王都と少年
王都サムライズ。大陸で最も東に位置する都として約三百年前に命名されたが、現在は様々な都の交通網が繋がり、人口の集まる首都としての役割を果たしている。
フォウルとデルスは夜でも減ることのない人々の間を通り、デルスの言う『MF』という場所に向かう。
「ねぇ、まだ~?僕疲れちゃった」
「……強くなるなら一人で歩けるって言ったのは誰だ?」
「だっ、誰も~言ってないんじゃないかな~」
フォウルがデルスの言葉を聞き、そっぽを向き甲高い音の鳴らない不格好な口笛を吹く。それでも自分の言ったことは覚えているのか、さっきよりかは足早に進む。
人通りの多い表通りをしばらく進んだ後、途中の道を右に曲がり、路地裏へと進む。
「さすがに人が多いな。ちょっと遠回りになるし面倒ごとがあるかもだが幾分かマシだからこっち行くぞ」
デルスが独り言のように振り向くことなく進む。ただ、何かあるのが分かっているのか少しだけ足取りをフォウルに合わせ、少しだけ強く彼の小さな拳を自身の手で包む。
人気がなく、街灯もない薄暗い路地裏には敗れた壁紙や大きな樽がまばらに置いてある。また、歩く途中、左右に伸びる道を見れば、ホームレスなのか、地面の上で横になっているものや、ごみに火を点け、暖を取る人がいる。
そんな景色をキョロキョロ見回し歩きながら興味津々に見ているフォウル。デルスは興味津々に見ていることを嬉しそうに見ているが、フォウルと同様に周囲を見渡している。興味津々に見るというより、警戒している形に近いだろう。
「フォウル、もうちょっと近づけ。」
「え?でも……」
「いいから来い。」
デルスは何かを察知したのか、フォウルを強引に体の近くに寄せる。その時突然、大きな袋を持った男一人が上から飛び降りてきたのだ。
「チッ!外れた!」
「テメェ……人様の連れを攫う様な真似をしてんのか?」
「アア!?テメェの知ったことじゃねぇだろ?」
男はヤケ酒でもしていたのか、顔が真っ赤に染まり、ほんの少しだけフラフラもしている。
「一攫千金なんて馬鹿な真似してねぇで真っ当に働けばいいものを」
「知らねぇよ!奴隷売買の方が金を稼げるんだ!真っ当に働いたところでちっぽけな金しかもらえねぇよ!」
男はそう叫ぶと、懐からナイフを取り出し、デルスの腹部にナイフを思いっきり刺そうと走り出す。ナイフが腹部に到達するとき、フォウルはスキルで死なないことが分かっていてもほんのちょっとだけ体がビクッと動き、咄嗟に目を瞑る。
だが、ナイフはデルスの体に到達することはなく、フォウルの手を握っていない、空いている左手でナイフを止め男の腕を払いナイフを奪う。そしてよろけた男にナイフを投げ腕を固定する。
「アアアッ!!痛ぇ!痛ぇよぉ!!」
「金を稼ぐ手段はどうでもいいが俺の連れをどうこうしようってんなら話は別だ。」
デルスはフォウルの手を握るのをやめ、背中に手を乗せ常に近くに入れるようにしてから男の下へ近づき
「消え失せろ」
男の前髪を掴み自身の顔に近づけるとそう話した。彼の顔が見えていなかったフォウルも、その言葉で反射的に身震いした。男は酔いがスーッと醒め、ダラダラと汗を流す。ナイフを強引に抜き、痛みに悶え叫ぶこともなく、逃げるようにその場を離れる。
「こんなとこフォウルには早かったな。ちょっと急ぐぞ。こんなこと何回も起こるだろうから。」
デルスはそう言うと、荷物を抱えるようにフォウルの体を掴み、路地裏を走って抜けるのだった。
※
しばらく歩いた後、デルスがとある建物の前で立ち止まる。文字の書かれた小さな看板が天井から鎖で吊り下げられている、木造の建物の前だ。
