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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

純愛

作者: 煮干す

僕には愛しい人がいる

今はもう会えないから

毎日こうして花を添えている





「ねぇ、かっちゃん。なんか今回の英語ムズくなかった?」

 一瞬誰のことを呼んでいるのか分からなかったが、すぐに自分のことだと分かり、声の主に顔を向ける。

「私、今回赤点かも〜」

 見ると、後ろで美月が屈託のない笑みで笑っている

 この白川美月とは小学校の頃からの仲であり、私にとってのある種の憧れだった。彼女は家が隣であったこともあって小学校で最初にできた友達であった。僕は決して社交的なタイプではなかったけれど彼女には友達がたくさんいたので、僕の周りにも人が集まるようになった。しかし、僕を本当に好きだったのは美月だけだった。また、まだ幼かった頃は彼女のことを「面白い子」程度に捉えていたが、今思うと何か人を惹きつけるような魅力があった気がする。

彼女は高校生くらいになると口は相変わらず悪かったものの、とても親身になって相談に乗ってくれるようになった。そんなカリスマ性もあり、私は憧れていた。


「そんなにムズかったか?」

「あ、馬鹿にはよくわかんないか〜」

「お前覚えてろよ」

「覚えてられるかな〜?」 

「…」

なんだか美月とこのような言い合い(一方的に煽られているだけだが)をしていると少し拍子抜けする。語尾が間延びしたようだからか。

「そんなことより次、数学だけど大丈夫?」

「やっべ、復習しなきゃ」

「私が教えてあげてもいいんだよ?」

「お前なんかに教わらなくても分かるよ」

「でもこの前、補習にかかってなかったっけ〜?」 「……!」


彼女は運動神経は良くないが頭はとてもよかった。試験の順位も1位ではなかったが、常に学年では一桁だった。


「あ、予鈴なったからそらそろ帰るね〜」

「あっそ。せいぜいその知能で頑張れー」

「うん!ありがとう!!」

彼女の「ありがとう」からは純粋な嬉しさを感じた。今のは嫌味だよ。馬鹿か。



そんな普通のそこそこ楽しい生活が続いた。

そして、今でも続いている。



愛は変わらない。





僕達は高校を卒業した後、大学に入学した。

大学受験の勉強もあって、僕達は会わない日々が続いた。晴れて大学受験も終わり、久々に彼女を見たとき、驚いた。彼女はとてもやつれていた。

しかし、今では何があったのかは分からない。




事が起きたのは、大学生になってからしばらく経ったときだった。

コオロギの鳴く少し肌寒い秋の夜のことだった。

僕は事務的にテレビを見ながら事務的に夕飯を食べていた。

僕は実家ぐらしだったので、外の風景は昔と変わっていなかった。

その時、ほぼ無意識だった僕の脳内を切り裂くように遠くからサイレンが近づいてきた。パトカーだろうが救急車だろうが特に珍しいことではなかったけれどなぜだかその音が気になった。高い唸り声のようなサイレンが近づいてくる。高い唸り声のような音が大きくなる。唸り声が隣の家の前で止まる。美月の家の前で。脳裏に靄のようなものが広がる。美月のやつれた顔がちらつく。もしかしたら、いや、そんなわけが。美月に何かあったのか。

気がついたら無我夢中で家を飛び出していた。

転がるように隣の家の前に躍り出る。

そこでは無機質な美月が救急車に乗せられていた。

救急隊員に何があったか聞いたものの答えてくれなかった。

そこから先はほとんど覚えていない。


後で聞いた話によると、美月は首を吊って自殺しようとしたものも失敗したらしい。彼女が退院したときに急いで会いに行ったが、彼女は何も言わず、バツの悪そうな顔でこちらを見ていた。


このままだと彼女は死んでしまうかもしれない

このままだと憧れが消えるかもしれない

このままだと愛するものが消えるかもしれない

もはや彼女のことが心配で、それ以上のことは考えられなかった

まるで彼女に支配されているようだった



恐ろしいほど静かで厳かで寒い夜、彼女をある湖に呼び出した。

彼女は儚く、美しかった。

今でも、よく突然の呼び出しに来てくれたなぁと謎の感動をする。

彼女と話すのは久々ではなかったがとても緊張した。

しかし、もう我慢できない。

「突然どうしたの?」

「聞きたいことがあって」

「何?」

「何で死のうとしたの?」

湖に沿ってゆっくりと歩き出す。

「別にもう大丈夫だよ」

「だから何で死のうとしたの?」

「本当に何でもないってー」

なんとなく間延びした語尾に少し安心した。しかし、彼女は風に揺れる柳のようだった。

「何でかを聞いてるの」

「だから死のうとなんかしてないってー」

会話が成立していない。何処かに飛んでいってしまいそうだ。

「高校の時とか相談に乗ってくれたじゃん。だから今度は俺に相談しなよ?」

「本当に大丈夫だよー……でもありがと」

やはり彼女の「ありがとう」は熱を持っている。

でも、今はそんなことはどうでもよい。

「お願いだから相談して?」

「だから死のうとしてないってー」

このままだと彼女は死んでしまうかもしれない。 

「一人で抱え込まないで、ね?」

「抱え込んでないよー」

このままだと愛するものを失ってしまう。

「最後にもう一度聞くけど何で死のうとしたの?」

「だから違うってー」

ならばいっそのこと!



冷たい湖の水、水を吸って重くなった服、暗い湖

そして何よりあの開放感!!

それだけが体に染み込んだ。




僕には愛するものがある

もう僕の元から勝手に離れない

でもたまに不安になる

だから存在を感じるために花を添えている

毎日、湖に


これこそが変わらぬ純粋な愛

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