老人と少年
「え?どうして……」
「そのナイフを使って俺を殺せ。話はそれからと言っているからな」
老人はナイフを使って自分を殺す指示しか出さず、喋った後に、首を狙えと言うように自身の首を指差す。
武器一つ持ったことのない少年は、不格好にナイフを握り老人の方へ声を上げながら走る。
「うらあああ!!」
身長の低い少年は老人の首を狙えるはずもなく、腹部を刺すだけだった。それでも、力を込めようとナイフを強く握り、ひたすらに声を上げる。
「うーん……血を見ても怖がらないか。いや、俺を刺すことに集中しすぎてるだけか。刺すのも、とりあえず刺すって感じだ。腹部を狙うならもう少し上だ。力を入れやすい場所に刺さっただけだが、武器を持ったことがないっぽいな。ナイフに力が伝わっていない。」
老人は腹部を刺され血を流しながら、ブツブツと独り言を話す。
「少年、一回ナイフを外せ。」
「あああああ!!ハァ……うわああああ!!」
「おーい、聞こえてるか?」
老人の声が聞こえず、ずっと声を上げる少年は老人に肩をポンポンと叩かれ、気がつく。
少年は改めて老人の方を見る。ナイフが刺さった腹部からは血がドクドクと流れ、自分の手が少し生暖かいと手元を見れば血が少し滴るほどについている。
「ああああああ!ッハァッ!ああああああ!!」
少年は錯乱し、声を上げ、恐怖から涙を流す。
「ハァ……自分で刺したのにそこまで驚くもんか?少年!!こっちを見ろ!」
声をひたすらに上げている少年よりも大きな声で少年を呼ぶと目の前でナイフを抜く。
「これを見ろ。お前と同じ『自己再生』のスキル持ちだ。」
「……おじさんも……僕と同じスキルを持ってるの?」
少年は少しだけ親近感を覚えたのか、血の付いた手で涙を拭い、老人に質問する。老人は少年と目線を合わせるように胡坐をかく。
「さて、とりあえず、俺の言ったことをやってくれたからな。簡単に自己紹介するか。俺はデルス。お前と同じスキルを持っているからな。それと、オークションで買われた奴らは奴隷だが、お前はそこら辺で暮らしている普通の少年と同じだ。今のところはな。だから無理に気を遣わなくていいぞ。」
「……僕はフォウル。十歳。おじさ……デルスさんと同じスキルを持ってる?」
少年───フォウルは老人改め、デルスと同じような自己紹介をする。
「早速一つ質問だ。フォウルは、何か、この街に思うことはないのか?誰かに対しての個人的な恨みでもいい。例えば……お前と一緒にいた冒険者とか」
「バームさんのこと?お金はいっぱいくれるけども、僕を助けてくれない悪い……人?他の人も悪い人かな?」
「そうか……そこまで恨みはないか。じゃあ、話題を変えてお前の持っているそのスキルは憎いと思うか?」
「憎いって何?」
「ん-と、何だ?お前の持っているスキルが『嫌い!』とか『こんなスキルなんてなかったらいいのに!』とかはないか?」
「思う……だって痛いのは嫌だし、こんなものじゃ何もできないもん。」
「そう思うか。いいか?ちょっと見てろ。」
デルスは少年のスキルに対しての言葉に対して、何かあるように立ち上がり、さっきのナイフを取り出す。すると彼は自身の左手をナイフで斬り取った。
「おじさ……デルスさん!そんなことして……も……」
フォウルは信じられない光景を目の当たりにする。左手からデルスの腕が生え、肩、胸と体を形成していき、デルスが二人に増えたのだから。しかも、フォウルが傷を受けた時は服がボロボロになっていたというのに、デルスは体をもう一つ創ると同時に服も一緒に創られ、服を着た状態となる。デルスは新たに創られた体を破壊し改めてフォウルの方を向いて話し始める。
「お前の持っているスキルは何も、自分の体が再生するだけじゃない。こういう事も出来る。お前はこのまま体が再生して痛い思いをするだけでいいのか?弱っちいままでいて誰かにこき使われて辛い思いをしたいのか?間違っていると思っていることを正さず放っておいていいと思っているのか?」
