっと、僕は何もしてないけ…………ゴホンゴホン!」
女性の名前はシャル。男性は何で謝らなければいけないのかと口に出したが、ティナに一瞥され、一度咳払いをし、自己紹介を始める。
「ニヤニヤしてスンマセン。僕はタラ。『転換』だね。よろしく。」
「僕はフォウル!十歳!よろしくね!!はいこれ、仲直りの握手!」
シャルとタラと軽く自己紹介をした後、仲直りの握手をする。その時、ドアが開き
「ただいまー。おっ、フォウル!みんなと仲良く出来てる───
「「ふざけんなお前!!」」
デルスが呑気に帰ってきた。フォウルがいることを報告もせずに外に出てそののほほんとした姿を見て二人はイラついたのか、各々のスキルを使用し、デルスを攻撃する。
鎖で顔から右肩を抉り、縛ったうえで腹部に何らかのスキルを作用させ肉をねじり取るように穴をあける。
床やドアに血が飛び散るが、霧散するようにすぐに消え、デルスの体もすぐに治る。
「どうしたんだ急に。」
「あんたが原因だよ!」
デルスが本当に何も知らないのか、そう言葉を返すとティナが頭部を殴りつける。デルスに効果があったはたまた演技なのか、頭を押さえしゃがみ込むのだった。