「さぁ着いた。ここが『MF』、正式名称を『Murder Freedom』、俺含む何人かがここで活動している。」
「『マーダーフリーダム』?このうねうねしてる文字は何なの?どうやって読むの?」
「さぁな。三百年前からあるし、この文字も、ラースっていう神話に出てくる種族が使っていたの古代文字の一種らしいからな。これじゃないほうの古代文字なら少し知ってるけども、これは知らない。中にいる奴なら知ってるかもな。」
デルスはそう言った後、フォウルを連れて中に入っていった。
「戻ってきたぞー」
「また賭博やって来……」
中に入るとそこは木製のテーブルに四つの樽のような椅子が囲むように置かれている組み合わせが幾つかまばらに置かれ、壁に地図や資料であろう紙の張られたボードが大きくあり、室内の右奥には軽く飲食のできるカウンターがあり、奥にはたくさんの瓶があり、カウンターの上には飾り付けられたかのようにワイングラスがしまわれている。その奥から出てきた十代ほどの若々しい水色の髪の女性はデルスがいつも賭博をやっているかのようにデルスを見ずに話し始める。ただ、デルスを見た時、デルスの腕には小さな少年、フォウルが抱えられていたため、目を丸くし、言葉が詰まってしまった。
「あんた、ついに誘拐に手を出したの!?金はあるのに、いったいどんだけ賭博に負けムグ。」
「まぁまぁまぁ。話を聞け。」
女性は怒り気味にデルスに詰め寄るが、デルスに小さな唇を握られ話を途中で切られる。
デルスは女性を席につかせ、フォウルがどうしてここへ来たのかの経緯を説明する。
「あーはい。なんとなく分かった。とりあえず、フォウル?だっけ。その子の体を洗ってあげて。泥とか魔物の血とかでかなり汚れている。長い間洗うことすらできなかったくらい酷い環境だったんでしょ?」
「分かった。フォウル、一回体洗いに行くぞ。話はそれからだとよ」
「うん、分かった!」
そうして二人は一度体を洗うため近くの公衆浴場に行くことにした。
「あ、そうだ。さっき言った通り金ないからちょっと貸して。」
「あぁもう!」
デルスが女性にそう話すと、女性は怒り気味に銅貨を八枚投げた。彼は全部落とすことなく受け止めたが。
※
四十分後、二人が再びMFに戻ってくる。
「帰ってきたぞー」
「帰ってきた!」
風呂に入ってさっぱりしたのか、フォウルはさっきよりも元気になっている。
「やっぱり。結構きれいな子ね。」
女性はフォウルの方を見てそう言う。フォウルは汚れが綺麗に落ち、元の色である黒い髪がより艶やかに見える。ゴワゴワして固まっていた髪も、ふわふわになっている。少し焼けた白い肌をした体に女性からもらった新しい無地の黒いシャツがマッチする。その服はデルスので少しぶかぶかだが女性にとってはそのサイズと少年の身長がいい感じにマッチし、少しだけフォウルのことが可愛く見える。
「さてと、自己紹介を始めましょうか」
女性がそう言うと、予め用意していた飲み物を机に置き全員を座るように促す。フォウルが椅子に座った後、デルスが高さを調節して飲み物が届くようにしてくれた。
「えーっと、私はティナ。彼が『道化師』って言うのは聞いた?」
「うん、王都に入る時、デルスさんが言ってた。」
「なるほどね。私も同じ感じの名前があるの。『断裂』って。」
「『らぷちゃぁ』?デルスさんのもそうだけど、『どーけし』とかってどういう時に使うの?」
「えっとね。まずはここの説明からかな?そうしないと私も説明しづらいし。」
そう言い彼女は机に置いていたカクテルのようなフルーツの入った無色透明の飲み物を少しだけ口に含む。
一息置いて、彼女が再度話し始める。