デルスはさらに少年に訴えかける。
「強くなって、今言ったことを覆したいと思わないのか?痛い思いもしなくていい、ボロボロの服を買い替える必要なんてない、誰かにこき使われず、自分の力で生きられるし、間違ったことを正すこともできる。そんな人間になりたいとは思わねぇのか?」
「うん、僕……強くなりたい!」
「ああ、分かった。じゃあ、王都に行くぞ」
「うん!」
フォウルは無垢な笑顔を見せデルスについて行く。だが、フォウルは知らない。フォウルの生活の一部をデルスがなぜか知っていることを。
※
「……フォウル、おんぶしてもいいか?」
「いいもん!僕、これから強くなるから一人で歩くもん!」
「王都までは徒歩で二週間。金はフォウルを買った時に全部使ったから宿、馬車は使えない。食料はない。腹減っても自分の腕喰えば満たされるからな。そして今は夕方。もうすぐ夜になって魔物がいっぱい出てくるが……それでも一人で歩きたいというのなら」
「デ……デルスさん!やっぱり僕おんぶしてもらう!」
「よし分かった。目瞑ってしっかり掴まってろ。おじさんは速いからな?」
「うん!分かった。」
フォウルはデルスの言うとおりにおんぶしてもらい、目を瞑り大きな背中にしっかりと掴まる。
デルスはフォウルが落ちないよう、しっかりと背負ったことを確認し、彼が準備できたか、確認をとる。
「行くぞ?準備はいいか?」
「うん!大丈夫だよ!」
「分かった。んじゃ、飛ばしていくぞ。」
確認を取ったデルスは王都を目指して走り出す。立っていた場の土を抉り、風を切って辺りの木々を揺らす。その速度はすさまじく、道中走っていた馬車がカタツムリに思えるほどの速さだ。
その速さに目は開けられないが、風を感じていたフォウルは嬉しそうに話す。
「すごい!!速い!!」
「この調子ならあと三十分だな。あんまはしゃぎすぎて落っこちないようにな」
「うん!分かった!」
少年の目は閉じたままだが、さっきの暗い印象とは打って変わって少し明るくなり、感情表現が豊かになっている気がする。さっきよりも明るくなったフォウルを見たデルスも、不思議と明るい気持ちになっていた。
そうしばらく走り、完全に火が落ちた頃。
「おじさん、あとどのくらい?」
「もうすぐだな。少し目を開けてみろ」
場所がちょうど丘の上だったので少しだけ減速してフォウルの目に土煙などが入らないようにしながら走りフォウルに景色を見せる。
「真っ暗!!でもあそこだけ明るい!」
「あそこが王都だ。」
「早く中に行こう!!」
「分かった。じゃあ目を閉じな。おじさんがすぐに王都の目の前まで移動してあげるから」
「うん!」
フォウルが目を閉じる。デルスは一度確認をした後、もう一度足に力を入れ走り出す。さっきよりも速く、丘を駆け下り王都の入り口近くまで移動する。
「さあ着いた。もう降りていいぞ」
デルスは王都入り口手前でしゃがみ、フォウルを背中から下ろす。かなり走ったというのに、デルスは息を切らさず、いつも通りの呼吸リズムで疲れている気配がない。
「手繋ぐぞ。はぐれたら迷子になるからな。」
デルスはフォウルを降ろすと、彼の手首を掴み、彼の歩幅に合わせて一緒に動き、門近くの衛兵のもとへ行く。王都に入るためには、冒険者ならギルドプレート、行商人なら組合の許可証など、身分を証明するものが必要だ。
「証明書を。」
「ん。『MF』の『道化師』だ。こいつは連れ。」
「はい。問題ナシです。」
デルスは衛兵に小さなキーホルダーのようなものを見せる。
衛兵はそのキーホルダーに何かをかざし、現れた紙のようなものを一通り確認すると、入場の許可が得られた。
「デルスさん、今言ってた『エムエフ』とか、『どーけし』って何?」
「あぁ、そうだな言ってなかった。まずはその『MF』ってところに行くぞ。夜遅くにはなるが、後で一緒に王都を見て回ろうな。」
「うん!!」
二人は軽く会話をした後、人混みの中へ手を繋いだまま歩いていく。