不死の少年
あらすじの方にも書いていますが、私のストレスが溜まった時の発散のために不定期で書くお話です。
「っあ゛アぁアあアァ゛ぁあア゛ア!!!」
暗い雨雲に覆われた空の下、少年一人が狼型の魔物の群れに食い荒らされていた。
抵抗する術があっても、まだ齢十の子供の力では、魔物に傷をつけることすらできない。
声にもならない叫び声を上げ続け、少しずつ喉も枯れ、声がしゃがれてくる。目にいっぱい涙を浮かべて鼻水を垂らそうとどんなに情けなく喚こうとも、誰も助けない。
少し時間が経つと、数名の冒険者が少年の周りの魔物を殲滅する。
「……ありがとう、バームさん」
「……報酬だ。明日も来いよ」
「はい……」
少年は冒険者のリーダーであろうバームという男から銀貨が十、二十程入った小さな袋を受け取る。その間に少年の抉られた傷、欠損した体が治っていく。小さな袋を受け取れたのもそのためだ。
スキル。年齢が八を迎えると神託を受け創造神マナからスキルを授かる。授けられるスキルは基本的に一つ、例外があり複数スキルを所持しているものもいるが滅多にいない。
少年のスキルは「自己再生」。名前の響きは平凡そうに感じるが、授けられるスキルのおおよその等級で言えば最も上に位置するSランク。その効果は「自身の体が欠損、破壊されても即座に再生する」というもの。要は不死身、寿命を迎えるまで崖から落ちようが火だるまになろうが呪いを受けようが死ねないのだ。
ただ、その強そうなスキルにはデメリットがある。それは、「痛覚は消えない」ということだ。即死級の衝撃が体を伝い、全身が粉々に砕けようと痛みは消えず、少しずつ再生し、元通りになるのだ。
少年はその「不死身」ともいえる能力を冒険者にタンクとして一役買われ、現在の形として活動をしている。少年は冒険者に憧れ自身のスキルから目指したものの、仲間からは装備、武器を支給されず、受注した報酬を一割を受けられているか怪しい程度だ。それでも彼は幼いせいなのか、弱いことを自覚しているのか、冒険者のパーティーを抜けられず二年間、今もこうして生活している。
少年の所属している冒険者パーティーは「切り拓く灯火」というこの大陸で最上位のランクである「S」の称号を持ったバーム率いる冒険者たちであり、ギルドでのクエストなども最前線でこなしている。パーティーには少年とバームの他に二人、聖職者と魔法師がいる。
このパーティーは表向きにはかなり人気のある有名な冒険者だが、冒険に出た時は全く違う。「不死身」のスキルを持った少年が泣き叫び、必死に藻掻く姿を見て喜ぶような連中だ。
ギルドは全員が生還することを前提に冒険を許可しているため、こんな行動をギルドが見れば即刻違反者として投獄されるのだろう。だが、この冒険者らは、誰も見ていないこと、少年が自らギルドに訴えられないことを知っていてこのような行動に出ているのだ。
※
少年は受け取った報酬をボロボロになった服を買い替えるのに半分ほど使い、残ったお金で今日の宿屋の宿泊料金を支払い、パンを買う。
外から中に入り、着替えたばかりの服が雨に濡れたまま、買ったパン一つを齧り、ぼんやりと地面を見て廊下を通り宿の部屋へと戻る。
「痛い……グスッ……痛かったよぉ……」
パンを齧り終えると、ベッドに横たわり、一人でか細い声を上げながら静かに泣く。
少年は分かっている。痛いと助けを求めても誰も助けてくれないことを。職員に訴えても「子供の戯言」と流されることを。
二年間、一人で耐え続けていたが、ついにその我慢にも限界が来る。
「もう痛くなりたくない……」
少年の中で、何かが壊れ欠如する。目は輝くことなく虚ろになり、部屋の中では窓越しに聞こえる雨の音が聞こえ、ほんの少し雨雲の隙間から漏れる月明りに照らされるだけだった。
※
今日もまたそんな一日が訪れる。
切り拓く灯火はまた依頼を受け、危険な地に少年一人を放り込む。
訪れてすぐさま一人になった場所は薄気味悪い霧に覆われた遺跡。青白い色を映す積まれた石の壁は崩れ、その間からは乾燥しひび割れ白くなった土と、そこからか細く生える雑草がいくつかあった程度だった。
少年は昨日と同じ、虚ろな目のまま遺跡を歩く。歩いてすぐに魔物は現れる。
土から腐乱者の腐った手が現れ少年の細く柔らかな足を掴む。足を掴んだ腐乱者は続けざまに顔ともう片方の手、胸元も出して、少年を引っ張る。腐乱者は少年の足を噛むが、少年は血を流そうとも以前のように泣き叫ぶこともなく、眉一つ動かすこともなくピクリとも動かない。他の腐乱者や骨魂者が血の匂いに反応し続けざまに地面を掘り起こし地上へと溢れ、少年を嚙み、肉を抉り、糧とする。それでも少年は反応することもなく唯々肉体を再生するだけだった。
しばらくして、少年の泣き叫ぶ声が聞こえないことを不審に思ったのか、バームたちが遺跡の元へやってくる。その姿を見つけた少年は腐乱者や骨魂者に囲まれながらこう話す。
「バームさん、凄いでしょ?僕もう泣かないよ。」
虚ろな目のままそう彼に語り掛けるのだった。
数分も立たずに腐乱者の群れは彼らに討伐され、遺跡に魔物はいなくなった。
「報酬だ。今回は少し多い」
「やった……!」
「それと、お前もう出てけ」
バームは何を思ったのか、少年にパーティーの脱退を宣告する。
「え?何で?僕、頑張ったよ?まだ役に立てるよ?もっと頑張れるよ?」
少年はやめたいと薄々思っていたものの、突然そう言われたものだから混乱しそんなことを口走ってしまう。
その言葉を聞き、バームは少し考える。そして少年にこう告げる。
「そうか。じゃあ最後に君が一番役立つところに連れて行ってやる。そこでお別れだ。」
「本当ですか……!」
その会話を最後に、彼らはまた移動する。
※
「───んじゃ、よろしく頼むよ」
「はい。では、落札額の四割を数日後、お届け致します。」
「なんで!?ねぇなんでなの!!?」
「ああ。分かった」
「ねぇってば!!」
バームが室内で怪しげな男と話している中、少年は檻に閉じ込められ意味が分からずバームにひたすら叫ぶ。
「うるせぇんだよ!!!」
少年の声を止めるようにバームは檻を思いっきり蹴り少年の方を見る。少年はいつもこんな行動をしなかったバームに恐怖を覚え、言葉を詰まらせる。
「いいか?テメェは俺たちのパーティーじゃもう”要らない”んだよ。金ならあるからいくらでもお前の代わりを雇えるからな。情けなく泣いていればよかったものを!」
唾を少年に向けて吐き、そのまま屋外へと出ていく。少年はたった今すべてを理解した。自分が苦しむことを見てバームたちが楽しんでいたことを。辛うじて残してもらっていたのは「不死身」である故に傷の回復といった後処理が楽だったということを。そして、少年の「自己再生」のスキルは加虐趣味───要は人が傷ついたり苦しむのを見ることが好きな人にとって格好の的なのだ。
少年は声を出すことなく大粒の涙を何粒も何粒も流し、その場で正座のまま手をブランと落とし、動かない。
「もう、僕なんて……」
※
「それでは今回の大目玉!!「自己再生」のスキルを持った少年!痛みに耐える術を持ったのかはたまた我慢しているのか、すぐには叫ばない訳アリな商品ですが、価値は十分にあります。では金貨千枚から!」
少年は檻に入れられたままステージで一人寂しく小さな会場で番号札を上げる人を見ながら三角座りをする。生きる気を失い、残った約九十年。どう生きるのか分からないまま未来への希望を失い、さらに目が虚ろになる。
自分の足元を見ていると時間が経ったのか、ガベルが木の板を叩くカンカンという音が響く。
「落札したのは番号札104、そちらのご老人が金貨二千五百枚で落札です。」
オークションが終わりステージ裏へと運ばれる。そしてさっきも見た老人が購入の手続きを済ませている。
老人というには少し若そうな六十代ほどの男は黒いスーツを身に纏い、胸元から見えるワイシャツは白く、ペンダントのようなものを首元に付けている。顔には鼻の下に黒いヒゲがあり、その色と同様に髪の色も黒いが、一束だけ灰色に染まった髪が右目の前あたりから真っ直ぐに下ろされている。
自分のこれからの人生はどうなるのだろうか。焚火の上でずっと炙られ少しずつ肌が溶け、治る様を見ていたいのか、とにかく切断して体が生えてくるのを見たいのか、はたまた自分自身が痛みに耐えきれずに叫ぶところを見たいのか、そんな想像をしていると、老人に外へと連れだされる。本来ならば檻に入れて厳重に運ぶ必要があるのだがどういうわけか、この老人は檻に入れず、少年の手を握り、街の郊外である森へ向けて歩く。
少年にはその手はほんの少し温かく、その温もりがほんの少しだけ少年の心の安らぎになる。
しばらく歩き、森の開けたところに出ると、老人は少年の足元に一本のナイフを投げる。少しだけ刃こぼれしたナイフは血が染みこんでいるのかほんの少しだけ、赤い光を反射する。
そして口を開き、こう話す。
「俺をそのナイフで殺してみろ。話はそれからだ」
不定期投稿なのでたくさん投稿するわけではないですが、私の承認欲求が許してくれないのでページ下の評価をつけてください……
つけなくてもいいです。不定期投稿なので。←(大事なところ)